三章5 誕生日の朝
そして一週間後、ライラは誕生日を迎えた。
この世界の人々は、成人すると繭化して、#羽化__うか__#をすると背中に羽が生える。種族によって、成人の時期と羽は違う。
ライラは黒アゲハの一族だから、蝶の羽が生えるはずだ。
日付が変わったら繭化するのかと思ったが、朝になってもそんな気配がない。不安になりながら、小食堂の間に向かう。六人程度の会食ができる部屋で、部屋の真ん中にテーブルと椅子があるだけだ。
「ライラ姫様、お誕生日おめでとうございます!」
ライラが部屋に入るなり、レイルが椅子を立って駆け寄ってきた。
「ありがとうございます、レイル様」
流れるような仕草で席までエスコートされ、気付くとライラは椅子に座っていた。びっくりとしてレイルを見上げると、レイルはにこやかな笑みを浮かべている。
「二十歳ですね、おめでたいことです。夜のパーティーは楽しみにしていてくださいね」
レイルも向かいの席に着く。誕生日を迎えたライラよりも機嫌が良い。
今日のライラの朝食はパンケーキだ。傍に、ガラス製のハニーディスペンサーがあり、中には金色に輝く蜜がたっぷり入っている。
「どうぞ、遠慮なくかけて召し上がってください」
「そんなぜいたくをしていいのかしら」
「誕生日ですからね」
レイルが大きく頷いてくれたので、ライラはドキドキしながら、パンケーキにはちみつをたっぷりかける。そして一口大に切ったパンケーキを頬張ると、ふんわりした優しい生地にはちみつがからんでいて、口の中に甘さが広がった。幸せだ。
心底嬉しそうにしているライラを、レイルは優しく見つめている。ちょっと視線が落ち着かないが、パンケーキはおいしい。ゆっくりと食べ終えた。
朝食を満喫したライラは、ふと、朝感じていた心配を思い出した。さっそくレイルに話しかける。
「ねえ、レイル様。私って異常なの? まだ繭化しないのだけど」
「大丈夫ですよ。誕生日を迎えてすぐに羽が生える者もいれば、数日遅れる者もおりますので。姫様の羽はきっと綺麗なんでしょうね。楽しみです」
「私も楽しみなの。空を飛べるようになるでしょう?」
「その時は私に付き添いをさせてくださいね。できれば一番に」
レイルは一番を強調した。
「一番が好きなんて、子どもみたい」
「お願いします、姫!」
テーブルに両手をついて、深く頭を下げるレイル。恥も外聞もかなぐり捨てての頼みに、ライラは動揺した。
「えっ、ちょっと、本気でお願いするのはおやめになって。分かったから!」
「やった! よろしくお願いします」
言っていることは丁寧だが、レイルは結構強引だと思う。
「まったくもう、おかしな方ね。では、私は部屋に戻りますわ。パーティーを楽しみにしていますわね」
「お部屋までお送りしますよ」
ライラとともにレイルも席を立ち、ライラの部屋の前まで同行する。レイルの浮かれようには、ライラは呆れている。
自室に入ると、メアリーが笑みを零した。
「微笑ましい方ですわねえ」
「私が喜ぶなら分かりますけど、どうしてお祝いしてくださるほうがああなのかしら」
「良いことではありませんか、心からお祝いしたい相手ができるというのは」
メアリーは温かい目をして、ライラの手を取る。
「姫様のことを娘のように思っております。わたくしがいなくなった後、将来がどうなるかと心配でしたが、陛下のお気持ちは本物ですわ。わたくし、安心いたしました」
「どうして泣くのよ、メアリーったら。いなくなるなんて悲しいわ。長生きしてくれなくては」
つられてライラも涙目になり、メアリーをやんわりと抱きしめる。ニコラもハンカチを目元に当てていた。