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序章



 王宮の外れに、二階建ての塔がぽつんと立っている。

 七歳の小さな女の子――ライラは、塔の部屋で泣いていた。黒い髪を三つ編みにして、黒いドレスを着ている。彼女はたびたびしゃくりあげながら、養父であるリカルド王に訴える。


「お父様、私、お外に出たいわ」

「ライラ」


 背が高くいかめしい顔をした男――リカルド王は溜息を吐いた。王はライラの祖国の征服者であり、ライラの養父でもあった。


「何も私は好きで、お前をここに閉じ込めているわけではない。お前のためを思ってしていることだ。外では、黒アゲハ族は災禍(さいか)の民と呼ばれている」

「さいか?」

「災いという意味だ。私はこの塔にお前をかくまっている。災いを呼ぶと嫌われている民だ。外に出たら、殺されてしまうぞ」


 ライラはきょとんとした。殺されるというのがどういうことなのか、幼いライラにはよく分からなかった。そんなライラを微笑ましげに見て、リカルドは暖炉を示す。


「お前は、綺麗だからと暖炉の火に触れたそうだな。どうだった?」

「熱くて痛かったわ」


 ライラはあの時のことを思い出して、涙ぐんだ。あまりの痛みにびっくりして、大泣きしたのである。幸い、やけどは軽く、数日で治った。


「それよりも恐ろしいということだ」


 リカルド王の説明は分かりやすかった。


「あれよりも?」


 ライラにはその怖さが充分に伝わった。リカルド王がライラを心配している気持ちも。


「どうか聞き分けておくれ、ライラ姫。お前はここを出てはいけない。この塔はお前の災いを封じるとともに、お前を守っているのだから」

「私が外に出ると、災いも外に出るの?」

「……ああ」


 リカルド王は悲しげに頷いた。

 そして、ライラの頭を撫でる。大きくて少しかさついた手の平は、ライラにはとても優しいものに思えた。

 ――外に出てはいけない。災いを呼ぶから。

 だがその言葉はまるで呪いのように、ライラの心に影を落とした。

 リカルド王はライラに多くのものをくれた。そのうちの一つに過ぎなかったが、この言葉だけは、とりわけ強力な魔法のようだった。


     ◆


 あれから月日が経ち、ライラは十九歳になった。


「もう、またですの。いい加減、お帰りください。私は塔を出る気はありませんわ、この悪魔!」


 ライラはうんざりして、勝手にルームメイトに治まった青年をにらむ。

 十九年、ひっそりと塔で暮らしてきたライラのもとに突如現れたこの青年を、ライラはどう追い出すかで頭を悩ませていた。


「嫌です。一ヶ月、私に何も起きなければ、こちらを出て頂く約束です。頑張りますよ」

「だからそもそも約束なんてしてませんってば!」


 ここ数日でお馴染みになったやりとりに、ライラは頭痛を覚えた。そして、青年がやって来た日のことに、思いを馳せた。


 その騎士レイル・クローブが、アンバーガット国の王宮敷地の隅に建つ塔へとやって来たのは、のどかな午後のことだった。


「ライラ姫様、助けに参りました」


 レイルはライラの前にかしずいて言った。訪問客があるだけでも驚くことだったので、ライラは初め、そんな彼をぽかんと見ていた。

 ちょうどお茶をしていたことを思い出し、ライラは持っていたカップを、そっとソーサーに戻す。

 騎士は若い男だ。純白の軍服を身に着けており、肩にかけた紺色のマントも様になっている。その背中には、トンボ族であることを示す、透明な二対の羽があった。金髪と水色の目を持った白皙の美貌は、絵本の挿絵で見た王子を思わせる。このレイルがライラに告げた言葉すら、童話の一節みたいだった。

 ――ライラは困っていた。どうして助けられるのか、意味が全く分からない。


「おかわいそうに。どうか怖がらないでください、私はあなたの味方です」


 黙ったままのライラを見て、何か誤解したらしき騎士は、気の毒そうにライラを見つめた。


(まるで冬空のような澄んだ青ね)


 ライラは騎士の目に気を取られて、そんなことを考える。


(あ、いけない。今、何か大切なお話をされてるみたいなのに、私ったら)


 話の途中で違うことを考えてしまうのは、ライラの悪い癖である。内心で叱咤するライラに気付いた様子もなく、騎士は続ける。


「私はレイル・クローブ。アンバーガット国の南方の領で、伯爵位を預かっております。幸い、豊かな土地ですので、姫様をお世話するのに充分です。決して不自由な思いはさせません。私が後見につきますので、何も心配はいりませんよ。ご安心ください」


 騎士――レイルはいかに心配がいらないかについて語り始めた。

 どうしてまたそんなことを言うのか、理解が追いついていないライラは沈黙を続ける。

 その時、レイルはライラの左手を取って、その甲にキスをした。


「きゃっ」


 驚いて手を取り返したライラは、一歩後ずさる。

 ライラが怯えたと思ったらしく、レイルが慌てて頭を下げた。


「申し訳ありません。ごあいさつをと思っただけで……」


 すくっと立ち上がったレイルは背が高かった。先程は部屋に入ってくるなり、かしずいたので、ライラは気付かなかったのだ。

 何やら頬を赤くし、レイルは感嘆をこめて言う。


「こんなに美しい方とは思いませんでした。あなたの前では百合の花は恥じらい、夜の月すら雲をかけて隠れてしまうでしょう」


 なんだかこっぱずかしいことを言い出したぞ、と、ライラは冷や汗をかく。妙に距離感が近いのはどういうことだろう。ライラは内心で混乱しつつ、どうにか問いかける。


「ええと……クローブ伯爵様?」

「どうかレイルと」

「レイル様」

「はい」


 レイルは嬉しそうに、水色の目を輝かせた。

 ライラよりいくらか年上に見えるが、合っているかは自信が無い。ライラは十九歳の今に至るまで、この塔から出たことがないのだ。

 これまでに会ったことのある人間は、養父であるリカルド王と、侍女兼家庭教師のメアリーの二人のみ。人生で初めて見た二人目の男を見て、年齢を当てるなんて不可能だ。


「何かの間違いのようです。私は助けられる覚えはありません。さっ、お帰りはあちらです」

「は?」


 唖然と固まるレイルの背中を、ライラは両手でぐいぐいと押し、部屋の外へ追い出した。


「では、ごきげんよう」


 しっかりと扉を閉め、ライラはテーブルに戻ってお茶を再開する。

 少しの静けさの後、バタンと乱暴に扉が開いてレイルが戻ってきた。


「姫様、無かったことにしないでください!」


 ライラはうんざりした。ものすごく面倒くさい。

 渋々レイルのほうを見る。


「まだ何かご用が?」

「大有りです!」


 レイルは息巻いて、ライラの前にやって来る。


「リカルド王は宮廷を退きました。あなたをここに閉じ込めていた元凶はもういないんです。こんな牢獄からはすぐに出てください! 私はあなたを保護しに参ったのです」

「リカルド王に何がありましたの?」


 寝耳に水の(しら)せに、ライラは動揺した。


「あの王は悪政を敷き、民を苦しめていました。ですが本日、王太子が王より民を解放したのです」

「つまり、あなた方は反乱を起こして、王位簒奪(さんだつ)なさいましたのね?」

「……まあ、悪く言えばそうともいいます」


 レイルは気まずげに答え、ぎょっと目を丸くする。


「ど、どうして泣くのです。あなた方、黒アゲハ族の国を滅ぼし、こうしてあなたを塔に幽閉していた王ですよ」

「知っています。でも、王は私にとっては父でした。まさかお亡くなりになったなんて」


 リカルド王にもう会えないと思ったら、胸が苦しくなって涙が溢れた。


「いえ、王は土壇場で逃げ出しまして、今は追跡中です」

「逃げたの?」


 生きていると聞いてほっとしたが、ライラは悲しくなった。ライラを置いて出て行ったのだ、もう会えないだろうことに変わりはない。


「良かった。それに、王は災禍の民と忌み嫌われる私達を、こうして塔にかくまってくださった恩人です」

「何をおっしゃっているんです?」


 レイルは怪訝そうに問う。ライラは首を傾げて説明する。


「ここは封印の塔なんです。私が外に出たら、周りに災禍を振りまくと教えられました。そんな恐ろしいこと、私はしたくありません。ですから、ここを出るつもりはないんです」

「そんなの、あの王の嘘です。どうしたらここを出て頂けます?」


 困り顔のレイルを、ライラは涙目でにらみつける。


「あなたは悪魔なんでしょう? そうやってそそのかして、周りに不幸をばらまかせようっていう魂胆なんだわ。私、絶対に信じませんから!」

「ええっ」


 驚くレイルの声をよそに、ライラはテーブルに突っ伏して、わっと泣き出した。


「お父様、お会いしたい」

「姫様……」


 弱り切ったつぶやきを零したが、レイルはライラが泣きやむまでずっと傍で待っていた。しばらくして泣き止んだライラは、濡らしたハンカチを目元に当てながら不機嫌に問う。


「まだいましたの、悪魔さん。お帰りになったらいかが?」

「そういうわけにはまいりません。私はあなたを助けに来たのです」

「悪魔は天使の姿をしてやって来るそうですわ」

「私が天使に見えるのでしたら、医者を呼びます」


 彼が至極真面目に答えるものだから、ライラは嫌になって声を荒げた。


「もうっ、出て行ってください! 私、あなたとお話をする気分ではないの」


 レイルは溜息をついた。


「どうしたら分かって頂けるんです」

「どうもこうも無いわ。早く出て行って。ここは封印の塔だと言ったでしょう、長居すると、あなたにも災禍が降りかかります」


 ここまで言えば怖くなって逃げ帰るだろうとライラは思ったが、レイルは急にパチンと指を鳴らした。


「それです! なるほど、つまり私に何も起きなければ、姫様も王の嘘だとご納得頂けるわけですね?」

「え?」


 嫌な予感がしたライラだが、レイルは名案を思い付いて嬉しそうにしている。


「では一ヶ月!」

「へ?」

「こちらで共に過ごします。それで私に何も起きなかった時は、この塔を出て頂けますか?」

「あの、話を聞いていたの? 私は災禍の民で……」


 警告を無視するレイルに、ライラは困った。レイルは理解していると頷いてみせた。


「ええ、分かっております。そう信じているのですよね? そもそも姫様は生まれた折よりこちらにいらっしゃるのです、急に常識を変えろというのが無理なお話でした。気遣いが足りず申し訳ありません」


 びしっと頭を下げるレイルを、ライラは唖然と見上げる。


「では、荷物を取って参ります。これから一ヶ月、どうぞよろしくお願いします、姫様!」

「え? ちょっ、待っ……」


 ライラが止める隙も無く、レイルは意気揚々と部屋を出て行った。

 残されたライラは混乱で頭を抱える。


「というか、待って! そもそも、私は約束なんかしてないわよ!」


 ライラの怒りの声は、残念ながらすでに退室していたレイルには届かなかった。




 ときどき少しずつ書いていた作品です。ストックは二章までしかありません。

 途中なんで迷ったんですが、こっちのほうが恋愛がメインなんで、これも応募してみようかと。

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