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二章 レイルの献身 1 騎士ではなく王でした

 


「お父様の息子……?」


 告げられた真相は、ライラにとって寝耳に水といえるほどのものだった。じわじわと驚きがやって来て、気持ちが高ぶっていく。ライラの心には喜びが湧いた。

 ライラは明るい顔で、レイルに詰め寄る。


「ということは、レイル様は私にとって、義理のお兄様ですのね!」

「違います」


 ライラの喜びようを、レイルはばっさりと切り捨てた。


「私はあなたの兄ではありませんし、妹と見ていません」


 ライラが絶句するくらい、冷たい言いかただ。メアリーがレイルに苦言を口にする。


「ちょ、ちょっと、陛下。そんなふうにおっしゃらなくても……」

「いいえ、こういったことは最初にはっきりさせなくては。姫様、私とあなたは他人です。だから親族扱いは……えっ」


 淡々と説明していたレイルの顔が、驚愕に染まった。

 ライラの目から雫がぱたぱたと落ちていく。


「ひどい。家族だと思ったら、嬉しかっただけなのに。レイル様なんか大っ嫌い!」


 ライラは踵を返し、出てきたばかりの塔へ駆け戻る。


「ああっ、姫様! もう、陛下! せっかく外にお連れしたのに、戻ってしまわれたではありませんか。陛下が兄と思われたくない気持ちはお察ししますけど、あの方の気持ちも少しは考えてくださいませ!」


 メアリーがレイルに怒鳴りつけ、すぐにライラの後を追いかけてくる。

 だが、当のレイルは、ライラを泣かせたことと、大嫌い発言に石と化していた。


「あーあ、今のはいけませんよ、陛下」


 ステファンが追い打ちをかけ、レイルは無言でうなだれた。


 メアリーに時間をかけて説得されたライラは、渋々、塔を出てきた。

 馬車で移動する間も、むすっと不機嫌顔で車窓の外を見ており、レイルと目を合わせない。

 とうとう耐えられなくなったレイルが、弱った声でライラに謝る。


「申し訳ありませんでした、姫様。ただ、姫様はリカルド王の策による被害者ですから、私が親族だと思われると負担になるのではと思ったんです」

「……どういうこと?」


 レイルの言い分に、ライラはようやくレイルのほうを見る。レイルは冬空のような薄青い目を、悲しげに細める。そこには、勝手にルームメイトに治まった時の悪魔じみた強引さはない。


「私はリカルド王の血縁者です。恨んでも憎んでも構いません。許せとも申しません。例え罵られても、あなたを助けたかった。その気持ちだけは本物です」


 どうしてそんなふうに、ライラに手を差し伸べようとするのだろう。ライラにはレイルの真意が謎だ。


「どうして嘘をついたの? 伯爵だって」


「本当は、そのままクローブ伯爵領へお連れして、屋敷でゆっくり過ごしていただくはずでした。あなたの故国の復興に協力して、いずれそちらへお帰ししようと思っていたんです。あんな男の息子だと知れたら、姫はきっと私を許さない。一度でいいので、笑いかけて欲しかった」


 胸の内を吐露して、レイルは溜息をついた。ライラは結論を付け足す。


「でも、私は塔を出たがらなかった」

「こんなに長く、嘘をついたことはお詫びします」

「どうして教えたの?」


「望みを果たしたので、もう構いません。あなたに嘘をつき続けるほうが苦しい。私はあの男の息子です。その事実は変えられない」


 ライラはレイルをじっと見つめた。彼の表情は痛みに満ちていて、青ざめている。彼はライラが断罪する気だと、少しも疑っていないのだ。

 だが、彼の予想と違い、ライラは怒っていない。


 ライラは幼少期から塔で育ち、あれが普通だった。もしリカルド王がライラをいじめていて、ライラが実の両親に愛された思い出があるなら、レイルの言う通り恨んでいたかもしれない。だが、実際にはリカルド王はライラを閉じ込めこそすれ、娘として育てていた。ライラにとって、故国や家族のことは、お伽噺を聞くみたいに現実から遠いことだった。

 どうして、レイルはそこまでライラを気にかけるのだろう。ライラにはそれが不思議に感じるくらいだ。


「レイル様、私の国は戦に負けたの。王族は皆殺しにされてもおかしくないことくらい、歴史書を読んで知っているのよ。リカルド王のしたことは、確かに残酷よ。でも、私は今、こうして生きている。私の本当の両親は無事ですか?」


「ええ、他の塔に幽閉されています。ですが、今はまだ自由にするほうが危険なので、状況を説明して、待遇を王族にふさわしいものに上げました。期が満ちましたら、ご案内します」


 ライラはレイルの話をよく聞いて、自分の頭でも考える。

 リカルド王はライラに、ライラが災禍の民だと教え込んでいた。外にいる、アンバーガット国の人々もそう思っているのだとしたら、レイルの言うように迫害の危険がある。誤解を解くために時間がかかるのだろうと、ライラにも推測するのは簡単だ。


「アゲハ族の中でも、王族は特に魔力が強いのです。周りを刺激してしまいます。すぐに会わせて差し上げたいのですが、仲間がそろったら復讐に走るかもしれないと、警戒させてしまいます」


 レイルの説明は納得がいくものだったが、一つだけ気にかかる点がある。


「王族だと危険視されるなら、私が城に移って平気なの?」

「ええ。私の傍で悪さをする者はいないでしょう。世話にはメアリーを、筆頭騎士にはステファンを付けます。どうしてもとおっしゃるなら、伯爵領にお連れしますが」


 レイルの顔が曇った。ライラは緊張を込めて見つめる。


「何か問題でも?」

「ええ。私が寂しいです」

「……はい!?」


 どんな深刻な理由があるのかと思えば、レイルの感情が理由だったので、ライラは耳を疑った。


「国に帰るまででいいのです、傍にいてくれませんか」

「あなた、憎まれてもいいって、さっきおっしゃってましたけど」

「ええ。それでも、近くで手助けしたくて。今の私は王ですから、目の届く所にいていただければ、なんでもして差し上げられます」

「おかしな方」


 レイルの献身ぶりに、ライラは呆れ果てた。

 先ほどの親族扱いするなという言葉には傷付いたが、どうやらレイルはライラのことしか考えていないと分かって、気持ちが落ち着く。ショックを受けた理由の中には、塔を出た途端、ライラを厄介払いする気なのではという警戒心が芽生え、ひるんだこともあった。


「いいですわ、分かりました。私は自分の目と耳で、あなたを判断することにします。憎むかどうかは、それから決めるわ。――この話も嘘だといけませんし」


 つんとそっぽを向いて、ライラは強気に返す。


「ええ、そうしてください、姫様。やはりあなたは賢い方だ。ご自分で考え、判断しようとなさる。尊敬いたします」


 窓越しに、キラキラした目で見つめるレイルを眺め、ライラは困惑する。


「あなたは王なのでしょう? どうして戦で攻め落とした側の国の王女に、こんなにへりくだるんですか」

「恩人に礼儀を示して、何がいけないんですか」

「その恩人っていうのはいったい……」


 ライラが詳しく聞こうとした時、馬車が止まった。


「さあ、つきましたよ、姫様。部屋へご案内します。喜んでいただけるといいんですが」

「あ、ちょっと」


 何故かレイルのほうが浮かれていて、自分で扉を開けて、勝手に馬車を降りる。

 ライラの隣に座っているメアリーが苦笑して、ライラに降りるように促した。


「ご心配なさらないでください、姫様。あの方の真心は本物ですわ。――でなければ私がとっくに始末……いえ、報復しています」


 メアリーは言い直したが、物騒な内容に変わりはない。

 確かにメアリーならば実行するだろうと思え、ライラは頷いた。メアリーがそこまで言うのなら、レイルの気持ちは本物なのだろう。レイルのことは分からないが、メアリーとは長い付き合いだ。そちらを信頼することにした。


「お手をどうぞ」

「……ええ」


 ライラが馬車を降りようとすると、レイルが扉の脇で手を差し出していた。レイルの手に自分の右手を重ね、ライラは馬車を降りる。

 そしてゆっくりと顔を上げ、目を丸くした。

 青空を背に、王宮は美しく輝いているかのようだ。白い城壁に、青い屋根。金糸で模様がえがかれた、赤い三角旗が風に揺れている。そして玄関前で大勢の使用人が頭を下げている様子は、圧巻だった。


「ライラ王女殿下、歓迎いたします」


 ステファンがあいさつをしてお辞儀をすると、ラッパの音が響いた。ライラはびくりとする。


「な、なんですの、今の音。これから聞こえたわよね。ねえ、もう一回、音を出してくださらない?」


 ライラは興味を示して、ラッパを持つ衛兵のもとへと向かって催促すると、衛兵はたじろいだ。困った様子で、ライラの後ろを伺う。


「吹いて差し上げろ」

「はっ」


 レイルの命令に、衛兵は再びラッパを吹いた。


「すごいわ! これはどうして鳴らすの? 私もやってみたい。貸してちょうだい」

「姫様、彼が困っているのでおやめください。これは王族や貴賓が出入りする時に鳴らすのが決まりなんですよ。そんなにお気に召されたのなら、後で新品をプレゼントしますから」


 ライラの腕を引いて、レイルは軌道修正する。ライラは名残惜しく思って、ラッパ吹きを振り返りながら歩いていく。


「約束よ、レイル様」

「のちほど、楽師にも会わせて差し上げます」

「がくし?」

「先ほどのような楽器を演奏するのに長けた者達ですよ。私も笛なら吹けます」

「ふえ?」


 話を聞いてもいまいちよく分からないが、ライラは書物に出てきたことを思い出した。子どもみたいに興味を示すライラが面白かったのか、レイルが声を上げて笑う。


「あはは。こんなに楽しい気持ちになったのは久しぶりです。さあ、姫君、まずはお部屋に」

「ええ」


 それから部屋に行く途中も、「あれは何? これは何?」と聞いて回るライラに、レイルは丁寧に教えてくれた。落ち着いてみると、かなり面倒くさかっただろうと思うが、レイルは気にならないようだ。

 王宮の二階、奥まった場所にある扉の前でレイルは立ち止まった。扉は白に塗られ、金で装飾がされている。

 そして、扉番の騎士が扉を大きく開け放つ。


 ライラは息を飲んだ。

 薄水色の壁と白い大理石の床。広々とした部屋は、ライラが暮らしてきた塔の部屋の十倍――いや、明らかにそれ以上だ。暖炉と白いテーブル、青い布が張られた椅子や長椅子。飾られた花から甘い香りが漂ってくる。

 調度品も素晴らしいが、何よりライラが気に入ったのは天井画だ。


「素敵! 天井に夜空が広がっているわ!」


 広々とした青いキャンバスに、金色で天文図や星座神話が描かれている。

 奥も見てきて欲しいと言われ、ライラは寝室や風呂場兼洗面所、トイレなども見て回る。どれも一級品で、うっとりするような繊細な造りをしている。

 更に、塔で会った猫――白雪も待っていた。

 白雪を抱っこして、撫でながら歩き回り、再び居間に戻ってきたライラに、レイルは問う。


「お気に召していただけました?」

「もちろんよ。ありがとう、レイル様。でも、塔で使っていた物もここに運んでくれないかしら。愛着があるの。全て新しくするのは寂しいわ」

「畏まりました。特に運んで欲しいものを、メアリーに言付けてください」

「ええ」


 ライラは返事をしたものの、感動でまだ頭がぼんやりしている。じわじわと現実感が戻ってくると、急に不安になった。


「でも、良いのかしら? 私がこんなお部屋を使って」

「小国といえど、身分は王女です。今までの扱いがおかしいんですよ」


 憤然と言い、レイルはライラの右手を握って言い募る。


「何か欲しいものがあれば、なんでもおっしゃってください」

「いえ、でも……」

「我が国の発展は、あなたがたの犠牲によるものです。遠慮しなくていいですよ」

「そう言われても、私も外に出たばかりですし……」


 願いを言えと押し売りされて、ライラは苦笑する。

 メアリーがごほんと咳払いをし、握ったままの手を示す。彼女はしかめ面をして、離れるようにと手振りをし、レイルに注意した。


「……陛下?」

「すまない。そう、にらむな」


 レイルは謝って、ライラの手を離す。


「そうねえ。まずはさっきのラッパで……他には本を読みたいわ」

「では図書室にご案内しましょう。ですが、今日のところは楽器までで構いませんか」

「としょしつ? 確か本をたくさん置いてある部屋のことよね? 場所を教えてくれたら、自分で行くわ」

「いえ、私が案内したいんです。お願いします」


 こうも下手に出られては、ライラも嫌とは言えず、ちょっと身を引きつつ頷く。


「わ、分かったわ。でも、そんなに私に構わなくていいのに。王なら忙しいのでは?」

「ええ、姫様との時間のために最速で仕事していますので、お気になさらず」

「はあ」


 レイルの勢いにたじたじになり、ライラは合槌を返すので手一杯だ。


「では姫様、しばらくごゆっくりお過ごしください。昼食をご一緒しましょう。楽師は午後に用意します。一日中、付き添って差し上げたいんですけど、残念なことに公務がありまして」


 ライラは耳を疑った。


(今、一日中って聞こえたけど)


 想像するだけで鬱陶しい。ライラは眉をひそめる。


「私には一人の時間も必要よ。一日なんて迷惑だわ」

「姫……」


 レイルがあからさまに落ち込んだ顔をするので、ちょっとかわいそうになったライラは、少しだけ譲歩することにした。


「でも、昼食やお茶は付き合ってあげないこともなくってよ」


 つんとそっぽを向きつつ言うと、レイルの顔が輝いた。


「姫! ありがとうございます。では、昼食を楽しみにしております」


 レイルはお辞儀をすると、部屋を出て行った。部屋にはライラとメアリーだけになり、メアリーが感心したそぶりでライラを褒める。


「姫様、陛下の扱いが上手くなりましたわね」

「よく分からないわ。レイル様はいつもあんな感じじゃない」


 ライラはそう返すと、この素晴らしい部屋をもう少し探索することにした。


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