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虹、あるいは浮遊する音楽 |〈孤狼の領域〉|  作者: Mareureu08
第1章 少女と少女
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虹、あるいは浮遊する音楽 §2 |〈孤狼の領域〉|

§2



ゾエはエイダの口からはっきりそう聞いている。


とはいえ、もちろん表向き、この養子縁組は、貿易会社の経営者をしていた父が亡くなった後、一人でゾエを育てていた母もまた病に倒れた際、父の商売上の悪評を気にして親戚じゅう一人娘を引き取りたがらなかったところへ、母の旧知であったエイダが手を差し伸べる形で行われたことになっている。


エイダ――空像ムナカタ芙卯子フウコという、この名家出身の高級クラブの経営者であり、裏社会にも幅広く顔の利く一種の女傑が、明らかに偏愛傾向の伴った特殊な美的感覚の持ち主だということは、周囲の人間にとってはすでに公然の秘密であった。


対象によらず「美しくない」と見なしたものにはほとんど憎悪に近い烈しい拒絶を示し、また逆に「美しい」と見なしたものには独占欲に満ちた過剰な情熱を注ぐ。


それがエイダのやり方だったが、ことに美少年と美少女に対する執着は並々ならないほどのものがあった。


自分の店には、美しい顔立ちの店員たちばかりを働かせ、週末には実は別居中である美男子の夫と仲を見せびらかすように連れ立って出かけては、財界の要人や音楽界のスターらが入り集う社交の場で、自分を美しく見せるしかたを知っている人々とだけ交流し、それでもまだ飽き足らずに自宅である高級マンションの17階にゾエという美少女を住まわせているくらいだった。


「頼まれた曲を届けに来たの」


芹那は、ゾエが入ってきたのに気づくと、歌うのを止めていちおうは勝手に他人の家に上がりこんだわけについて話した。


エイダが、親しくなった店の子には、マンション入口の施錠解除コードを教え、スペアのカードキーを貸し与えてしまうことを、ゾエはかなり不満に思っていたが、あの無軌道な母の前ではその本音を飲みこんでいた。


「副店長の退職祝いで今夜掛けるから帰ってくるまでにって。


 わたし今日お店休みなのにさぁ、人遣い荒いでしょう」


芹那は夜だけエイダの店で働いていたが、かたわらで音楽活動をしていることは、ゾエも聞いていた。


専門は電子音楽。

個人で活動している音楽ユニットの名前はCERINA。


依頼があればミュージシャンに自作音源の提供もしているそうだ。


窓のほうを見たまま芹那は言った。


「これ、うちにもほしいなぁ。選曲の趣味、ゾエの意見も入ってるの?」


天井の音響装置ステレオのことを言っているのだと気づき、ゾエは「ううん」と首を横に振った。


それ以上の説明はすらすらと出てこない。


ゾエは、エイダ以外の人間と話をする機会がめったになかった。


そもそも一人きりで出かけることがほとんどなく、学校すら休みがち。


自分は気まぐれにゾエに冷たくしたり優しくしたりするくせに、妬みぶかいエイダは、ゾエが自分以外の人間と親しくすることをひどく嫌がった。


エイダの目を離れてほかの人と話せば、あとで身も縮むような怒りに遭うことは決まっていたので、ゾエもすっかり無理に危険を冒すことを避けるようになっていた。


「決めさせるわけないか、あのオーナーが。それにまだそんな齢じゃないよね」


決めつけられたうえに、わらうような口調で言われて、隣で思わずしかめ面になる。


ワンピースの芹那と、寝巻きのゾエ。


歳はゾエが7、8歳ほど下のはずだが、並んでガラスに映った姿は、とても似通っていた。


芹那もまたゾエに劣らず人目を惹く見目かたちの娘だった。


(同じワンピースを着てたら、絶対にあたしのほうがかわいい)


頭の中でそんな根拠のない確信を抱きはしたが、ゾエに音楽の知識などないのは本当のことで、芹那に反論することばを見つけることはできなかった……



                    *



ゾエは着ていたワンピースの上から手にした花柄のドレスに袖を通してみた。


大柄のエイダと小柄なゾエでは服のサイズが違いすぎて袖も丈もぶかぶかだ。


それに、大人のエイダならともかく、15歳のゾエにはまだこのドレスは似合わない。


「…………」


うんと短いショートカットにしている頭にゾエは手をやった。母の好みでこれまでこれ以外の髪型にしたことがない。


自分の手持ちの中に、日曜の芹那よりかわいい服があったかどうか、ゾエは思い出そうとしてみた。


このところマンションへの芹那の出入りは増えていた。


気まぐれなエイダが、ゾエより芹那のほうが美しいと見なせば、もうこの部屋にいられなくなるかもしれないとゾエは危ぶんでいた。


芹那ではないゾエには、美少女であるということのほかに、エイダの関心をつなぎとめておけるものなどない。


あのエイダなら、店の子を入れ替えるより簡単に、気まぐれだけを理由に芹那とゾエを取り替えることだってありうる。


事実、エイダが週末恒例の外出に夫だけを連れてゾエを伴わないことは増えていた。


じわりとした焦りがゾエを襲った。


「――ねえエイダ、あたし、お誕生日にほしいものがあるの」


その夜、居間のソファで雑誌をめくっていたエイダに、ゾエはこう切り出した。


シルクのバスローブ姿のエイダは顔を上げて、袖なしのシャツに六分丈のパンツとい格好で立っているゾエのほうを見た。


「あら、あなたのほうから何かねだるなんてめずらしい。


何かしら? ものによっては考えてあげないこともないかもね」


耳慣れた声が億劫そうに返ってくるのに、ちょっと息を吸って、それから答える。


「あたしのための曲」


ゾエは返答を待たずに続けた。


「芹那の作った曲。


 エイダなら、できるでしょ?


 あたしのお誕生日を祝うための曲を、あの人に作らせて」

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