シェリ、失敗しました
“ジュルルル…クッチャクッチャクッチャ…ゴクリ”
バルフェアの屋敷の食堂で、ミヌは食卓の上に立ちながら、並べられていた熱々の料理を食べていた。
「うめぇ…うめぇぞ!何なんだこりゃ?」
人間ほど味覚の発達していないドラゴニュートですら、この料理は美味しいと感じる事が出来た。最も、それが何と言う料理で、どうして美味しいかまでは認知できないが。
不意に食堂の扉が開き、ランタンを抱えたシェリィが部屋に入ってくる。
「…っ!」
料理に夢中だったミヌは、自分が今、泥棒の為に此処に入っていた事を思い出した。
ーーー
「…うそ…」
ミヌによる盗み食いの現場に遭遇したシェリィは、小さな声で一言呟く。
「ッチ…流石に遣い魔ぐらい居るよな。」
ミヌはサーベルを抜く。
シェリィはその場に立ち尽くしたまま、ランタンの光に照らされた、空になった三枚の皿を見つめる。
「首を一発、それで終いだ!」
ミヌが、机の上からシェリィに向かって飛びかかる。
シェリィは茫然自失しながら、サーベルの攻撃をランタンで受け止める。
ランタンが有り得ない強度を発揮した事により、ミヌのサーベルは弾き返される。
「っちぃ!」
思わぬ応戦に逢った為、ミヌは翼の浮遊を交えたバックステップで距離をとる。
「…なのに…」
シェリィは拳を握りしめ、プルプル震えながら呟く。
「何て?」
ミヌは、刃こぼれしたサーベルを観察しながら聞き返す。
「それ、シェリのだったのにぃ!」
シェリィは、ミヌに向けてランタンを放り投げる。
ランタンは空中で8本の足を展開し、ミヌに飛びつこうとする。
ミヌはランタンにサーベルで切り掛かるが、ランタンの足がサーベルを絡め取った為、ランタンごとサーベルを放り捨てる。
「うわあああああん!」
シェリィは、泣きながらミヌに向かって走って行く。
当然、武装など無い。
「ッチ、こっち来んじゃねえ気持ち悪い!」
「あう…」
ミヌは、シェリィの頭を蹴り飛ばす。
軽いシェリィは後方に吹き飛ばされ、壁に頭から叩きつけられ気を失う。
「ふぅ…大悪魔の屋敷にしては、随分と弱っちい使い魔…」
次の瞬間ミヌは、自身の喉笛に牙とも爪ともとれる重々しい金属製の物が突き立てられている事に気が付く。
ミヌが恐る恐る背中の様子を見るとそこには、悪夢の中の構造物の様な姿へと変貌し、自身の背中に取り付いた8本足のランタンの姿があった。
もう元の物体とフラックス部の区別は無く、全てが僅かに黒い霧を放つ黒色の物体に置き換わっている。サイズは一回り大きくなっており、前までは触手の様だった8本の足は、竜の爪の様な太く頑丈な物へと変わっている。ガラス窓だった部分は格子へと変わり、中の炎は白色に変わっていた。
「どっから湧いて来やがったこいつ!」
ミヌは身じろぎをしようとしする。
するとランタンの爪が、より深くミヌの喉に食い込んだ。
ランタンによる、無言の脅迫である。
「…ん…うーん…」
シェリィは目を覚まし、直後に酷い頭痛に襲われる。
「…あれ?シェリ…とうとうおかしくなった…?」
先程よりも明るくなった部屋を見ながら、シェリィは呟く。
次の瞬間シェリィはそれが、生まれ初めて目覚めたまま迎える朝だと気付く。
「解ったから降参だ!頼むこいつをどうにかしてくれ…」
ランタンに拘束されたままのミヌが、目覚めたシェリィに許しを請う。
シェリィは焦点の合わない目でミヌを見ながら、ふらりふらりと立ち上がる。
「ランタンさん…ストップで…」
シェリィはランタンに向けて指をさしながら命じる。
先程までは固定された鉄器の如くミヌを拘束していたランタンは、あっという間に剥がれ落ちた。
「はぁ…はは、助かったぜ。」
ミヌは肩を回しながら、シェリィの様子を伺う。
「他のお二方は逃しましたけど…でも、貴方だけは許しませんよ!」
「ほぅ、他に奴らはもう逃げたのか。」
ミヌは、フードの裏側から小さな木製の笛を取り出す。
「そりゃいい事聞いたぜ!」
ミヌが力一杯笛を吹くが、筒を空気が通る音しかしなかった。
部屋の両サイドの窓が破られ、2体のドラゴニュート、シェグとジオが現れる。
「喰らえ!」
シェグが、シェリィに向かってサーベルを投げる。
シェリィが慌てて頭を横にずらすと、サーベルはシェリィの耳先の数ミリ横の壁に深々と突き刺さった。
「次はもう少し安全な場所にしようぜ!な!」
その隙に、ジオはミヌを連れて窓から脱出する。
ミヌは去り際に、ローブの中に隠した盗品をシェリィに誇示した。
「あ…あ…」
シェリィは顔を真っ青にしながら、シェグと対峙する。
「言いたきゃ言えばいい。あんたのご主人がどんだけ凄かろうとも、あたしらはそう簡単には捕まらない。じゃあな。」
シェグはそんな捨てセリフを残すと、割れた窓から脱出を果たす。
シェリィは結局、泥棒から屋敷を守る事が出来なかった。
「…言い訳は…後で考えよ。」
2日目の朝、シェリィはそのまま寝落ちする。
後に残ったのは一匹の8足ランタンと、すっかり荒らされきった食堂だけだった。
「こんな事なら、ベッドで眠っていた方が良かったかな。」
シェリィは、寝言とも譫言ともつかない台詞を呟く。
シェリィが眠った後もランタンは動き続け、屋敷の片付けを一体だけで続けた。