第14話 真夜中の王宮夜会(3)
歌声を戻す?
その言葉の意味がわからず、そしてその言葉で何か頭を殴られたかのようなそんな衝撃を受けた。
どうして彼はそのようなことを言っているのだろうか──
「ふ、急におとなしくなったな、そんなに自分の『声』が恋しいか」
(恋しい……)
ゼシフィードの声が反響した脳内は、やけに静かだった。
そう、衝撃を受けたのは彼の言葉にではなかった。
(私、歌が好きなのに、歌が欲しいと思わない……)
エリーヌは一人娘として育ち、両親にもひたむきな愛情を注がれていた。
それがいつからだっただろうか、彼らの愛を感じなくなってしまったのは……いや、歪んでしまったのは……。
年の離れた弟が生まれてから、父親は娘のエリーヌを可愛がり、母親は弟のティラルを可愛がった。
性格が似ているからとか、顔が可愛いからと、そうではない。
父親と母親は、双方の不倫が原因で仲を悪くして、自分たちの子供を一人ずつ味方に取り込もうとしながら、派閥道具として利用した。
エリーヌは社交界での歌姫の地位を名誉を武器に、そしてティラルは跡取りとその頭脳を武器に──
そんな日々が続いた日にある事件が起こった。
弟のティラルが学院から戻る馬車の事故で亡くなったのだ。
前日の雨での道路でスリップした馬車は不運にも崖にそのまま舵が効かなくなって転落した。
その日を境にエリーヌの母親は部屋に閉じこもってしまい、家の中は父親の勢力に塗り替えられていった。
さらにここから父親の野望は加速し、なんとエリーヌの『歌』を使って、彼女を王族に嫁がせようと画策した。
彼の思いは見事に通じてエリーヌは社交界での舞台でゼシフィードに見初められて婚約者となる。
過去を思い出してそっとエリーヌは涙を流した。
「そんなに嬉しいか? 私のもとに戻ってくるのが」
「いいえ、思い出していたのです。あなたと出会ったときのこと、それから、自分の家族のことを」
「家族……?」
「ええ、それに歌のことも。私は歌がただ好きだったのに、いつの間にか本当の『歌』を歌えていなかったなと」
ゼシフィードはエリーヌの真意が読み取れずに怪訝そうな顔をする。
なぜ彼女は目の前で頬を濡らしているのか。
それに、なぜ……。
「お前が歌に興味がない……だと?」
「今は。少なくとも今は、アンリ様のもとでの暮らしが楽しいのです。あたたかくて優しくて、それでいて……」
ゼシフィードは彼女の声色に唇を噛みしめた。
決して彼には見せたことがない、見ることができなかった彼女の本来の姿。
美しさの中に隠された可愛らしいその様子を、彼は知ることがないまま恋人でなくなってしまった。
今、そんな元恋人は新しい存在を見つけている。
もう自分を見ていない、そのように感じた瞬間に彼の中でなにかがぷつんと切れた。
「なぜ、そのような声を出す……」
「え……?」
「お前は私のものだろうがっ!!!!」
「──っ!!」
振りかざされた大きな手はエリーヌの頬に真っすぐに向かってくる。
(ぶたれる……!)
エリーヌは咄嗟に目をつぶったが、いつまで経っても想定した衝撃は訪れない。
そのあまりの沈黙ぶりに目を開けようとした瞬間に、壁に何かが勢いよくぶつかる音がした。
「な……お前……」
「お久しぶりですね、殿下」
月明かりに照らされたシルバーの長い髪を垂らした長身の男は、エリーヌに背を向けて壁にぶつかって倒れているゼシフィードをみやる。
はらりとその髪を靡かせて振り向いたその瞳は、アメジストの輝きを放っていた。
「アンリ……さま……」
「エリーヌ、もうちょっと目を閉じていて」
エリーヌは戸惑いながらもゆっくりと目を閉じた。
その瞬間もう一度何かが壁にぶつかるような衝撃音が彼女の耳を刺激する。
「──っ!!」
思わず開いてしまった青い瞳は、自分の夫を映し出す。
その夫は自らの拳を壁に叩きつけていた。
壁には大きなひびが入り、その真横に顔があったゼシフィードはおどおどと震えてその膝を震えさせている。
「────」
「──っ!!」
アンリはゼシフィードの耳で何かを囁く。
彼は目を丸くして、その場で肩を落とした。
静かになった部屋で差し伸べられた手に気づき、エリーヌは顔をあげた。
「さあ、帰ろうか」
彼女は唇を少しあげて、その手を取った──
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