三章8 繭化
ライラの体が光に包み込まれる。
「くっ」
レイルはまぶしさに目を細め、空中で止まった。
光は細い糸へと変わり、しゅるしゅると繭を作り上げた。光がやむと、そこには小屋ほどの大きさをした真っ白な繭があった。
「繭化か……」
レイルはほっと息を吐く。
繭化はちょっとした刺激で起きることがある。落下の衝撃で、繭化が起こったようだ。しばらく待てば、ライラの背に羽が生えて、自然と繭から出てくる。
今は眠っているはずだ。
ライラの無事を、ひと目でいいからその姿を見て確認したい。だが、繭に手を出すのは禁忌だ。中途半端に羽化が終わると命の危険もある。
深呼吸をして自身を落ち着けると、レイルは頭上をにらんだ。バルコニーから、ステファンがこちらへと飛び降りた。羽ばたいて、ふわりとレイルの前に着地する。
「シェーラ・ランドは捕縛しました」
「すぐにつながりを調べろ。手引きがなければ、あの箱入り娘には、ああして使用人の格好で近づくことなどできない」
「はっ、畏まりました。陛下、あの女の愚行を止められず、申し訳ありません」
深々と頭を下げるステファンの腕を、レイルは上へと引いた。ステファンが顔を上げる。
「刃物を持ち出さなかっただけマシだ。まさかあんな細腕で、女を抱え上げて外に落とすとは思わないだろう」
「姫様への危害は警戒しておりましたから、部屋に入る前に、簡単にチェックしています。それでも、刃物は持っていませんでしたよ」
「部屋に食器があったからな。お怪我がないと良いのだが……」
「繭化したのが幸いです。あの時だけは、怪我も病気も癒えますからね」
ステファンの言葉に、レイルは頷く。
生まれた時から羽があるわけではない。羽化する時、魔力があふれ出して変容するのだ。羽化を生まれ変わりと呼ぶ者もいる。
手足を失うような大怪我をしていても、羽化すれば五体満足に戻る。病気で内臓が弱っていても、羽化すれば健康になる。
羽化した後に怪我や病気をするとどうにもならないが、羽化する前ならば健康を取り戻す望みがあった。
だからこそ、ライラの癒しの歌は特別なのだ。周りに知られれば、良からぬ者に狙われるかもしれない。塔に閉じ込められていたから被害がなかったのだろう。皮肉な話である。
「私はここでライラ姫を見守っている。ステファンはあの女のことを調べろ。調査のためとはいえど、顔も見たくない」
ライラが言うから温情をかけたのに、恩をあだで返す愚かさには腹が立つ。もう容赦しない。厳罰にかけるつもりだ。
「陛下、外は冷えます。どうか中にお戻りを」
ステファンの吐く息は白い。レイルは首を振る。
「断る」
「しかたありませんね。では外套と、ストーブをお持ちします」
レイルが言い出したら聞かないのは、従者をしていたステファンはよく分かっている。すぐにあきらめて、他のことを言った。
「ああ、頼む」
レイルはそう返し、ステファンがお辞儀をして去っても、ライラのいる繭をじっと見つめていた。




