忌子のラプソディ
ちゃりん……
冷たい石の牢獄に鎖のぶつかる音が響いた。
四肢を四重、五重と拘束されているのは一人の女。
肌は傷だらけで血が滲み身に纏うのは服とも言えない黒い布切れ。
ちゃりん……
魔法を使い数々の悪行を重ねたという罪状を告げられて牢獄に囚われた女の命の鼓動は今にも途絶えようとしていた。
「よう、随分とズタボロになったものだな」
いつの間にか狭い牢内に黒い人影が現れる。
黒いタキシードに身を包んでいるがその手は鉤爪、背には翼。頭は山羊の様ないかにも禍々しい。
「あぁ、なんだお前かい。何の用さ?」
「なんだとはご挨拶だな。長年連れ添った我が相棒の死に際くらい看取ってやろうという悪魔の温情だぞ」
偉そうにズタボロの女を見下ろし悪魔を名乗った影は何事でもなさそうに話すが声は少し震えている。
「寂しいなら寂しいと言ったらどうだい?バウム」
「な、泣いてなどいないぞ!私は悪魔だ!」
「誰も泣いてるなんて言ってないが……泣いてるのかい?ちょっと目が霞んでさぁ、せっかくの温情ならこの鎖とその鉄格子をちゃちゃっと壊してよ」
「無理だ、その鎖も鉄格子も石壁さえも対魔力加工をされている。お前だってわかってるだろう?」
「あぁ、そうだね」
女の溜息が部屋に染み込む。
「貴様が反抗的な態度を崩して男どもの慰め物にでもなってればもう少しは生きてられたのではないか?それをお前……男どもが服を脱ぐなり燃やすやら凍らすやら切り刻むやら、あいつらもう子孫を残せんぞ?」
「乙女の前でふざけたことするからさ、今の私なら何もできないがな。どうだ?」
「どうだって……悪魔は人間の体に興味はないぞ」
はははと女は笑うがすぐに咳込み床に血を吐いた。
よく見れば床は乾いた血で赤黒くなっている。
「あ、今のはヤバイわ。もう無理。あと五分持たない」
「そうか……って違う!我輩はこんな話をしに来たのではない!」
「そうだったの?……じゃ手短にお願い」
バウムは咳払いをしてから改まって女に向き合った。
手元にぼっと青い炎をだしその中から一枚の紙面が現れた。
「え〜、汝グリミア=ミナセラムは悪魔の契約に則りこの死をもって代償を頂く」
「あ〜そうだったね。なんだっけ?」
「茶化すな、黙って聞け。どこまで読んだ?……あぁここだ。まぁ要約すると貴様の魔力を貰う……騙された我輩はが言うのもなんだが上手い契約を結んだものだな」
「お前が騙されるのが悪いのさ」
「そうだな、では貰うぞその魔力」
バウムがグリミアの額に手を翳す。
見えない力がグリミアからバウムに移動していく。
不気味な光がか弱く灯りそれはじきに収まった。
「契約は達成された。これでお前は魔女ではなくただの人間、いや魔力が完全に無いからそれ以下だ……といっても聞こえないか」
目の前の鎖に縛られているものは力無く地面に倒れている。
これが発見されて騒ぎになるまでどれほどかかるだろうか?
「魔力が無ければ到底耐えられない傷だ。安らかに地獄へ行くがいい、我が最高の相棒よ」
バウムが現れた時と同じように霞と掻き消える。
ここは滅多に人が訪れない特別な牢獄棟。
その最奥。
そこに囚われた魔女が死んだと分かったのは死んで五日は経ったあとだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……はっ⁉︎」
朝の暖かい日差しが窓から部屋に差し込む。
冷や汗を浮かべてベッドから飛び起きた少女は息を荒げて自分の両手を見つめた。
「あれ……わたくしは…わたくし?いや私は?ん?」
混乱する思考をどうにか落ち付けようと深呼吸をするがそう簡単には収まらない。
「名前、名前は……エミリー?いやグリミア?あれ?」
ベッドから立ち上がり周りを見るとかなり上質な調度品に囲まれている。
いつも見慣れた筈の部屋なのにどこか違和感を感じて首を傾げる。
部屋の隅にある鏡を覗き込むとそこには自分が覗き込んでいる。
「は?」
しかしその右眼は白い筈の部分が鮮やか過ぎる赤に染まっている。
その特徴を私は知っている。
「忌子……?」
「ん?どうしたんだいメアリー?その眼帯は?」
「え、あ……実は昨日ぶつけてしまて放っておいたら朝に痛むようになってしまいましたの」
「あら、大丈夫かしら?お医者様に見ていただいたほうが」
「いえ!大丈夫ですわお母様!心配しないで!」
「そう?でも酷いようならすぐに言うのよ?
「分かりましたわ」
いつも通りの筈の朝ご飯を終えて一度部屋に戻る。
どっかりと椅子に座る。
(これは……?転生か?)
由緒正しき貴族の娘、エミリー=クラティニアスは頭を抱えた。
だがその中身は昨日までのただのお嬢様ではない、悪の体現と恐れられた魔女グリミア=ミナセラムだった。
しかしそれは霊として取り憑いた訳ではない。
急にその記憶が蘇ったのだ。
(確かにその様な事例があるとは聞いたことあった……だがまさか自分がそうなるとはな……)
眼帯を外して部屋の隅を見るとやはり片方だけ真紅に輝く目をした自分が鏡の向こうから見つめている。
(忌子か……)
赤い目や四肢の生まれつき欠損などは全て忌子として敬遠される。
悪魔や罪人の生まれ変わりと言われたりするが間違いじゃない場合もあるのか。
この街は余りそういう古臭い文化はもう薄れている。
脳裏には友が一人思い浮かぶ。
ともあれ最悪貴族の娘となると名誉のために万が一がある。
幸い昔よりはかなり少ないが周りの人間の認識を歪めるのは造作ないだろう。
完全にお嬢様としての意識と前世の意識が混じり合いおかしな事になっている。
(どうするかなぁ……そうだ)
部屋の一角を占拠するピアノに視線を向ける。
「いつもの様にとりあえずピアノを弾い……て……」
ピアノ椅子に座ったところで頭を抱える。
「いつもじゃ無いだろっ!……いやいつもはいつもだったのですが!」
メアリーとしてはそうだったがグリミアとしてはピアノなんて弾いたことがない。
しかも話し方もぐちゃぐちゃになっている。
とりあえずやってみようと鍵盤に手を乗せると意に反して手が動き美しい調べを奏でる事が出来た。
相当練習した曲だ体が覚えていて考えなくても弾けるようになっているのだろう。
気がつくと一時間程弾いていた。
おかげかどうかは分からないが一つ考えが浮かんだ。
「出かけなくては」
クロゼットを開くといかにもお嬢様様らしい服がかけられていた。はっきりした色彩の服が多い。
「これに……これを合わせて……」
恥ずかしくない格好を選ぶ。
組み合わせのバリエーションは多く自分に似合うものと気分に合わせる。
「ってわたくしは何に時間をかけてますの!いやかけてるんだ!」
青のワンピースに黒い上着を合わせ簡単に髪をとかしたりして部屋を出る。
途中お手伝いさんや母に声をかけられたがそれとなく返し家を出る。
そして裏手に広がる森に入った。
(ほう?なかなかいい場所じゃないか)
今まで感じなかったが魔女の力が蘇った今、霊力的な物を感じられる様になった。
この森は中々の魔力が満ちている。
(ここならいいだろう)
森の一箇所開いた場所。
そこに辿り着いて呪文を唱える。
「確か……『我は力を求める、傲慢たる汝は我が呼び声に答えよ。血の印、肉の導、魂の灯、我は代償を持って縁を結び汝その闇より浮上せよ』……だったか?」
呪文が紡がれた直後、地面が黒く光り始める。
「どうやら当たりか」
やがて光の中心から黒いものが立ち上り一つの形を形成し始める。
昔に一度見たがよくよく見れば不思議なものだ。
見慣れた形を作った影に話しかけようとする。
だがそれは高笑いに掻き消された。
「ふははははは!貴様の召喚に応じ参上した!力と知恵の大悪魔!我が名はバウムである!」
あぁこんな感じだったなと思い口上が終わるのを待つ。
「ははは!我輩を呼ぶとは命知らずの小娘よ!望むがいい!最高の力か?羨める者の死か?それとも権力か?いいだろう!なんとでも叶えてやる!その代償と共に……ん?」
長々と喋っているのに一向に驚いたり喜んだり怯えたり、その様な感情を見せないメアリーにバウムが気付いた。
「なんだ貴様その態度……?貴様……血の魔法陣はどうした?山羊の臓物は?黒い蝋燭……ん?貴様どうして……あれ?」
そろそろだろう。
戸惑い始めたところでやっと声をかけ直す。
「そのセリフ、やめたほうがいいと言っただろうバウム?」
「おん?貴様何を言って……」
「私だ、グリミアだ相棒」
「あ⁉︎」
姿形は違うがその気配に確かにグリミアを感じたバウムが目を見開く。
「グリミア⁉︎どういうことだ⁉︎」
「うん?なんか転生したらしいんですのよ」
「貴様が?……いやありえなくはないが……そうか一度魂で縁を結んだから儀式無しで?」
「そうかもね」
昔馴染みと再会する事が出来て話相手ができた。
これはとても強い心の支えだ。
「それで?話相手に呼び出しただけか?」
「いやまぁね、確認したかっただけだからさ。まだお前が消えてないか」
「当たり前だ、仮にも大悪ま……⁉︎」
「んどうした?」
バウムの姿が消える。
何かあったのかと思ったが理由はすぐに分かった。
「エミリー!何してるのー?」
「えっと……ウェンディ!」
「?そうだけど、どしたの?」
「いや、あ、あはは……」
「まぁいいや、何してたの?森林浴?」
「はい……そんなものですわ」
「流石お嬢様はやることが違うね、カッコいいよ!」
「そ、そうですの?じゃあ、いつもみたいに街で遊びましょうか?」
「うん!そうだね!」
ウェンディ=ミツェナム
彼女は私の友人だ。
私は貴族だが彼女は普通の家庭の出身。
しかし気の合う私たちはいつも一緒に過ごしていた。
「ほら!早く早く!」
「そんなに走らないで下さいまし!貴女危ないでしょう!」
そして彼女には右腕が生まれつき無い。
この街でなく未だ忌子として嫌う街に生まれていたら真っ先に追いやられていただろう。
二人で街に戻り適当に散歩する。
街では決まった道をいつもの様に歩く。
二人はいつも一緒なのでその周りでは有名人だ。
「あ、そうだ。あっちに新しいお洋服屋さんが出来たらしいよ。見るだけでも行ってみようよ!」
「いいですわよ?でも見るだけですからね?」
そうやって今日という日も無事に乗り切ることが出来た。
「お前、ですわってくくく……あははは!」
「うるさい、殴るぞ?殴りますわよ?」
「いやいや、あまりにおかしいのでな」
夜、部屋に現れたバウムの馬鹿笑いが心底不愉快だ。
外に声が漏れると困るから余り大きな声を出さないでほしい。
「んで、我輩と契約はしないのか?」
「別に暴れる予定は無いがな、念のため前と同じ契約で私に魔力くれよ」
「貴様との中だからな今回は我輩から騙されてやろう」
「助かるよ」
魔法の技術を知ってる今なにかと便利な手段は使わない手は無い。
昔の様に暴れ回って追いかけ回される日々は無いと思うがまぁ大丈夫だろう。
「じゃあわたくしは寝ますので」
「へいへい、随分と健康的だな。流石に染み付いたか?」
「撃ちますわよ?」
そうやってまた一風変わった日常を過ごすことになった筈だった。
五日後
「どういうことなのあなた?」
「分からないがこの街の人間全員に呼び出しが町長からあったらしい。エミリー準備はいいかい?」
「はい、いつでもいいですわ」
家族揃って、しかもお手伝いさんまでもが出かけるのは初めてだ。
街の広場は既に住民でごった返していてぎゅうぎゅうだ。
「あれは……教会騎士団か?」
父が人の隙間から鎧の輝きを見て取った。
エミリーも魔法で確認する。
それは嫌ほど見てきた教会騎士団の鎧だった。
(何故ここに?しかも結構な人数だぞ?)
物々しい雰囲気に街の住民も困惑しているようだ。
鎧の人物達に町長である男が話しかける。
「言われた通りに集めましたが……この街には悪魔降しなどするものはありません……どうかお引き取りを…うわっ⁉︎」
「どけ、それは我々が決める事だ」
それを聞いてメアリーは青ざめる。
(やっべー!あいつらなんか知らんが悪魔探知出来るんだっけ!忘れてたぁー!)
迂闊だった。
だがまぁ黙っていればバレないだろう。
これでも何回も出し抜いたし。
やっててよかった、魔力を回して更に右眼の魔法を強化する。
ひとりひとりを騎士達が確認していく。
かなりご苦労な作業だがこれが終われば納得してくれるだろう。
と、言っても結構怖いものだ。
「……失礼」
騎士がメアリーをボディーチェックやら見つめるやらするがすぐに次に移る。
どうやらバレなかったようだ。
一息ついて安心する。
検査がどんどんと進んでいく。
その時だ。
「お前!なんだその腕は!」
「ちょっ、なんですか、離してください!」
一人の少女が騎士に捕まっていた。
「ウィンディ!」
その声は離れた場所にいる二人には届かない。
他の人を見ていた騎士達も一斉に駆けつけた。
「なんだその腕はと言っている!」
「この腕は生まれつきです!」
「生まれつきだと⁉︎それはお前忌子ではないか!さては悪魔を呼び出したのは貴様だな?」
「違います!やめてください!」
「総員!こいつを拘束しろ!」
「やめろ!ウィンディがそんなことするわけないだろ!」
「そうだそうだ!」
ウィンディの両親や周りの人は口々にウィンディを庇う。
「うるさい!貴様らは黙っていろ!」
騎士の一人が剣を一人に突きつける。
その間にウィンディに鎖がはめられる。私が死ぬ瞬間付けていたものと同じものだ。
「だ、誰か!助けて!」
ウィンディが担がれて運ばれていく。
騎士団のリーダーの様な男が町長に近づく。
「どうやら容疑者がいたようですなぁ?」
「そんな……腕がないだけで捕まえるなどどうかしている!」
「生まれつき腕がないなど相当前世で悪行をしたんだろう。当然危険分子だ。私達は今日の夜に出発する、それまでに水と食糧を用意しておけ」
「くっ……」
騎士達が引き上げていく。
住民たちの間に大きな波紋を残しながらそれは解散の運びとなった。
「どうやら皆騎士団に抗議しに行ったが武器で脅されてしまったらしい」
「そんな……」
「可哀想に……どうにかならないの?」
「私たちのようなただの貴族には難しいな……」
部屋に重い沈黙が流れる。
両親も愛娘の友人が連行されたことを心配してくれていた。
窓の外では太陽が山峰に沈もうとしている。
「ウィンディ君の無事を願うしかないよ」
「そうですわね……少し部屋で休みますわ……」
エミリーがリビングを出て行く。
それを見届けてから母は言った。
「だいぶショックだったみたい……あなた…ウィンディちゃんは帰ってくるかしら?」
「難しいかもしれないなんと言っても……」
「疑わしきは罰する教会騎士団がウィンディを逃すわけありませんわ!」
「そうだな」
薄暗い部屋にメアリーの怒号が飛ぶ。
バウムは椅子に腰掛けてさも人ごとのようにしている。
「こうなったらやる事は一つですわ!」
「お!久々にか?」
バウムが目を輝かせ生き生きし始める。
「やはり貴様といると退屈しないな!」
「そうだろう?では早速行こうじゃないか」
部屋の窓を開け足をかける。
ここは二階だが魔力で足を強化すれば痛みもなく飛び降りれるだろう。
そのまま空中に身を踊らせる。
「流石に使い慣れているな」
「当たり前だろう?悪魔と契約してまで魔力を上げてるんですわよ?」
「そこがお前の賢いとこだな」
悪魔と契約して強大な力得る魔法使いは居る。
それは人の身で出来ない魔法を会得するというのが普通だ。
「だが貴様は強力な完成品ではなく膨大な材料を望む事で遥かに多くの事象をあやつることが出来る」
「その通りですわ、凡骨なる魔法使いどもは何故気付かないのかしらね?」
街を抜けて街道通りに進む。
風よりも早く走りしばらくすると前方に夕方出発した騎士たちを捉えた。
全員が馬に乗りその中の三つは馬車を引いて居る。
二つは荷物が入って居るのだろうが一つはウィンディが囚われているのだろう。
認識改変の魔法を用い姿を消してその最後尾に並ぶ。
前を走る騎士の話し声が聞こえた。
「……だってさ、これはクヴェン様直々の作戦らしいぞ」
「そうか、それにしてもその場で殺さずに連れて来いとは何をお考えなんだ?」
(クヴェン……?あの糞ジジイか、まだ生きてんのか?)
(それにしても気になるな。確かにいつもの教会騎士団ならあの場でウィンディとやらを貫いてもおかしくないはずだ)
(んじゃまぁとりあえず)
騎士達を追い抜き認識改変を変化させ透明化を解除し不気味な影のように見える様にする。
「む?総員、止まれッ!」
「コホン、アッハハハハハハ!控えるがいいゴミども!私の目に留まって無傷で帰れるとは思わない事だ」
無言で抜刀する騎士達、かなりの熟練なのか得体の知れない魔女に怯える様子もない。
「私を捕まえたかったらしいが残念!その檻の少女は何の関係もない一般人だよ!本当に教会は無能だね!」
「なんだと⁉︎くそっ!そいつを捕まえろ!」
「う〜ん、それもいいけどね。たった三人でどうするのかな?」
「は⁉︎」
先頭を走っていた三人が後ろを振り向くとそこには騎士達の死体が無数に転がっている。
全てが胸を穿たれ即死していた。
「ふん、それぐらいの鎧では大悪魔たる吾輩の爪を阻む事は出来まいよ」
「な……これほどの悪魔が⁉︎」
「ご苦労、あとは私がやろう」
騎士の足元が爆ぜる。
地面に空いた穴に二人が落ちた。
爆音に驚いた馬が暴れ逃げ出す。
そのうちの一匹に落ちずに済んだ一人がしがみついて逃走を図る。
「あらあら一人逃しちゃったなぁ」
「ぐっ……しまった……」
狭い穴にはまり身動き取れなくなった騎士が歯噛みする。もう一人は頭の打ち所が悪く気絶してしまった。
それを冷酷な影が見下ろした。
「何者だ……貴様ァ……!」
「さぁ?誰だろうな?お前こそ何をしに来たんだ?」
「誰がそんなことことを……ぐぁぁぁあ⁉︎」
「ほら〜、言っちゃいなよ。楽になるよ?」
ぼきりと騎士の腕から音が鳴った。
「あら?折れちゃいましたの?では次は足を」
ギチギチと圧力を加えていく。
両腕を折って両足を折って肋骨の二、三本を折ってやっと口を開いた。
「分かった!や、やめてくれ!話す、話すからッ!」
「最初っからそう言いなよ」
「はぁっ……はぁっ……我らは…あの街で悪魔を降ろした奴を捕まえるように言われたのだ……何か様子がおかしかったがな……」
「それで?」
「絶対に捕まえて連れて来いと……万全の準備をしてから向かえと……」
「そうか」
騎士の話に少し考え込んでから二人の上に土を操り槍を形成する。
「や、やめろ!話が違う!」
「拷問を止めろとは言われたけど殺すかなんて言われてないよ。ごめんあそばせ♪」
そのまま土の槍が騎士の鎧などまるで紙細工のように貫通し絶命させた。
「一人逃したのはいいのか?」
「あぁ、あいつには変な魔女に襲われたって報告してもらわないとウィンディの疑いが晴れないからね」
そのまま死体の間を縫って歩いて檻に近寄る。
中からウィンディが怯えているのが感じ取れた。
「目を閉じてなさい」
メアリーの手から放たれた魔法が檻の一角を粉々に破壊する。
うずくまるウィンディの肩がビクッと震えた。
「安心なさい、とって食ったりはしないわ」
「は、はい……」
ウィンディを担ぎ上げる。
死体はそのうち誰かが見つけて処理してくれるだろう。
来た時と同じように走って街に戻った。
街の入り口でウィンディを下ろす。
「いい?三つ数えたら目を開けなさい。家に帰ったら本物の悪い魔女が騎士を襲ったから隙をみて逃げてきた、というのよ?」
「分かりました……」
素早くそこから離れて空いたままの部屋の窓から自室に戻る。
久しぶりの一暴れに疲れてベッドに倒れこんだ。
「また貴様は……『悪い魔女』と自ら名乗る必要はあるのか?」
「私の美学よ、そんな事より」
(あの騎士の言うことには本来狙っていたのは私だ。それも殺すわけではなく教会に連れていくつもりだったらしい)
「おかしな話ではあるな。しかもクヴェンときた、ロクなものではなさそうだがな」
「そうだな……なぁ?少し調べてみないか?」
「何?どうやってだ?」
「瞬間移動やら何やら方法はあるでしょう?日中は普通に過ごして夜中に教会本拠地のある王都でも行けばいいわ」
「それもそうだな」
「分かればよろしいですわ、私は寝るから起こさないで頂戴ね。久々で疲れたの」
「分かった。吾輩も少し休む、では」
メアリーは掛け布団の上で大の字になりながら眠りこけた。
朝起きると両親が朝の食卓で嬉しそうにしていた。
「メアリー喜びなさい。ウィンディ君が帰ってきたぞ!」
「ほ、本当?やったあ!」
理由は知ってるので知らない体を装うのを意識する。
すぐに朝ごはんを平らげてウィンディに会うために外に飛び出した。
「ウィンディ!」
「メアリー!」
「大丈夫ですの?もう走り回って」
「うん、みんなにはもっと休んでろって言われたけど来ちゃった」
二人で肩を抱き合って喜ぶ。
ウィンディの目からは涙が伝っていた。
不自然にならないような会話をする。
「どうやって帰ってきましたの?疑いが晴れので?」
「ううん、魔女さんに助けてもらったの!」
助けてもらった……?
おっと?なんか怪しいぞ?
「えっと……?どういうこと?」
「魔女さんがね、騎士さんたちを倒して私を逃してくれたのよ!」
「悪い魔女じゃなくて?」
「うん、悪い魔女なら私も殺すもん」
「……他の人にも話した?」
「うん」
ちゃんと伝わってないのが気になるがそうなのだと納得しておこう。
「それは……凄いですわね」
「でしょ?」
そしてメアリー達は普段と同じように街を散策した。
その途中でウィンディの無事を祝ってくれた人達からお菓子を貰ったりした。
昨日よりも更に深くなった友情を感じながらあっという間に夜になってしまった。
「準備オッケー?」
「あぁいつでもいいぞ」
一人の女が部屋で体を軽く動かす。
魔法で15歳から18位まで姿を変えたメアリーだった。
「貴様が死んで15年は経ったからな王都も様変わりしているだろうな」
「楽しみですわねぇ」
「捕まるなよ?」
「二度目はないさ」
そのままバウムと共にメアリーの姿も夜の闇に溶ける。
何故か転生を遂げた魔女は狙われた理由を探るために懐かしくも嫌いな王都へと繰り出した。