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Gladiator 魔女の世紀  作者: NES
第2章 ヴァルハラの光輝
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ヴァルハラの光輝(4)

 イクラス・レリエは、物心が付いた頃にはレヴィニアの王宮で暮らしていた。生まれはレヴィニアではなく、遠く離れた国だというが定かではない。レヴィニアを守護するワルキューレの後継者として貰われてきたとのことだ。両親の顔も名前も知らなかったが、特にそれで不自由はしなかった。

 王宮では皆が親切にしてくれた。母親代わりのカウハ・レリエも、イクラスを沢山可愛がってくれた。人々に愛され、人々を愛するワルキューレとなりなさい。それが、カウハの口癖だった。

 レヴィニア王国を導くために、イクラスは多くのことを学んだ。レヴィニアの歴史に、ワルキューレの歴史。母星ははぼしについて。『魔女の真祖』について。そして、魔女という存在について。

 イクラスにとって、魔女とは隕石を迎撃するだけの者に過ぎなかった。その土地に住む者が罪に汚れていたとしても、ただ闇雲に母星ははぼしへの落着を防ぐ。そういった機械だとでも思っておけば良い。魔女というのは、ワルキューレと比べれば遥かに楽そうだった。ワルキューレは魔女とは違って、自身を信じる民を導くため常に正しい方向を見誤らないようにしていなくてはいけなかった。


 王宮の勉強部屋で机を並べていたのは、同い年のサファネ・レヴィニアだった。このレヴィニア王国の第一王子で、将来的には王となる人物だ。イクラスは大人になれば、サファネと共にレヴィニアを治めることになる。そんな二人が幼少よりお互いに親交を深めておくというのは、悪くない考えだ。二人は勉強で判らないところを教え合ったり、一緒に遊んだりする友人となった。

 そもそも、サファネは王子として王宮の外にはほとんど出ない生活を送っていた。そんな中で、イクラスがいてくれるということは大きな意味を持っている。二人はまるで兄弟同然に、レヴィニアの王宮内で何不自由なく育てられた。


 そんな中、世界は徐々にその在り方を変えていた。列強諸国を中心とした国際同盟は魔女たちをかかえ込むことで、徐々にその力を拡大する傾向にあった。一時は世界大戦によって疲弊していた国家群は、新たな枠組みの中で目に見えない形での侵略行為を開始した。資源を求める競争は、次第にレヴィニアの方面にも伸びてきつつある。マチャイオで発生した第三国同士による衝突は、列強諸国による南進計画が未だ捨てられていないことの証左だった。

 事実レヴィニアの国境近辺でも、小さな衝突が何度か繰り返されるようになっていた。主たる原因は砂漠地帯に棲む定住地を持たない民の仕業と噂されたが、それがどうして最新鋭の銃火器で武装しているのか。背後で国際同盟の国々が糸を引いているのは明白だった。カウハはその鎮圧のために王宮を空けることが多くなった。イクラスも、そう遠くない日に戦列に参加することを意識していた。


 サファネの父であるレヴィニア国王は、ヴァルハラに対して働きかけをおこなった。ワルキューレ信奉国たちが団結して、一つの大きな勢力を作るべきである。その戦力を持って、国際同盟と正面から戦いを挑む。国際同盟は腐敗した人間たちの集合体だ。それに手を貸す魔女たちもまた、母星ははぼしゆがんだ未来へといざなう悪しき者たちであると。

 ヴァルハラはその進言に対して、あまり良い顔をしなかった。人類を二分するような大戦を引き起こすことは、ワルキューレたちの望むところではない。国際同盟が設立される最大の要因となった世界大戦は、結果として誰も益することのない愚かな行為だった。それに近い大戦争を再度引き起こすというのは、『魔女の真祖』の願いに反する行為である。

 レヴィニアという国、そしてワルキューレを守ろうと、国王も色々と考えてのことだった。その間にも、列強諸国による小競り合いへの介入や、戦闘士グラディエーターによるワルキューレの掃討作戦が続いている。レヴィニアが倒れれば、周辺のワルキューレ信奉国にも大きな影響が出ることが予想された。


 ワルキューレが動かないのであれば、人間の側で何とかするしかない。レヴィニア国王は近隣のワルキューレ信奉国の元首たちに声をかけ、一致団結を唱えた。国際同盟に脅威を感じ始めていた国々の多くが、それに賛同した。


 いよいよ、レヴィニアが中心となって親ワルキューレ同盟が発足されようというその時。

 イスナ・アシャラによる大規模なテロ未遂事件が発生した。


 その告発内容は、ワルプルギスの中で大きな議論を呼んだ。同時に、ヴァルハラもまた揺れ動いた。魔女たちは自らの罪を認めた。魔女の側には、ワルキューレに対する方策を見直す準備がある。だとするのならば……


 今はこの世界の今後について、魔女とワルキューレだけでなく、人類も含めてより良くしていこうと試行錯誤をこころみる時期にあるのではなかろうか。

 更には今この時であれば、魔女とワルキューレは歴史的な和解を果たすことが出来るかもしれない。


 折角訪れた和平の芽を摘み取ろうとする決断は、レヴィニア国王には下せなかった。国際同盟への反抗作戦は白紙に戻された。ヴァルハラは人類と魔女の前にその姿をさらし、これからの母星ははぼしについての協議が開始された。ワルキューレと、その信奉者が生きる道が示されるのであれば、それで良かった。



 ――そう考えていた矢先の出来事だった。



 砂嵐が近付いている。顔に巻いた砂除けの布を、イクラスはきつく締めなおした。これから砂漠を歩くことになる。イクラスだけならなんてことはないが、サファネとソミアを連れての強行軍だ。水や食料、それにラクダの体力が心配だった。


「明日にはもっと酷くなります」

「なら、それまでには辿り着かなければならぬ」


 街道宿の主人に、イクラスは謝礼金を支払った。世話にもなったし、ラクダや保存食の手配もしてもらったのだ。感謝の気持ちを込めて、イクラスはかなりの額の割り増しをしておいた。主人は首を横に振ると、安すぎるくらいの金貨だけを残して、後はイクラスに差し戻した。


「これからもっと入り用になるんです。大事に取っておいてください」


 小さく「すまない」と礼を述べると、イクラスはラクダの方に歩いていった。サファネがソミアと共に荷物を積んでいる。ソミアはここまで相当につらかっただろうに、弱音の一つも吐いていなかった。聞けば、国王は目の前で賊に銃弾を浴びせられたのだそうだ。本来なら、泣き崩れて動けなくなっていてもおかしくはない。

 ソミアも、立派なレヴィニアの王族の一人ということだった。


「イクラス、準備完了だ」

「判りました。出発しましょう」


 砂を防ぐ防御壁シールドを、目立たない程度に張り巡らせる。まだあと少し、この行程が終わるまでは見つかる訳にはいかなかった。イクラスの乗るラクダが先導し、その後ろにサファネとソミアが続く。

 この先に待つものが、希望の光だとは到底思えない。


 しかしそれでも、イクラスは前に進む以外に道を知らなかった。レヴィニア王国を守護するワルキューレとして、その使命を果たすこと。それだけが、イクラスにのこされた唯一の在り方だった。




 久しぶりの、自分のベッドでの目覚めだった。ディノはううーん、と伸びをした。ファフニルの仮眠ベッドではこうはいかない。寝返りを打つだけであちこち身体をぶつけるし、何よりエイラのいびきがすごい。あれはどうにかならないものだろうか。それでも起きないラリッサの方も、ある意味驚愕するべきではあるが。

 むくりと起き上がって、部屋の中を確認した。ワルプルギスにある、国際航空迎撃センター職員向けの独身寮だ。職場に近いという以外に、利点らしい利点など何もない。狭苦しいワンルームには、ベッドと書き物机以外にはめぼしい家具は置かれていなかった。年間を通じて、ここに寝泊まりすることが三分の一にも満たないのだから、当然のことだとも言えよう。

 取り敢えず、ディノは昨日買っておいたパンをナイフで切った。ハムとチーズを乗せて、電気調理器で軽くあぶってやる。コーヒーも欲しいところだったが、生憎切らしてしまっていた。それは職場に行ってからでも構わないか。手早く朝食を済ませると、ディノはセンターの制服に袖を通した。今日は久しぶりの、デスク勤務の予定だった。


 ディノの職務は、戦闘士グラディエーターエイラの専属整備士だ。エイラが作戦行動時に扱う装備品を、ファフニルも含めて面倒を見ることになっている。ヒパニスでの作戦行動を終えて、エイラには休暇が言い渡されているはずだった。戦闘士グラディエーターがオフの間は、整備士には整備状況のまとめや報告書の作成など、山のような書類仕事が待ち受けている。

 それに加えて、昨今の戦闘の様子から防護服の改良が急務だった。抗魔術加工アンチマジックはとにかく厄介だ。魔女は何かと防御壁シールドに頼って行動してしまいがちになる。エイラの武器である金属棒も、銃弾による変形を考慮して素材を見直した方が良いかも知れない。幾つか試作品を作って、試してもらう機会をもうけようか。

 そんなことを考えているうちに、出勤時間となった。すっかり仕事人間だ。まあでも、それでエイラが長生き出来るのなら万々歳だろう。ディノにとってそれは何よりも優先度が高い、とても重要なことだった。



 寮の外に出ると、青空が広がっていた。ワルプルギスを覆う偏向フィルターが、人体に有害な光線を遮断して適度な環境を作り出してくれている。今いる場所が母星ははぼしの周囲を巡る輪の中にある、巨大な岩塊であることなどは微塵みじんも感じさせない。これが魔女たちが国際同盟からの支援を得て作り上げた、人工の天体、ワルプルギスの大地だ。

 重力の方も、全て重力制御士グラビターたちが作り上げた魔術による重力場によって提供されていた。他にも澄んだ水をたたえた湖や、緑の茂る山林が広がっている。これらは全て、魔力の源であるマナの自然生成に必要なものだ。完全な自給自足にはまだほど遠いが、それもいつかは可能になる。その時が来たならば、魔女たちは母星ははぼしに縛られることなく、新たな新天地を目指すこともあるかもしれない。だったらまずはこの恒星系に属する、他の惑星の調査かな――などと、少年時代のディノは良く空想したものだった。


 センターに近いとはいえ、徒歩で向かうには少々距離があった。定期券パスが支給されていることもあって、ディノは普段から魔女ライナーを利用していた。

 魔女ライナーは、魔女が牽引する客席に搭乗するワルプルギス独自の乗り物だ。空船そらぶねの簡易版、と思っておけば良い。より小回りが利くものとしては魔女タクシーも存在するが、こちらは料金がやや高めに設定されている。複数の人間が乗り合う魔女ライナーの方が、ルートが決まっている代わりにリーズナブルだ。

 こういった交通機関があるのは、ワルプルギスの住民の大部分が魔女ではない普通の人間だからだった。ディノも魔術師ではあるが、魔女には遠く及ばない。魔術師でもないごく普通の人間たちも、ワルプルギスでは数多く生活している。前触れなく飛び込んでくるデブリに対する警戒は、魔女たちがおぎなってくれる。ディノも含めた魔女以外の一般人は、この虚空に浮かぶ魔女の大地を支えるのに必要な様々な仕事に従事していた。


「やっほーい、ディノー」


 魔女ライナーの停留所に向かおうとしているディノを、上空から誰かが呼び止めた。見るまでもなく、エイラだ。休暇中に、出勤するディノを冷やかしにでも来たのか。そう思ってそちらを見やると、予想に反してホウキにまたがったエイラはディノと同じ制服姿だった。


「これから出勤?」

「そうだけど……どうしたんだ?」


 いつもならエイラはここで嬉々として、「サボっちゃおうぜ」とか無茶な提案を言い出してくるところだった。ディノの仕事は、エイラの生存に直結している。サボるだなんてとんでもない。そんな問答を想定していたのだが、どうやら今朝はいつもとは異なるパターンみたいだった。


「それがさー、緊急招集なんだよ、ヒドくない? 昨日ヒパニスから帰ったばっかりだってのに」


 なるほど。ここのところ、母星ははぼしではワルキューレがらみのキナ臭い事件が立て続けに起きている。エイラが戦闘士グラディエーターとして承認されたのも、すみやかな増員の必要性があったからだ。それがまだ、右肩上がりの傾向を維持しているというのだろうか。

 エイラが呼び出されたのなら、連鎖的にディノとラリッサも召集対象とされる。ファフニルはチームなのだから当然だ。デスクワークは後回しにして、すぐに次の出動の準備を開始しなければ。忙しくなってきそうだ。


「じゃあ、急がないとだな」

「まあねー。あ、ディノ、後ろに乗ってく?」


 すい、とエイラがホウキに乗ったままディノの前に滑り込んできて停止した。刹那の間、ディノはその場で固まった。ワルプルギスでは、ホウキの二人乗り(タンデム)にはそれなりに意味がある。魔女タクシーだって、客は吊り下げたゴンドラに乗せるのだ。躊躇ためらった様子のディノに、エイラは何事もないという口調で話しかけてきた。


「もう子供じゃないんだからさ。そういうこだわりは捨てようよ」

「……そういうのじゃないよ」


 そんな理由は、言われるまで忘却していた。ディノは黙って、エイラの後ろでホウキにまたがった。二人を乗せて、ホウキはゆるゆると上昇していく。エイラの身体に掴まると、がっしりとした筋肉質で実にたくましかった。うん、エイラは素晴らしい戦闘士グラディエーターだ。間違いない。


「ほら、あのヤポニア新報の記者さんなんて、ワルプルギスにいる間にとっかえひっかえ色んな子のホウキに乗ったらしいよ?」

「あんな軽薄な奴と一緒にするな。迷惑だ」


 フミオはコリドールから去る際にも、最後まであちこち写真を撮ろうとして迷惑千万な客だった。エイラやラリッサ、ディノにまで根掘り葉掘りあれこれと質問して、仕事をする上でも本当に邪魔で邪魔で仕方がなかった。トンランが止めてくれなければ、ファフニルの外に放り出していたかもしれない。出来ることなら、もう二度と会いたくはないタイプだった。


 この時のディノの願いは、残念ながらどこの神様も叶えてくれることはなかった。世の中というのは、なかなかどうして「こうあってほしくない」と思う方向に転がっていくものだ。どうしようもない。


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