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011 私は被害者です。でもお礼はします1

 しつこいようだが、私は媚薬により錯乱状態になったヨシュア殿下に襲われかけた。というか、背後から羽交い締めにされ、首筋をクンカクンカされた時点で、襲われたも同然だ。


 それなのに、シリルが「お世話になったんだから、せめてお礼をすべきだ」と謎の主張をしはじめた。


 確かにアポロン様の写生大会にお茶会。さらには著名な画家、コリン・ウィンドリア様の青空講義も開催された結果、私はみんなから、アポロン様の抜け掛けについて許されたところはある。


 その点についてのみであれば、ヨシュア殿下に感謝する気持ちは確かになくはない。


 けれど最初に迷惑を被ったのは私で、被害者は明らかに私だ。


 その事をシリルに主張するも「相手は殿下なんだから」と言われてしまえば、何も言い返せない。


 さらに追い討ちをかけるように、彼は言った。


『ヨシュア殿下は、媚薬を盛られていたんだ。むしろ自分じゃどうにも出来ない、そんな状態である殿下の元に、シャーリーは自分から飛び込んだ。つまり君の方が加害者だとも言える』


 トンデモ理論を口にし始めた探偵気取りのシリルに根負けした。


 私はヨシュア殿下にお礼を送る事になった。

 被害者は私である筈なのに。


 そんな経緯を経て、本日私はヨシュア殿下に用意したお礼を渡す為に登城している。


 ちなみにお礼の品は、私が城下の景色を描いた小さな風景画。喜んで貰える気はしないが、とりあえず心を込めたプレゼントのつもりだ。


 なんせお金がないので、高価なものはプレゼントできないのだから仕方がない。


 最悪気に入らなかったら燃やしてもらえば塵となり場所を取らないしと、半ばヤケクソ気味に絵を贈ることを決めた。


 だって、ない袖は振れないし。


 王城につくと、以前私の家の玄関口に突如現れ「お気になさらず」を連発していた、黒髪で深い蒼色の瞳を持つ男性が出迎えてくれた。


「お待ちしておりました。ルトベルク王国第二騎士団ヨシュア殿下付き近衛騎士隊、第一班、マクシミリアン・ヴァルトハウゼンと申します。殿下の従者としても、お側についておりますので、何卒、末永くよろしくお願い致します」


 舌を噛みそうな長い言葉をつらつらと述べたのち、微笑むマクシミリアン様。


「末長くですか?」


「お気になさらず」


 マクシミリアン様は、全てを誤魔化す爽やかな笑顔で、静かに歩き出してしまった。


 私はよくわからないまま、マクシミリアン様と共に城内を歩き出す。


 城内には絵画をはじめとする意匠の凝った美術品がそこかしこに普通に飾られおり、つい足を止めたくなるし、横道に逸れたくもなった。


 しかし余計な事に気を取られていると、厄介な事件に遭遇するかも知れない。


 私は前回舞踏会で起きた反省を踏まえ、美術館に展示されてもおかしくないくらいである国宝級のお宝を横目に、真っ直ぐサロンに向かった。


「こちらは、王族の方々が親しい友人などをお招きした際、お通しする部屋でございます」


 マクシミリアン様に笑顔で告げられ、顔が引きつる。


「そ、そうなんですね」


 私は被害者であって、決して親しい仲などではない。内心そう思いながらも、全ての気持ちを飲み込み部屋の中に侵入する。


 部屋に踏み入れた私を出迎えたのは、広々とした空間だ。窓からは陽光が差し込み、部屋全体が明るく照らされている。優美な家具や調度品が並べられ、高い天井からはシャンデリアが垂れ下がっていた。


 サロンの奥には、高い天井と巨大な窓を備えたバルコニーがあった。そこから庭園は勿論の事、城壁の向こうに存在する城下町が一望できそうだ。


「今日はわざわざ、ありがとう」


 部屋の中からバルコニーを眺めていると、後ろから声をかけられ振り向く。するとそこには、銀色のドレスに身を包む、美しい女性が立っていた。


 年の頃は三十代後半ぐらいだろうか。流れるような金髪に、大きな瞳。色白で整った顔立ちをした女性だった。女性の背後には、古風で上品なドレスに身を包む女性たちが控えている。


「……っ、王妃殿下!!」


 私は慌てて淑女の礼をとる。


 出回っている姿絵と、若干違う気もしなくはないが、貴族の姿絵ほどあてにならない物はない。それは絵描きの卵としての常識だ。


 何故なら画家は、依頼主を喜ばせること。それも仕事のうちだから。しかも依頼主が有名な人なら、尚更その傾向は強くなるものだ。


「貴女のお名前は?」


「えっ……あ、申し遅れました。シャーロット・バーミリオンと申します」


 名前を告げると、王妃殿下は何かを考え込むように、じっとこちらを見つめてくる。


「やはりツガイかどうか、私が見てもわからないわ」


「……え!?」


 王妃殿下の言葉を聞き、思わず素の声が出てしまう。そして「ツガイって何のこと?」と私は軽くパニックになる。


「王妃殿下、ツガイは御本人同士のみが感じる、特別なものですから」


 背後にいた侍女が王妃殿下に言葉をかける。

 しかし私にはさっぱり意味がわからない。


「確認なのだけれど、貴女には、婚約者はいないのよね?」


「はい」


「ツガイは見つかったのかしら?」


「いいえ、見つかっておりません」


「あなたは、ヨシュアに襲われたのよね?」


「いいえ、全く記憶にございません」


 保身に走る私の返答を聞いた王妃殿下は、何故か満足げに笑った。


「なかなか素敵な子じゃない。婚約者もいない。ツガイを発見していない。危機察知能力も高そうだし。となると、まだ可能性はあるかもしれないわ」


「あの、一体なんの話でしょうか?」


 私は恐る恐る尋ねた。


「気にしないで頂戴。ただの確認よ」


「……」


「ところで、今日はあの子の為に時間を作ってくれて、本当に感謝しているわ。ありがとうね」


 王妃殿下が優しい声で話しかけてくれる。その様子はとても穏やかなもの。絵の中で見る、母が子を想う優しい気持ちが溢れ出ていた。


 幼い頃、病気で母を亡くした私は、少しだけヨシュア殿下に嫉妬すると同時に、この穏やかな包み込むような表情を、しっかりと肖像画として残しておきたいなと思う。


 なぜなら澄ました顔の肖像画よりずっと、母性に満ちて親しみやすそうだから。


「いえ、とんでもありません。お招き頂きとても光栄です」


 私が恐縮していると。


「母上!!何を勝手なことをッ!!」


 慌てた様子のヨシュア殿下がサロンに侵入してきた。


「あら、そんなに怒らないでちょうだい。あなたの気持ちを勝手に伝えたりしてないし」


「は、は、う、え、し、ず、か、に!!」


 ヨシュア殿下は一語一句に恨みを込めたような言い方をした。そして顔を真っ赤にすると、王妃殿下の背中を押し、強引に部屋から退出させてしまう。


「まだ反抗期なの?」


 私と同じ十六歳なのにと、一人静かに呟くのであった。


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