三章2 レイルの従妹
レイルの従妹だという女性は、ライラより少し年上くらいに見えた。
淡い金の巻き毛には花を模した髪飾りが光り、ぱっちりした大きな目は太陽を透かした葉のようだ。小柄でウェストは細く、守ってあげたくなる雰囲気の可愛らしさがある。
「お初にお目にかかります。わたくしはランド公爵家が長女、シェーラと申します」
「私はライラと申しますわ。どうぞ、お掛けになって」
椅子を示し、ライラも座りなおす。
メアリーがお茶と菓子をテーブルに並べた。今日のおやつは、シフォンケーキの生クリーム添えだ。王宮に来てから、格段に食事の質が上がった。ライラを恐れていても、料理人は最高の仕事をするのでいつもおいしい。
「突然の訪問への無礼はお詫びしますわ。父が登城なさるというので、無理を言ってついてきたんですの」
「そうなのですか。それで、私になんのご用かしら」
父の仕事に同行してくるような用事がライラにあるみたいだが、ライラには思い浮かばない。
「陛下を惑わす災厄の悪魔を見に来たんです」
シェーラの声はトゲトゲしい。こちらに挑むようににらむシェーラを、ライラは見つめ返す。
災厄の悪魔という呼び方は聞いたことがあるが、惑わすとはなんのことだろう。困惑するライラに口を挟ませず、シェーラは憤然と話す。
「思っていたよりもひどい状況だわ。なんなんですの、このお部屋! わたくしの物にはるはずでしたのに、横取りなさるなんて、さぞかし良い気分なのでしょうね」
「シェーラ様は公爵家の姫では?」
王女とは聞いていないが、どういうことだろうか。
せっかく貴族のお客は初めてなのに、彼女は不満をぶつけにきたようだ。シフォンケーキがおいしくなくなり、紅茶の味が分からなくなる。
ライラが王宮に来たことで、シェーラに迷惑をかけたらしい。緊張して肩に力が入る。
「ええ、公爵家の者です。ですが、わたくしはレイル様と婚約していますの」
「婚約……?」
寝耳に水の言葉に、ライラは面くらう。
「そうです。いずれ、王妃となる身ですわ。それなのに、婚約してもいない、亡国の王女の分際で、王妃の間を占拠するなんてどういう心積もりですの?」
ライラは目を丸くした。
王妃の間ってどういうことだろう。ここは客間だと思っていた。
(そういえばレイル様の部屋からも近いんですっけ)
警備のためと言っていた気がする。王宮の部屋の間取りなんて詳しくないので、ライラは疑うこともなく、すんなりとレイルからの恩恵を享受していた。ライラは紅茶を見下ろす。
(そうよね、この方の不満はもっともだわ。私、レイル様に甘えすぎなのかも……)
ライラが黙り込んだので、シェーラは眉を吊り上げる。
「どうにか言ったらいかが? おびえたふりをして、陛下の関心を買おうだなんて、恥を知ったほうがよろしくてよ」
シェーラの剣幕にライラが固まっていると、シェーラの足元で白雪が鳴いた。
「ニャア」
そちらを見ると、いつの間に起きたのか、白雪がシェーラのドレスの裾に飛びついていた。縫い付けられている白いリボンが気になったらしい。玩具にして、猫パンチを繰り返している。夢中になるうちに爪を出したみたいで、リボンの傍にあった真珠がぶちっと外れて転がった。
シェーラは血相を変えて立ち上がる。
「キャアッ、何するのよ、この猫!」
「ブミャアッ」
あろうことか、シェーラが白雪を蹴った。白雪は痛ましい鳴き声をもらして床に転がる。
「白雪!」
ライラも椅子を立ち、白雪のほうへ飛びついた。白雪にはたいした怪我はなかったようで、すぐに起き上がるとシェーラにシャーッと威嚇をする。
「シェーラ様!」
床から立ち上がると、ライラはシェーラと向き直る。
「白雪に謝ってください」
「……え?」
「こんなか弱い生き物を蹴るなんてひどいわ! あの子に謝って!」
白雪への乱暴に、ライラは怒っていた。シェーラがこの国の人間だとか、レイルの婚約者だとかいうことへの遠慮は吹き飛んでいる。
「そうですわよ、シェーラ様。王女様のペットを蹴るなんて、礼を欠くにもほどがあります」
メアリーも加勢する。すると、シェーラの侍女が反論した。
「客のドレスを破損したのです。猫のしつけがなっていないのでは?」
「猫にしつけなんかできますか! そもそも、突然訪ねてくる無礼をしたのはそちらです。あなたも侍女ならば、主人の素行には注意しなければいけませんよ。部下失格ですわ」
「なんですって!」
主人と侍女とのにらみあいになったところ、扉をノックする音が響いた。扉番が用件を告げる。
「レイル陛下のおなりです」
シェーラがにやりと笑う。
「いいですわ、ではこの件、陛下にお預けしましょう。それでいかが?」
「望むところよ」
ライラも負けじと強気に返し、扉番にレイルを通していいと告げた。