シェリが魔法使い?
バルフェアによって、巨大ネズミのコアを食べさせられてしまったシェリィ。
「た…食べたく無いって言ったじゃ無いですかぁ!」
「あれを放っておけばまた再生して来てしまう。物理も魔法も効かないコアを処分するには、捕食しか無いのだ。」
「ええ!…って事は、シェリのお腹の中で、あの…」
「生物の力で消化してしまえば問題無い。」
「じゃあご主人様が食べれば良いじゃ無いですか!」
「…奴隷の分際で、俺に指図するのか?」
「ふぇ…」
シェリィは、それ以上何も言えなくなり縮こまる。
「ごめんなさい。ご主人様…シェリ、ちょっとびっくりしちゃって…」
シェリィは俯きながら、ボソボソと弁明を図る。
「お前、本当に反省しているのか?」
「本当にごめんなさい!もう、絶対に逆らいませんから。本当に、何でもしますから。」
「良かろう。」
バルフェアは立ち上がる。
「実験に付き合え。命は保証する。」
「はい…」
シェリィは、傷だらけの身体でベッドから起きあがる。
命は保証する。
バルフェアのそのセリフが、シェリィは酷く恐ろしかった。
………
「ひぎゃああああああ!」
薄暗い屋敷の書斎の中で、椅子に拘束され、身体のあちこちに電極をつけられたシェリィは、身体に電気を流され、苦痛に喘いでいた。
この屋敷では珍しく、ガラクタ等は特に無かった。
「ひひゅ…ああああ…あちゅい…ひ…ひんじゃう!」
舌にもクリップを挟まれている為、上手く喋れないシェリィ。
「もう少し待っていろ。今、お前の身体に新しい魔力回路を刻んでいる所だ。」
「ひょれへひぇひはひひょーふ《それシェリ大丈夫なんですか》!?」
「言っただろう、実験だと。この方法の強制異能化には、まだ人間を対象とした例が無いのだ。…おい、聞いているのか?」
「うう…」
シェリィは激痛により意識が薄まり、全く聞いていなかった。
(ご主人様に仕えるって、こう言う事なんだ…)
自分の失敗は自分の物。
自分の成功はご主人様の物。
自分でも嫌になる程かわいそうな身分。
それが、今のシェリィだった。
(…もう、終わりにしよう。ご主人様に、心を消して貰おう。)
シェリィがぼんやりとそんな事を考えていると、唐突に痛みが晴れている事に気が付く。
「…はへ…?」
バツンバツンと音をたてながら、シェリィを椅子に拘束していたベルトが焼き切れる。
シェリィは身体中に付いた電極を自力で外しながら、ふらふらと弱り切った様子で立ち上がる。
落雷でもあったかの様に黒焦げた椅子や周囲を見て、シェリィは一瞬、自分が生きているのかどうだか解らなかった。
「あれ?なんだか身体が軽いし、息も苦しくない。ご主人様、これって…」
シェリィは、全身を血以外の何か暖かいものが流れている様な、今まで経験した事のない不思議な感覚に陥った。
「驚いた。人間でも後付けの魔力に適合する事はあるのだな。」
「これが、魔力ですか?」
身体の中を流れる暖かい物を、シェリィは意のままに移動させる事が出来た。
手に集めれば手が温かくなるし、足に集めれば足が温かくなる。
「と言う事はシェリ、魔法使いになったんですか?」
「まほう…何だって?」
「火よ、出でよぉ!」
シェリィは何も無い場所に右手をかざすと、身体の中の暖かい物を右手に集める。
シェリィはいつ火が出るのかと、右手に期待の眼差しを向ける。
“ボタッボタッ…”
シェリィの右手の平から出てきたのは、黒い煙を帯びた黒い液体だった。
「わああ!」
シェリィは慌てて“魔法”を中断し、右手の状態を確認する。
「良かった。穴とかは空いてない。」
次にシェリィは、黒い液体が垂れた場所を観察する。
液体は黒い煙を放ちながら気化していき、やがて跡形も無く消えていった。
「“ブラックフラックス”か。やはり人間においても、流し込む魔力と開花する属性は関係無いのか。」
「ぶらっくふらっくす?」
「そのインクみたいな物の名前だ。最も、実体化までこなせる様になるには、それ相応の努力が…」
興味本位で、シェリィは右手にフラックスを溜め続けた。
“ピチピチ…”
その結果、シェリィの手のひらに出来た黒い液溜まりから、一匹の黒いネズミが生まれ出てくる。
そのネズミには毛などは無く、身体の全てがシェリィのフラックスで出来ているため、黒色でツルツルとした質感だった。
「うわぁ!?」
驚いたシェリィは、思わずネズミを床に落としてしまう。
ネズミは、本物の動物の様に自然に地面に着地する。
「ね…ネズミ…!怖いっ…!」
シェリィは、自分で生み出した召喚獣に怯える。
生み出されたそのネズミの特徴は、サイズと服装以外、シェリィを襲った巨大ネズミと完全に一致した。
「擬似生命形成だと?まさか、あのコアがもう順応したのか。」
シェリィの生み出したネズミをしゃがみこんで観察しながら、バルフェアは手帳片手に推測を行う。
「あ…あの、ご主人様。」
シェリィは、そんなバルフェアの肩をトントンと叩く。
「何だ。」
「これって、いつ元に戻るんですか?」
シェリィは、手に溜めた黒液を床に垂らしながらバルフェアに問う。
シェリィは早速、自分の能力が気に入らなくなった。
「何を言っている。改造は成功したんだ。それが今のお前の身体だ。」
「そう…ですか…」
もう少し素敵な魔法も良いのにと、シェリィはため息を吐いた。
「そうだ。“異能者”シェリィ。お前に仕事を頼みたい。」
「はい、何でしょうか。」
「この屋敷の物を、全て片付けて欲しい。」
「はい。…はい!?」
シェリィは一瞬、バルフェアの言っている意味が解らなかった。
「この屋敷なんだが、安く買えたはのは良いが、どうやら未清掃が格安の理由だったらしくてね。しかしあいにく、俺に掃除をしている時間なんて無い。」
バルフェアはゆっくりと立ち上がり、シェリィの肩の上に手を置く。
「俺は三日ほど留守にする。その間にこの屋敷の中のガラクタ全てを、一度庭まで運んで置いてくれないか。」
「全部、ですか?」
「お前が椅子の上で喚いている間に、庭全体に亜空転送魔法陣を敷いておいた。そこに置きさえすれば、後は魔方陣が勝手に呑み込んでくれるだろう。」
「でも…」
ふとシェリィは、先ほどのやり取りを思い出す。
自分は先程、バルフェアに逆らわないと言ったばかりだ。
「判りました。出来る限り、頑張ってみます。」
シェリィには、こなせる自信は無かった。