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三章3 偽称



「失礼します、ライラ姫。こちらに従妹が来ているとか……」


 部屋に入ってきたレイルの表情は険悪そのものだった。彼の後ろでニコラが気まずそうに首をすくめている。レイルはシェーラを見つけると、不愉快そうに口を開く。


「シェーラ・ランド、私の許可もなくライラ姫に会うとはどういう了見だ?」


 ライラはぎくりとした。


(え? 本当に婚約者なの?)


 レイルには優しい雰囲気が一切ない。シェーラを煙たがっているのはあきらかだ。

 しかしシェーラは気付いていないのか、それとも気にしていないだけなのか、途端にしおらしい態度になってレイルのほうへ歩み寄る。


「陛下ぁ~」


 抱きつこうとするシェーラを、レイルは寸前でかわした。シェーラはよろけて転びかけたが、なんとか踏みとどまる。


「冷たくてらっしゃるのね。でも素敵! わたくしの婚約者様」

「……婚約者?」


 レイルは眉をひそめた。声が一段と低くなり、震えあがったニコラがメアリーの後ろに隠れる。ライラも息を飲んで、この状況を見守る。


「誰と誰が婚約者だって?」

「「え?」」


 ライラとシェーラの声が重なった。泡をくったのはシェーラである。


「何をおっしゃっていますの! わたくしと陛下は、七歳の頃から婚約しているではありませんか!」

「私の記憶では、二年前にそちらが婚約を辞退したはずだ。君が言ったんだろう? 『戦えぬ王子に未来はない。王家の遠縁を擁立(ようりつ)することにいたします』と」

「そ、それはお父様がそう言えとおっしゃったから……」

「『あなたにはがっかりですわ。期待外れの王子には、さぞかしリカルド王も残念でしょうね』ともな。こちらが大怪我をしてふせっている場に見舞いに来て、傷に塩を塗る真似をしたのはそちらだ。こんな冷酷な女と結婚せずに済んで、私は心底ほっとした」


 ずばずばと言い返すレイル。シェーラは青ざめ、首を傾げる。


「そんなことを言ったかしら。記憶にありませんわ」

「そうか。言動に責任を持てない貴婦人など、王妃には絶対になれぬから安心するがいい」

「陛下!」


 今度は怒りで顔を真っ赤にして、シェーラは甲高い声を上げる。


「私が失意の時は去ったくせに、王になったら婚約者と名乗るのか。たいした女だな」


 当然、レイルは呆れ返っている。


(えー、そんなひどいことをしておいて忘れたの? すごい方ね)


 ライラが口元を押さえたのを見て、シェーラは勢いを取り戻す。


「陛下、それよりもライラ様はひどいのよ。猫にわたくしを襲わせて、ドレスが破損しましたの」


 うるるっと目をうるませ、シェーラはレイルに訴える。レイルはメアリーに命じる。


「メアリー、状況を説明してくれ」

「はい、畏まりました」


 メアリーはいたって冷静に、事実だけを話した。レイルは額を押さえて溜息をつく。


「シェーラ・ランド、君の厚顔(こうがん)には恐れ入る。先触れもなく来て、姫に不満をぶちまけた後、猫がスカートにじゃれついたから蹴った? 君はいったいどこに自信を持ったんだ」

「ですから、猫のしつけが……!」

「犬ならともかく、猫は自由な生き物だ。じゃれつかないようにしつけるなんて無理だろう。だが、まあ、ドレスを傷つけたのは確かだから、こちらで修繕しよう。他のことは見過ごせない。王宮で私の婚約者だと偽称(ぎしょう)するのは罪となる。――衛兵!」


 レイルがぴしゃりとした声で呼ぶと、扉番の騎士が二人入ってきた。


「「は!」」

「身分を偽称した罪で、シェーラ・ランドを牢に入れよ。それから、ランド公爵にも連絡を。王宮にともに入りながら、娘の監督をおこたった責を問うと告げろ」

「「畏まりました!」」


 騎士達は敬礼すると、シェーラの両脇を固める。


「え? う、嘘。お待ちください、陛下! わたくし、そんなつもりでは!」

「君も高位貴族の娘ならば、偽称の罪の重さは理解しているはず。無知ならとんだ(おろ)か者だな」

「お許しくださいませ、陛下! どうか、昔、婚約者だったよしみで」

「連れていけ」


 鬱陶しいとばかりに追い払う仕草をして、レイルはシェーラには一瞥(いちべつ)も向けない。シェーラの侍女はおろおろして、ライラの部屋から引きずりだされるシェーラを慌てて追いかけていった。

 パタンと扉が閉まる音がして、あっけにとられていたライラは我に返った。


「……やりすぎでは?」

「昔やられたことを仕返ししただけですよ。二年前、怪我がもとで廃嫡(はいちゃく)されかけたんですが、直系は私のみなので保留されていたんです。さっきの話の通り、ランド公爵家は遠縁の男子を次の王にしようともくろんでいました。私が勝ちましたがね」


 レイルの表情に陰が差した。


「当時は落ち込みましたが、結果的に期待されない立場は都合が良かった。父の政治に不満を抱く貴族達とつながりを強固にできましたからね」


 レイルは強がっているが、もの悲しげに目を伏せる様子は寂しそうに見えた。その当時のことで、彼は深く傷ついたに違いない。


「レイル様……」


 思わず、ライラはレイルの左頬に右手を添えた。冬空のような澄んだ青の目を覗き込む。


「大丈夫ですか?」


 レイルはかすかに目をみはると、ライラの手に手を重ね、感じ入るみたいに目を閉じる。そして、目を開けると、うれしそうに微笑んだ。


「ええ。心配してくださってありがとうございます。ランド公爵には手を焼いていたので、これを()に降格させてみせます。あの女のことでご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。まさか単身で乗り込んでくるほど図々しいとは思いませんでしたよ」

「私、シェーラ様が白雪に謝ってくだされば、それで良かったの。あまり厳しく責めないで欲しいわ。あの方はレイル様に悪いことを言ったのですし、そのことは許さなくてもいいけれど、この件は許して差し上げて。これまで学ぶ機会がなかっただけよ。ね?」


 小首を傾げて問うと、レイルの頬に赤みが差す。


「姫様、それはちょっとずるい……」

「はい?」

「……しかたありませんね。そこまでおっしゃるなら、牢で三日の反省で許しましょう」

「ありがとう、レイル様!」


 ライラはぱあっと明るく笑った。


「姫様はお綺麗なのに可愛いなんて、ずるくありませんか」


 急に真顔でそんなことを言うレイルを見つめ、ライラは困惑する。


「あの……?」


 いつの間にかライラの右手は両手で握られている。ライラが対応に困ったタイミングで、メアリーがごほんげほんと(せき)払いをした。


「陛下、サービスタイムは終了でございます」

「いいじゃないか、あと三十分くらい!」

「長すぎます。却下ですわ」


 メアリーが離れるように手で示し、レイルは渋々ライラから離れる。


「姫様、私には婚約者はおりませんからね。誤解しないでください。そもそも、親が決めただけで、シェーラ・ランドのことを好きだと思ったこともありません。政略だろうと結婚するからには尊重するつもりでしたが、婚約辞退の件で完全に気持ちは冷めましたからね」

「はあ。どうして私に弁解するんですの?」

「少しはもやっとしたり、イラッとしたりとか……」


 レイルは期待を込めてライラを見つめる。ライラは頷いた。


「ええ、もやっとしたわ」

「本当ですか!」


 なぜかうれしそうにするレイルをけげんに思いながら、ライラは真面目に話す。


「私、レイル様に甘えすぎみたい。いくらつぐないだからって、王妃の間に私を住まわせるのはどうかと思うの。塔に帰ろうかしら」

「そっちですか! いやいや、駄目です。王妃の間を改装したことなら気にしないでください。部屋なんてたくさんあるんですから、他の部屋を使えばいいだけですからね」

「そうかしら」


 ライラはううんとうなる。確かに王宮は広い。空き部屋を利用することも可能だろう。


「でも、次に王妃となる方は不満だと思うの。私、塔に……」

「駄目ですってば。今、塔に帰っては、警備に支障があります。今まで、姫が表に出てこなかったから無事で済んでいたんですよ。それが絶世の美女だと知れたのですから、どんな輩が湧いて出るか! 想像しただけで、その見知らぬ誰かを斬り殺したくなります」

「変な方。そんなにがんばって褒めてくださらなくて結構よ。大げさなんだから」


 ライラはため息をついた。

 メアリーとニコラがぶんぶんと首を振っているのが気になるが、そこまで大仰に言われると、馬鹿にされてる気がしてくる。


「レイル様って失礼だわ。お帰りいただけます?」

「えっ、どうしてご機嫌ななめになったんですか。私は本当のことしか言ってませんよ」

「お世辞も過ぎると不愉快よ」

「姫様、もう少し自覚を持っていただけませんか」


 どうしてレイルは頭を抱えているのだろう。つんとそっぽを向きながら、ライラは不思議に思った。


「はあ、まあいいです。姫様、お願いですから、今後は気軽に貴族を招き入れないでください。私室ではなく、サロンのほうで会うようにお願いします。女性ならともかく、男性と会うなんて絶対に駄目ですよ。危険ですからね」

「この王宮にはそんなに危険人物がいるの?」


「姫、シェーラ・ランドは箱入りの娘なのであの程度で終わりましたが、どこに刺客がいるか分からないのです。にこやかに近づいてきて、刃物を出されたらどうします? あなたの交友関係をさえぎりたくはないのですが、あの件が片付くまでは、見知らぬ者は全て敵と思っていただくくらいでちょうどいいんです」


 レイルが切々と訴えるので、ライラはしかたなく了承した。


「分かりました。では、誰かと会う時は、レイル様に相談しますね。でも私には魔法があるのに」

「乗馬の時は何もできなかったでしょう? 危険に慣れていないと、とっさに体は動かないものです。お願いですから、私を頼ってくれませんか」

「……そうね、レイル様の言う通りだわ。そうします」

「ご理解に感謝します。メアリー、ニコラ、姫のことは頼んだぞ。何かあればすぐに報告を」


 レイルはライラの侍女にも念を押し、扉番の代わりが来るまでライラと一緒に待っていた。


「姫様、晩餐の後にまたお伺いしても構いませんか? ゆっくりと話したいことがありまして」

「ええ、構いませんよ。夕食もご一緒にいかが?」

「今日は会食があるのです。姫からの貴重なお誘い……受けたかった……」


 がっくりとうつむいて、レイルはつぶやいた。断られたライラよりもがっかりしているので、ライラは苦笑する。


「食事はよくご一緒にしているのに、おかしな方ね」


 それにしても、ゆっくりとしたい話とはなんだろうか?


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