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一章 姫と騎士の不可思議な共同生活 1 初めてのお花

 


 シャッとカーテンが開く音がして、ライラが眠るベッドへと明るい朝の光が差し込んだ。ライラはあまりのまぶしさにうめき、窓に背を向ける。


「ううー、まだ眠いわ、メアリー。カーテンを閉めてちょうだい」

「おはようございます、姫様。今日は良い天気ですよ!」

「……ん?」


 てっきり侍女のメアリーが掃除に来たのだと思ったのに、聞こえたのは耳馴染が無い声だった。ライラは眉をひそめ、窓のほうに寝返りを打つ。

 朝日の中、まるで光そのものみたいに金髪を輝かせ、青年がにっこりと笑った。


「それから私はメアリーではなく、レイルです」

「ふぎゃあ!」


 ライラは驚きのあまり奇妙な悲鳴を上げ、後ろへと飛びのいた。危うく反対側の床へと転がり落ちそうになり、なんとかマットにしがみついて耐える。その様子を見たレイルは目を丸くして、おかしそうに噴き出した。


「まるで塀から落ちかけた猫みたいですね」

「ねこ? なんですの、それ。いえ、そんなことより、どうしてここに!」


 枕を盾にするように抱え込んで、ライラはレイルを叱りつけた。しかし、レイルは何を今更と、あっさり返す。


「何故って、昨日からルームメイトになったではありませんか」

「そうだったわ! って、何がルームメイトよ! そっちが勝手に居座ったんじゃないの。私は認めてないわよ!」


 ようやく寝ぼけ頭がはっきりとして、ライラはレイルに噛みついた。

 昨日、荷物を取りに行くと出て行ったレイルは、夕方には戻ってきたのだ。ライラの部屋に寝椅子と寝具を運びこみ、他の物は一階の衛兵用宿直室に置いたそうだ。風呂や着替えはそちらでするが、ライラの部屋で眠るつもりらしい。

 レイルいわく、「睡眠は一日の四分の一以上を占める時間なので、その時間も共にしないと、ライラが災禍などもたらさない証明には不十分」だとか。ライラにしてみれば屁理屈としか言えないが、納得できる理由でもあったから、最後には押し切られてしまったのだった。


「そうですか、姫様は猫をご存知無い。あれほど愛らしい生き物はいませんよ。今度、血統書付きの可愛らしい猫をプレゼントしますね」

「ちょっと! 少しくらい、私の話を聞きなさいよ!」


 ライラの抗議を全く聞いていないどころか、勝手にプレゼントについて決めているレイルに、ライラは怒りを爆発させる。昨日からこの調子だ。相手をするのにものすごく疲れて、ライラはふて寝を決め込んでしまったが、今日こそは追い出すぞと気合いを入れた。

 その時、レイルは気恥ずかしげに目をそらし、わざとらしく咳払いをする。


「姫様、もう少し恥じらいをもたれたほうがよろしいのでは」

「なんの話……」


 ライラは自分を見下ろして、顔を真っ赤にする。ネグリジェがずれて、右肩が露出している。


「もうもうっ、出て行ってちょうだい!」


 恥と怒りが沸点をやすやすと突破し、ライラは、抱えていた枕をレイルに向けて思い切り投げつけた。




 洗面所の鏡には、卵顔の色白な女の顔が映っている。

 黒髪と金色の目、この二つは、黒アゲハ族によくあらわれる特徴だ。

 黒アゲハ族の姫であるせいか、ライラにはどちらも色濃く出ている。艶やかな黒い髪は足首まで伸び、切れ長の目は金色だ。成人すれば、黒アゲハの羽が生えるが、黒アゲハ族の成人は二十歳なので、ライラにはまだ羽が無い。

 そしてもう一つ、黒アゲハ族の特徴は、強い魔力と魔法のセンスを持っていることだ。

 ライラ自身、物心をついた頃には、誰に教わったわけでもないのに、魔力を自由に操っていた。

 顔を洗う為の水も、面倒なドレスへの着替えも、長い黒髪を櫛で梳かすのだって、魔力操作をすれば簡単だ。

 レースがあしらわれた真っ黒なドレスに着替え、髪と櫛を宙に浮かべて梳かしながら居間に戻ったライラは、思わず悲鳴を上げそうになった。魔法の制御をミスして、髪と櫛が床へと落ちる。さっき追い出したはずのレイルが、白い騎士服に着替えて戻っていた。


「びっくりした。戻ったのでしたら、声をかけたらいかが?」

「ノックはしましたよ」


 レイルはそう答え、料理をテーブルに手早く並べていく。


「まだお怒りですか、姫様」


 どことなくしょんぼりした風情のレイルの問いに、ライラは大きく頷いた。


「ええ、怒りまくっているわ! 分かったら、反省して、とっとと出ていきなさい!」


 ライラは怒っていたことを思い出し、怖い顔を作り直して、席につく。再び魔力を操って、髪と櫛を宙に浮かべた。テーブルについたまま髪を梳かすなんて行儀が悪いが、レイルに気遣うのも腹立たしい。しかしレイルは気にした様子もなく、配膳を終えて向かいに座った。


「それは無理ですが、反省の証として、私の果物をお譲りしますよ。どうぞ」

「ま、まあ、そうね。もらってあげないこともないわ。反省しなさいよ、反省!」


 大好きなベリーを前に、ライラは渋々交換条件に頷いて、レイルの差し出した皿を手元に引き寄せた。パンケーキに載せて、たっぷりと蜂蜜をかけて頬張る。

 蜂蜜の甘さと酸っぱいベリーに、ふかふかのパンケーキがマッチして、口の中に幸せが広がる。

 ライラは目を細めて味わい、何口か食べた頃、レイルが幸せそうな緩んだ顔でライラを見つめているのに気付いた。すかさず、ライラはしかめ面に戻る。


「じろじろと見ないでください」

「姫様はパンケーキがお好きなんですか?」

「え? ええ、好きよ。蜂蜜は貴重品だから、一ヶ月に一度しか出ないの。良かったわね、レイル様。今日は当たりでしてよ」


 レイルは真面目な顔になって言う。


「私の領地に来て頂けるなら、蜂蜜くらい喜んで揃えますよ。外に出たくなりました?」

「まあ、悪魔さんは誘惑がお上手だこと。その手には乗りません」

「それは残念」


 肩をすくめ、レイルもパンケーキを食べる。そちらには卵とベーコンが載っていた。


「あなたも蜂蜜をかけたらどう?」

「私は甘い物は苦手なんです。どうぞ、全部使ってください」

「いいの?」


 ライラの胸はときめいた。こんなにたくさんの蜂蜜を、パンケーキにかけて食べるなんて贅沢をしていいのか。だが、レイルが良いと言っているので遠慮はしない。ライラは残りの蜂蜜も、たっぷりとパンケーキにかけた。

 それを見たレイルの顔が青ざめる。


「なんかもう、パンケーキが蜂蜜に浸かってますけど」


 彼の言う通り、蜂蜜の海に、パンケーキが沈んでいる。そこが良いのではないかと、ライラは甘いパンケーキにかぶりつく。


「最高においしいわ」


 思わず笑顔になるライラに対し、レイルは嫌そうに目をそらし、自分の食事を進める。それからしばらくして、思い出したように褒めた。


「姫様はすごいですね、こんなに自然に魔法を使ってのけるなんて」

「魔力は手足と変わらないわ。でもこの力があるから、災禍を引き寄せるのだと聞いています。現に、私の国は滅びました」

「それはリカルド王の罠です。あなた方は周りを刺激しないよう、山の上の小国でひっそり暮らしていたのに……」


 ライラはフォークの先でびしっとレイルを指す。


「お父様の悪口を言わないで」

「……分かりました」


 諦めた様子でレイルは返事をして、あっという間に食事をたいらげてしまう。そしてお茶を淹れ始めた。


「あなたは騎士なのでしょう? まるで使用人のようなことをするのね」

「ええ、姫様に喜んで頂けるなら、なんでもします」

「う……」


 嫌味のつもりだったのに、思わぬ返り討ちにあって、ライラは頬を赤らめた。

 ライラが食事を終え、お茶を飲み始めると、レイルはせっせと食器を片づけて盆に集めていく。そしてお辞儀をした。


「では姫様、私は仕事に行って参ります。夜までに戻りますので」

「もう戻らなくて結構よ。そのまま出ていきなさい」

「はい、気を付けて帰ってきます」

「誰もそんなことは言ってないわ!」


 とんちんかんな返事をするレイルをにらんだが、レイルは涼しく笑い返し、盆を持って部屋を出て行った。


「なんて方かしら! 腹の立つ!」


 ライラはぶつぶつと言いながら、お茶を飲む。

 そこへレイルが戻ってきた。


「ひゃっ。び、びっくりした。出かけたのではないのですか」


 さすがに、愚痴った後に顔を合わせるのは気まずい。動揺するライラに構わず、レイルはずかずかと歩み寄って来て、カラフルな何かを差し出した。その勢いに、ライラはつい受け取ってしまう。


「そこで咲いていたので、どうぞ!」

「へ? え、なんです、これ」

「花です」

「花」


 本で読んだことがあるぞと、ライラは野花でできた小さな花束を見下ろす。

 レイルはにこやかに微笑む。


「外にはこんなものがたくさん咲いていますよ。秋なので彩豊かです」

「そうなの」


 少し興味を惹かれ、花に見入る。黄色とオレンジの花は色が綺麗だし、香りが良い。

 そこではたと我に返って、興味のない顔に戻ってレイルを見ると、彼はにっこりと笑った。


「どうですか、外に出たくなりました?」

「出てってちょうだい、この悪魔!」


 ライラがびしっと扉を示すと、レイルは肩をすくめる。


「駄目でした? おかしいなあ、女性はこういうものがお好きなはずなのに。また何かお持ちしますね」

「いいから、出て行きなさい!」

「はい、行ってきます」


 レイルは軽やかに部屋を出て行った。ライラはどっと疲労を覚えて、椅子に背を預ける。

 やはり最初の嫌な予感は的中した。レイルはものすごく面倒くさい。


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