表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

シェリ、こき使われます

朝。

二頭の黒馬が引く馬車の中で、シェリィは山羊頭の紳士と二人きりで、向かい合う様に座っていた。

馬車の中は、大の大人が四人座っても少し余裕が出来る程の広さで、天井からは小さなシャンデリア、床には赤いカーペットと、これまた贅の限りが尽くされていた。


「他の人たちは、どこにいっちゃったんですか?」


シェリィは、馬車に乗る前まで山羊頭の紳士が抱えていた二人の少女の事が気に掛かり、問い掛ける。


「荷台に置いてある。」


山羊頭の紳士は、親指を馬車の後部に向けて答える。


「荷台…ですか。」


「ああそうさ。」


「じゃあどうして、シェリは此処に座れるんですか?」


「用途が違う。後ろに置いてあるのは臓物用。しかしお前は、(しもべ)用だ。」


しもべと言う単語を聞く度に、シェリィの背筋は一瞬凍りついた。

シェリィの首には、おどろおどろしい文様の刻まれた金属製の首輪が嵌められている。

シェリィの逃亡を防止する為の魔道具である。


「シェリは、これからどうなるんですか?」


「俺の元で働いて貰おうかと思っている。」


「働く…」


シェリィは縮こまる。

逃亡を阻止する魔道具をつけられたと言うことは、逃げ出したくなる程の労働が待っていると言う事だ。


「は…働くって、どんな事をすれば良いんですか?まさか…その…」


「掃除に料理、それから俺の仕事も手伝って貰う。残念ながら、俺は人間の身体に性的な興味など微塵も無い。」


「そうですか。…お掃除…」


シェリィはほっと胸を撫で下ろす。

もしかすればしもべと言うのは、思った程大変な事では無いかも知れない。

シェリィはそう思い、肩から力を抜く。


「そうだ。まだお前の名前を聞いていなかったな。名前は何だ。それとも持って無いのか。」


山羊頭の紳士は、次第に近付いてくる自分の屋敷を窓越しに眺めながらシェリィに問う。


「シェリは、シェリィって言います。」


「俺はバルフェア・アルカイン・ヒースジード・ボセ・レガリウス・アンドロフォメット。」


「ば…ばるふぇ…ばるふぇあ…あるけ…あるか…?」


「呼びにくいのなら、“ご主人様”とでも呼べば良い。」


「かしこまりました。ご…ご主人様。」


特になんの気なく、シェリィはご主人様と口にする。

次の瞬間、シェリィは少し恥ずかしくなる。まさか自分に、誰かの事をご主人様と呼ぶ日が来るなんて。

少しして。騎手も居ないのに馬車が停止する。


「着いたぞ。」


バルフェアはカーテンを開け、シェリィに自分の住まいを見せる。


「ふわぁ…何ておっきなお屋敷…!」


「荷物を持って降りろ。玄関先に置いておいてくれれば良い。」


「荷物?」


シェリィがそう聞き返すと、バルフェアは荷台を指差す。


「早く!」


「か…かしこまりました!」


シェリィは急いで馬車を降りると、馬車の後ろに繋げられた荷台へと向かう。

黒い金属製の荷台にすら、精巧な金属細工が施されていた。

シェリィは荷台から二つの袋を引っ張り出し抱え上げようとするが、重すぎて出来なかったので引きずって運ぶ事にした。

暖かい袋と冷たい袋。

単純計算でも、合計でシェリィの二倍の重さだった。


「…しょ…うんしょ…うんしょ…」


自身の倍の重さの物の運搬。

蟻ならば苦ではなかったかも知れないが、栄養失調の腹ぺこ少女には重労働だった。


「ふわ…!?」


体勢を崩し、シェリィは頭から転倒する。


「うう…」


いくら泣いても労ってくれる母親は来ないので、シェリィは半泣きになりながら起き上がる。

纏っていた麻布のワンピースが大きく破れ、膝に擦り傷が出来てしまった。


「ん?良い匂い。」


シェリィの鼻を、かぐわしい香料の香りがくすぐる。


「…そうだ、早く運ばないと。」


逃亡を防止するとは聞いたものの、具体的にどんな作用を持っているかをシェリィは知らなかった。

爆発するのか、縛られるのか、心を殺されるか。

解らなかったが、いい事で無い事は確かである。


「うんしょ…うんっしょ。」


シェリィは、袋を玄関先まで運び終える。


「…お腹空いたなぁ…」


シェリィは、一昨日の夜から何も食べていなかった。

屋敷から漂う燻した香草や何かのソースの香りが、シェリィの食欲をさらに掻き立てる。


「でも…」


自分は所詮奴隷の身。

ありつけるとしても、ボソボソのパンと水だ。

いや、山羊頭のご主人様の事だ。

もしかすれば枯れ草とかが出てくるかも知れない。


「…枯れ草かぁ…」


シェリィは屋敷の扉の前に立つ。黒く塗装され精巧な彫刻の施された、木製の分厚く大きな二枚扉である。

自分の身はあと何日持つのか。

シェリィはそんな事を考えながら、屋敷の扉を開けようとして、重くて開けられなかったので、体重全部を扉にぶつけかろうじて出来た僅かな隙間に体を押し込み、やっとの思いで屋敷に入る。


「中も広いなぁ。」


そこら中に飾られた、絵画や彫像や、観葉植物や動物の剥製。天井から吊るされているのは巨大なシャンデリア。そしてそこら中に散らかった書類や魔道具が、そんな絢爛さを帳消しにしていた。


「やっぱり、いい匂いだなぁ。」


シェリィの腹の虫がキュルキュルと鳴る。

その辺に飾ってある花でも良いから食べてしまいたいと思えるほど、シェリィはとにかく飢えていた。


「ぐえ!?」


唐突に、シェリィの付けている首輪が後ろに引っ張られる。

シェリィは慌てて後ろを振り返るが、誰も居なかった。

代わりにシェリィは、今自分が通った筈の扉が、別の物に変化している事に気付く。

大きな二枚扉である事には変わりはないが、扉に刻まれている彫刻がどう見ても先程と大きく違っていた。

扉の向こうからは、美味しそうな料理の匂いが漏れ出ている。


「引っ張られたって事は、こっちに呼ばれたって事だよね。」


間違ってたらその時だと割り切り、シェリィはその二枚扉を開こうとして、やはり重くて開けれなかったので先程と同じ様にして部屋の中へと入る。

扉の向こうは、食堂だった。

縦長の部屋。40人は座れる程の長く大きな机。天井から吊り下げられているのは、それぞれ形の違う三つのシャンデリア。精巧な刺繍の施されたカーテンや絨毯。そして、やはり部屋中に散らかり放題の様々なガラクタ達。

そんな中シェリィの目を何よりも惹いたのは、テーブルの一番端の席、シェリィの目の前の席に置かれた一皿の料理である。

茶色いソースに満たされた皿の中心に、葉っぱが付いたまま、丁寧に焼かれた人参がどんと盛られている。

次に目に入ったのは、シェリィの反対側の席に座るバルフェアの姿である。


「シェリィよ、早く席に着きたまえ。人参のボイルステーキ〜〜牡蠣のソースを添えて〜〜が冷めてしまうぞ。」


「え…?」


シェリィは目の前の皿に視線を落とす。

屋敷の外からずっと嗅いでいたおいしそうな匂いの発生源は、間違い無くこれだった。


「えっと…これをシェリに?枯れ草とかじゃ無くて?」


「枯れ草?まさか人間はそんな物を食べるのか?ふむ、今回は俺が無学だったようだ。待っていろ、直ぐに用意してやる。」


「いえいえいえ!シェリは枯れ草なんて食べたくありません!」


「そうなのか?…全く変な奴だな。」


シェリィは恐る恐る席につく。

人参をそのままの状態で皿に盛った料理などシェリィは見た事無かったが、だからと言って食用が失せる事も無かった。

バルフェアの前にも同じ物があったので、シェリィはこれが下僕の食事では無い事を理解する。


「い…いただきます…」


シェリィは、皿の両脇に用意されていたナイフとフォークを手に取り、人参の先端を切り取り食べてみる。


「…!」


シェリィがまず最初に感じたのは、塩辛さと甘さが絶妙に調和しあった、濃いめながらも主張が強すぎる事も無いソースの味。次には、多種多様な香草や調味料により最大限の引き立てられた、人参が本来持っている大地の甘みとも言うべき味。


「どうだ、シェリィ。悪魔である俺は美味いと感じるが、人間であるお前もそうだとは限ら…」


「美味しいです!すっごくすっごくすっごーく!」


「いきなり大声を出すな。」


シェリィは、今まで大の苦手だった人参をモリモリと食べ進めていく。


(パパとママと、それからお兄ちゃんにも、食べさせてあげたかったなぁ…)


一年ぶりの人間らしい食事で、シェリィはまだ自分の人権が保証されていた頃の事を思い出す。

その頃は家族が居て、友達が居て、暖かい料理があって、毎日が楽しい事で溢れていた、そんな日常だった。

少なくとも此処には、暖かい料理がある。

もしかすれば昔みたいな日々を、少しでも此処で取り戻せるのでは無いか。

シェリィは、人参の葉の部分を噛みながらそんな理想を夢見る。


「食事が済んだら、俺の後ろの扉を通れ。来て早々だが仕事を頼みたい。」


バルフェアはそれだけ言い残すと、黒い霧となり消えてしまった。


「もぐもぐ…はい。判りました。」


奴隷のシェリィにも、自分と同じ物を食べさせてくれるご主人様。

言動とかは怖いけれど、バルフェアはきっと良い悪魔だ。

シェリィはそう考えながら、皿に残ったソースも食べ終わり、初仕事とやらに向かう。

道中、床に散乱したガラクタを裸足で踏んでしまい痛い思いをしたが、幸い怪我には至らなかった。

先程まで通ってきた二枚扉とは打って変わり、バルフェアの席の後ろにある扉は、特に装飾なども無い普通の物だった。

シェリィが背伸びをしてドアノブを握って回すと、扉は簡単に開いた。

扉の向こうは、屋根裏部屋だった。

尖った作りの屋根。堆く積まれたガラクタ。それに分厚く降り積もった埃。


「不思議な作りだなぁ。」


シェリィは屋根裏部屋に入る。

屋根裏部屋の出入り口の横には、埃の積もっていない無数の掃除用具が置いてあった。


「お掃除かぁ。」


シェリィはため息を吐く。

常識的な仕事とは言え、やはり何の褒賞も無い労働をこなさなければいけないのは心に応えた。

奴隷とはこう言う物だと割り切り、シェリィは箒を手に取る。

次の瞬間、積み上げられたガラクタをなぎ倒しながら、王冠を被り赤いマントを着た巨大な灰色のネズミが、シェリィの前に現れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ