シスコンを拗らせた僕が姉上に求婚するまでのお話
父は宮廷勤め、母は父の代わりに領地に行き、王都のタウンハウスに使用人と残される事が多かった子供時代。なのに寂しかった思い出が少ないのは、いつも大好きな姉上がそばにいてくれたから。
2階のバルコニーから庭に降りようとしてケガした時は泣いて心配された。
熱を出して寝込んだ時はメイドに止められても、ベッドの横で手を握っていてくれた。
8歳の時親に懇願した。
「エリー姉様にこんやくの話が出たとメイドからききました。姉様は僕とこんやくするから断ってください!」
「そうかレイと婚約するなら仕方ないな、まだ早いと思っていたしお断りしよう」
「エリーと婚約したいなら、レイはいっぱいお勉強して素敵な男性にならないとね」
僕を頑張らせる為に否定しなかった両親のせいで、僕は10才まで姉弟は結婚できないと知らなかった。サマースクールの女の子達に教えられ笑われた晩、部屋に閉じこもって泣いた。
それでも姉様が大好きな事は変わらなかった。姉様のデビュータントの時はどっちがエスコートするかで、父とケンカした。
「いいかいレイ、父様はエリーが小さい頃からずっと楽しみにしていたんだ、それを奪うなんてあんまりだ」
「僕も背が伸びて姉様を越しました。年も近いし僕の方が並んだ時自然です」
結局僕がエスコートを勝ち取ってファーストダンスを、父様は次にダンスを踊る約束で諦めてくれた。
白いドレスの姉様は清楚でとても綺麗だった。
姉様が15歳になると貴族学校の寮に入り、僕はまた寂しい日々を過ごすことになった。時々帰ってくる姉様から学校の友人の話を聞く、姉様が楽しいなら僕も嬉しい。そんなある日母からとんでもない報告をきいた。
「姉様の婚約?母上、決定なのですか!?」
「エリーのデビューの日にご挨拶した侯爵家のご夫妻に気に入られて、長男の嫁にと。一応あの子にも話したの。養女だから断ってほしいと言われてそう伝えたら、先方はそれでも構わないとのことで、決まったのよ」
「養女?姉様がですか?」
「えっ?あなたも知っていたから、昔エリーと婚約すると言い出したのでしょう?遠縁のエリーの両親が亡くなった時、女の子が欲しかったから引き取ったのよ」
知らなかった、知っていれば本気で婚約を進めたのにもう遅い。いや、まだだ。姉様の婚約者が姉様に相応しいか見極めないと、学校に入学すれば色々分かるはずだ。
2年生になってから姉様の様子が変だ。家にいる間も塞ぎこんでいる。家族にそんな様子を見せたくないのか、休みでも家に戻らず寮にいることが増えた。早く入学して姉様の力になりたい。
やっと貴族学校に入学の年になった。姉様は3年だ、僕の入学をとても喜んでくれた。そして姉様の様子が変だった理由はすぐ分かった。姉様の婚約者の侯爵令息、チャールズ・シュバルツが校内で姉様ではない女性と腕をくんで歩いていた。
「姉様という婚約者がいながらあり得ません。婚約解消すべきです」
「チャールズ様にそうお願いしたのだけど、私がご両親に気に入られているから、自分からは解消できないというの」
「なんて勝手な…」
「心配かけてごめんね、お父様とお母様には黙っていてくれる?」
「姉様の頼みなら」
それから僕はチャールズの相手の女性について調べ始めた。アリサ・バーンズ男爵令嬢、複数の男性を手玉に取っているらしい、相手の名前はすぐ判った。
その中のフリオ・ブラウン伯爵子息とラウル・ホワイト伯爵子息、この2人はチャールズの友人だというから驚きだ。そういえば4人で食堂にいるところを見かけた、異様な関係だ。
男爵令嬢を調べていたら同じクラスのシェリー・サンダー侯爵令嬢から声をかけられた。彼女はフリオ・ブラウンの婚約者で、急に態度の変わった彼を不審に思い男爵令嬢を監視させているという。ありがたい協力者が現れた。監視の結果をある人宛に送ってもらうことにした。
チャールズがまだ姉様との婚約を解消しない理由も予想がつく、僕は姉様に日記をつけることを薦めた。
「日記?」
「行動記録、誰とどこにいたか、時間もいれてね」
「レイに考えがあるのね、始めてみるわ」
そして迎えた学園祭、最終日のパーティでチャールズは姉様をエスコートできないと告げてきた。僕たちは家に帰り、一緒にパーティに向かうことにした。
僕が贈った紫のドレスを纏った姉様とのダンスは夢のようだ。一曲目が終わると空気の読めないチャールズ・シュバルツが壇上に進み出た。
「私はこの場を借りて、エリーゼ・ハリエッツとの婚約を破棄し、アリサ・バーンズ男爵令嬢と婚約を結び直すことを宣言する」
僕は前に出る。
「チャールズ殿、侯爵閣下はご存じなのですか?」
「エリーゼは嫉妬でアリサ嬢に嫌がらせを繰り返した、仕方ないのさ」
「嫌がらせとはいつのことか、具体的に言ってください」
「まず始業式の昼、私がアリサに贈ったブレスレットを盗んだ」
始まった、やはりこの男は婚約破棄を姉様の責任にするつもりだ。
「姉様、手帳を」
「はい、その日は始業式の後すぐ街のカフェで友人と食事をしました。学校には戻ってません」
「私がずっと一緒だったと証言します。そもそも校内にブレスレットの持ち込みは禁止されてますわ!」
姉様の友人、ヴィクトリア嬢が叫んだ。
「ふん、夏休暇の前日の昼は階段からアリサを突き落としたな」
「その日はクラスの奉仕活動の日で、朝学校を出て街はずれの孤児院を手伝っていました」
「「私たちはエリーと同じ班でした、エリーはずっと孤児院にいたと証言します!」」
すぐに友人達が続けた。
「くそ、それでは…」
「チャーリー、いい加減にしろ!!」
「父上!なぜここに?」
衝立の陰からシュバルツ侯爵、そしてブラウン伯爵とホワイト伯爵が現れた。
「サンダー侯爵家からお前が男爵令嬢と恋仲だと知らされた時はまさかと思ったが…おまけにエリーゼ嬢を陥れようとは、なんて卑劣な…」
「父上、俺はアリサを愛しているのです」
「ふん、ご令嬢の方はお前の隣にいるブラウン伯爵とホワイト伯爵の御子息も愛しているようだな。それぞれと路地裏でキスを交わす姿が目撃されてるぞ」
「なんだって…」
チャールズは友人を振り返ると、2人は目を逸らした。
「女見る目も友人を選ぶ目もなかったようだな、それでもそのご令嬢と結婚したいなら、勘当してやるから平民になって幸せに暮らせ」
「我が家も」「我が家も勘当する覚悟だ」
伯爵達が言葉を重ねる。
「俺は勘当されても構いません、アリサを取ります!」
ラウル・ホワイトが叫ぶ。
「待って私は貴方と結婚するつもりはないわ」
アリサの声にラウルが呆然とする。
「はは、アリサ嬢は伯爵家のお前にしか興味はないようだな」
ホワイト伯爵が冷たく呟く。
「茶番は終わりだ、息子達を連れ帰れ」
シュバルツ侯爵の指示でチャールズと2人の伯爵子息はそれぞれの家の従僕に広間から連れ出される。
「邪魔をしてすまなかった。パーティーを続けてくれ」
再び会場に音楽が流れ、学生達はダンスを再会した。
「エリー、チャールズが本当に申し訳ないことを…」
「侯爵様のせいではありません。私もチャールズ様がアリサさんに惹かれていくのを黙って見てました」
「キャサリンは君の為に選んだドレスを見知らぬ少女に贈られたと知って、泣いていた。君には侯爵家としての償いをしたい、婚約破棄の慰謝料を受け取ってほしい」
姉様は首を横に振った。
「慰謝料はいりません。侯爵様もキャサリン様も大好きでした。どこかでお会いした時は、ご挨拶することをお許しください」
侯爵様は頷いた。
我が家の馬車で姉様と2人家に向かう。
「ありがとうレイ、貴方がいなかったら大変なことになっていたわ」
「僕もエリーを守れて嬉しいよ」
エリーが怪訝そうに僕を見上げる。
「もう姉様とは呼んでくれないの?」
「うん、だって本当の姉様ではないでしょう」
「知っていたの?そうだけど…」
「僕のことも、もう弟とは思わないでね」
「…わかった」
悲しそうに顔を伏せるエリーを抱きしめる。
「これからは僕たちは恋人だから」
「恋人?待ってレイ」
「エリーは最初から僕と姉弟でないことを知っていたね」
「ええ、私は5歳だったから」
「知っていて僕を好きでいてくれたのだから、恋人になれるはずだ」
「でも…私は…」
「僕が18になったら求婚するから」
そう言って僕はエリーの額にキスをした。
「これは家族のキスではないからね」
僕の腕の中に真っ赤になったエリーがいる、焦らずにゆっくり僕を男として意識してもらえばいい。
僕はずっとエリーのそばに居られるのだから。
後日、シュバルツ家から一枚の小切手が届いた。
『この小切手はチャールズの1年分の小遣いだ、遠慮なく受け取ってほしい』と手紙が添えられて。
家族で相談してハリエッツ領の孤児院に併設の学校を建てた。学校は親しみを込めて『ポケットマネースクール』と呼ばれるようになった。




