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シェリ、いっぱい働きます!

バルフェアが出かけてから1日目の朝。

シェリィは息を切らしながら、自分の2.5倍程の大きさのタンスを背負いながら、ネズミと激闘を繰り広げた廊下を歩いている。


「ぜぇ…ぜぇ…シェリ、庭に行きたいです。」


シェリィが一番近くの扉に向かってそう言うと、扉は独りでに開き、その向こうには中庭が広がっていた。

どう見ても屋内に通じるドアだったが、シェリィが庭に行きたいと望んだので庭に繋がった。

この屋敷にある全てのドアは、屋敷内であれば、開けた者の望むどの場所にでも繋がる仕様だった。


「ぜぇ…はぁ…もう一層、このまま潰されちゃおうかなぁ…」


背負っているタンスは圧死するには十分な重さだったが、自殺する勇気は持ち合わせていなかったので、シェリィは素直に片付け作業を再開する。

シェリィが背負っていたタンスを庭の草腹の上に置くと、地面にタンスと同じ大きさの魔法陣が出現して、タンスは魔法陣の中に落下する様に消え、タンスを飲み込んだ後に魔法陣も消え、後には何も残らない。

ただ重い荷物を運ぶだけの辛く退屈なこの仕事の中で、この光景が、シェリィにとっての唯一の楽しみだった。


「はぁ…はぁ…は…早く、次の物を持ってこないと…」


屋敷は、シェリィが想像していたのよりも数十倍ほど広かった。

なのでシェリィは、最初からこの仕事を完遂する気は無かった。


「はぁ…ダメだ、やっぱりちょっと休憩…」


シェリィは庭の草原に、仰向けに寝転がる。

今日は快晴。

日向ぼっこには良い日和である。


「…シェリィって今、幸せなのかな…」


シェリィはふとそんな事を呟く。

この世界の文明のなかでは、人間文明は最も弱く、他の種に虐げられるのが常である。

この勢力関係は、数千年前に勇者が魔王に敗北した事に起因する物である。

なので人間は、国を持たずに世界各地の辺境でひっそりと暮らすか、ほんの一握りの成功者が人外社会に溶け込むかのどちらかであった。

人外の国で衣食住が保証されているシェリィは、どちらかと言えば後者である。

定義としては、シェリィは幸せな人間だった。


「そうだ、ネズミさんが手伝ってくれるかも。」


シェリィはそう思い立つと、上体を起こし、インクの如き黒色の液体もといフラックスから。ネズミを一匹生成する。


「ネズミさん。お屋敷の中から何か物を持ってきて欲しいな。運べる中で、一番おっきい物をお願い。」


“チチチ…”


ネズミは命令を聞くと、カサカサと屋敷の中に入って行く。

シェリィはネズミの後ろ姿を見送ると、再び昼寝に戻る。


「明日は筋肉痛だろうなぁ…」


シェリィは、自分の余命が三日のつもりで過ごしていた。

何せ、役に立たない奴隷は捨てられるのが世の常。親も居ない保護者も居ないシェリィには、この人外が支配する国に居場所など無い。


“ドスンッ!ドスンッ!”


「…ふぇ?」


巨人の足音の様な音が屋敷の方から響いてきたので、シェリィは慌てて飛び起き、音のした方を向く。

椅子の頭。大きなテーブルの体。ランプの右腕。無数の食器が集合して出来た左腕。ウッドスツールや材木といった小物で出来た二本の脚。

それらが黒い軟性物で結着されて出来た人型の物が、屋敷のドアに体をねじ込んでいた。


「ひ…ひやあああああ!」


先の巨大ネズミの事もありかなり臆病になっていたシェリィは、当然それを見て怯える。

が、ガラクタを接合している黒い軟体を見て、直ぐにシェリィはそれの正体に気が付く。


「もしかして、ネズミさん…?」


無事屋敷から脱出したガラクタゴーレムとでも形容すべきそれは、中庭の草原の上に立つ。

ゴーレムを形成していた黒色の軟体が一点に集結しネズミの形になると、体を構成していたガラクタは直ぐに崩れ、そのまま魔法陣に飲み込まれていった。


「ネズミさん!もう一回、お願い出来る?」


“チチチチ…”


フラックスのネズミは再び屋敷へと戻る。

少しすると今度は、形状の違う二つのベッドが横に連結されたものが、沢山のガラクタを乗せ、8本の足でシェリィの元に戻って来た。


「これが、シェリの魔法…!」


ガラクタを魔法陣の上に払い落とし、ネズミは再び屋敷へと戻る。

様々な物体を擬似的な生命へと変え使役する、特殊召喚系スキル。それが“ブラックフラックス”の本質だった。

シェリィが無意識のうちに生成しているフラックスネズミは、既存の物体では無く、液体ブラックフラックスそのものを身体とした擬似生命だった。


「ふわぁ!今度はドラゴンさんみたい!」


無数の科学機材が寄り集まって出来た蛇を見ながら、シェリィは感嘆を漏らす。

屋敷から出てくるガラクタ生命体が毎回個性的な見た目をしており、なおかつ同じ物は二度と現れない。

フラックスネズミが行うガラクタ運搬作業を、シェリィは一人動物園として楽しんだ。


「うーん、何だかお腹が空いてきたなぁ。」


シェリィはお腹をさすりながらゆっくりと立ち上がり、バルフェアから食事について何も聞かされて居ない事を思い出す。

シェリィが最後に食べた物は、昨日昼食として出されたニンジンのステーキ一皿だけ。

それ以前もろくな物を食べて居ないため、今から三日飲まず食わずとなれば、餓死は必至。


「はぁ…まさか、本当に枯れ草を食べる羽目になるんじゃ…」


片付けはネズミに任せ、シェリィは屋敷の中へと続く扉の前に立つ。

因みに、屋敷に存在しない場所を望んだ場合はドアは開かない仕組みになっている。


「シェリが食べても良い物がある場所に、行きたいな。」


シェリィの言葉に呼応して、焦げ茶色の扉は開いく。

扉の向こうには、シェリィがニンジンステーキを振舞われた部屋、食堂が広がって居た。


「うわっ!」


扉が開いた瞬間、シェリィは熱と湿気の猛風に襲われる。

シェリィは熱と湿気に耐えながら頑張って目を開け、食卓テーブルの上に、三席間隔で置かれた三つの皿を見つける。

湯気の出ている皿と、ブクブクとマグマの様に沸き立つ物が入った皿と、間欠泉の如く水と水蒸気を吹き出し続ける皿。

皿の付近にはそれぞれ、1日目、2日目、3日目と書かれた札が置いてある。


「いやまさか。でも、もしかして…」


シェリィは、1日目の料理の置かれた席に着く。

キャベツで軽く巻かれた肉と、バターで炒られた玉ねぎの切れ端が具として散りばめられたコンソメスープ。

皿の両端には、当然の様にフォークとスプーンが待機している。


「ご主人様が、シェリィの為に…」


シェリィは、湿気か感動のどちらかのせいで目に涙を溜めながら、出来立ての様にあつあつのスープを一口。

確かに具は一切掬っていない筈だったが、多種多様な野菜やハーブ、鶏ガラ、それから塩や胡椒の味が、一斉にシェリィの味覚を満たす。

そのスープは、シェリィにとっては気を失うほどの美味しさだった。


「…はぁ…」


ニンジンのステーキの時もそうであるように、美味しい物を食べる度に、シェリィは家族の事を思い出してしまう。

誰とも分け合わずに美味しい物を独り占めしている時が一番、シェリィは孤独感に苛まれた。


「美味しいなぁ…くすん…」


シェリィは、スープに浸かった一口サイズのロールキャベツをフォークで突き刺し、そのまま口に運ぶ。

コンソメスープの染み込んだキャベツは口に入れた瞬間ほろほろと崩れていき、スープをたっぷりと吸ったハンバーグからは、噛むほどに肉汁とスープが滲み出てくる。

肉自体は少し脂っこかったが、ハンバーグにほんの少しだけ混ぜ込まれた清涼感のあるハーブがそれを帳消しにし、たまらない喉越しと舌触りへと昇華させていた。


「ゴク…ゴク…ふぅ。ご馳走さま。」


シェリィはスープを完食すると、そのまま庭へと戻る。

その日シェリィは、フラックスネズミとともにひたすら運搬作業をするだけで一日を過ごした。


「いたたたた…お疲れ様。ネズミさん。」


不用品が抜けすっかり綺麗になった屋根裏部屋の中。

日が沈み今日はもう終わりと判断したシェリィは、フラックスネズミを解除する。


「ふぎゃ!?」


その直後シェリィは突然耐え難い全身の痛みに襲われ、ベッドに倒れ込む。

ネズミが動く為のエネルギーは全てシェリィの体から支払われるし、ネズミがこの労働によって抱えるはずの疲労や身体的不調は全てシェリィに還元される。

シェリィが突然の餓死を迎えなかったのは、バルフェアの用意した料理の効能による物だった。


「これが…シェリの…魔法…かぁ…」


シェリィはそのまま過労により、気絶する様に眠ってしまった。

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