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一章5 やっぱり外には出たくない



(はっ、しまった。鳥の香草詰めにつられて、つい忘れていたわ)


 夕食を終える頃、ライラは怒っていたことを思い出した。それで怒った顔を作り直すと、レイルが悲しげに問う。


「お夕食、おいしくなかったですか?」


 レイルは憎たらしいが、料理はおいしい。ライラは正直に答える。


「おいしかったわ」

「良かった」


 にこっとレイルが笑い、ライラもつられて笑みを返す。


「って、違うでしょう! もう、いい加減、お帰りになったらいかが。レイル様」


 ライラの抗議を、レイルはきっぱりと拒否する。


「駄目です。一ヶ月経って、何もなければ塔を出る約束です」

「私は約束なんてしてません」


 つんとそっぽを向いても、レイルは気にせずお茶を淹れ、ライラの前にカップを置く。


「まあまあ、姫様。お茶をどうぞ」

「良い香り! ……ってだから、そうやって物でつろうとしたって私は塔から出ませんわよ。ま、まあ、お茶は頂きますけど」


 甘い香りがするお茶を、ライラは口に運ぶ。

 濃厚な香りがふわっと口に広がった。


「何かしら、これ」

「薔薇のお茶です」

「薔薇?」

「ええ、香りが良く綺麗な花ですよ。私の屋敷の庭には、薔薇園がありましてね。きっと喜んで頂けるかと」


 隙があれば、外の楽しさについて触れてくるレイルを、ライラは恨みをこめてにらむ。ライラは塔を出る気がないのに、好奇心ばかり刺激されるのだ。なんてひどい男だろう。

 文句を言おうかと思ったが、その時、レイルがテーブルの上にある洗面器を眺めて、微笑んだ。その顔が思いがけなく優しいものだったので、ライラは言葉を引っ込めた。


「お花、元気になりましたね」

「水に入れると元気になるって、本当なのね」


 しおれかけていた花が、今は生き生きしている。ライラも嬉しくなった。


「姫様は優しい方ですね」

「なんなのよ、急に」


 レイルの褒め言葉に、嬉しさよりも警戒してしまう。


「子どもの頃、悪いことをすると、母上に外出禁止を言い渡されたものです。自由を奪われるのは、人間にとって辛い罰ですから、親はよく分かっている。たった一日でも部屋から出るなと言われると、がっかりしたものです」


「それは、悪いことをするあなたが悪いんではなくて?」

「そうですね。悪戯をあれこれして、使用人が悲鳴を上げていましたから」

「いったい何をしたのよ」


 ライラはうろんな顔をした。だが、レイルは苦笑で誤魔化す。


「私のことはいいんです。ただ、自由が無いのは辛いことですから、私はあなたをここから出したい」


 ライラは困惑した。

 どうしてレイルがそんな風に真摯にライラを案じるのか、やはり分からない。

 だから返事をする代わりに、違う言葉を返す。暖炉で燃える火を見つめ、思い出話をする。


「レイル様、私ね、幼い頃、暖炉の火に手を突っ込んだことがあるの」

「……子どもは、一度はやりますよね」


 痛ましげな顔をしたが、レイルは頷いた。


「ええ。とても綺麗で、きっと触ったら素晴らしい感触がすると思ったの。でも、痛かっただけだった。しかも一週間もずっと痛みにさいなまれて、本当に嫌だった」

「はい」


「お父様はおっしゃっていたわ。私がここを出ると、殺されると。死ぬのはあの痛みより酷く苦しいのだ、と。そして周りが災禍の民を恐れるのは、それと同じくらいの痛みをもたらすからだ、と」


 ライラは苦い顔をした。


「私、あんな痛みを、メアリーや他の人達に与えたくありません。だから、あなたも諦めて」


 ここまで言葉を尽くせば、レイルは諦めるだろう。

 そしてライラはまたひとりぼっちになり、塔で静かに暮らしていく。

 レイルは困ったような顔をした。


「姫にお許し頂けるなら、抱き締めたいです」

「は?」


 予想を斜めにぶっちぎった答えに、ライラは唖然とした。


「……ちょっと、私の話を聞いていたの?」

「ええ。姫様の優しさと思いやりで、胸が熱いです。ええ、私は改めて決意しました」


 レイルは決意とともに、右の拳を握る。


「なんだか嫌な予感がするわね」


 一方、ライラは眉をひそめる。案の定、レイルは宣言した。


「なんとしてでも、こちらから姫様を出してみせます! ひとまず一ヶ月、頑張りましょう」

「いや、だから、頑張らないってば。私は出るつもりはありません!」

「私に何も起きなければ、あなたはきっと理解するはずです。負けませんよ!」


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