ヴァルハラの光輝(3)
過去に於いてほとんど魔女との親交を持たなかったヤポニアや、親魔女国を中心とした国際同盟の国々にとって、ワルキューレたちの詳細はほとんど知られてこなかった。ワルキューレを信奉しているのは、主に化石燃料産出国家群だ。母星の地図上で言えば、中央大陸の赤道近辺にあたる。
限られた肥沃な土地を巡って、この地域では太古から争いが絶えなかった。その内の幾つかの部族が、ワルキューレに忠誠を誓うことで庇護を受ける契約を結んだ。ワルキューレは自身に従う人間たちに繁栄を約束し、異民族からの防衛と領土拡大のためにその力を振るった。
ワルキューレたちは何も、闇雲に戦いを仕掛けて回っていた訳ではない。他のワルキューレ信奉国とは話し合いを持ち、共に生きていくための妥協案の交渉をおこなうこともあった。侵略者たちとも事情の許す限りの擦り合わせを試み、落としどころが見つけられない場合にのみ戦争という行為に頼った。またそのような事態に陥ったとしても、一族の皆殺しなどの必要以上の破壊をもたらすことはしなかった。
「ワルキューレに恐ろしいイメージがあるのは、過去に列強諸国がワルキューレ信奉国に攻め込んだ歴史的経緯からでしょう」
ヴァルハラの最高指導者である巫女は、かつてワルキューレ信奉国が受けた侵略戦争について語ってくれた。
数百年も昔のことだが、中央大陸の列強諸国は版図拡大のために激しい南進戦略を推し進めたことがあった。その際に、これまでほとんど国交もなかったワルキューレ信奉国にも攻め入ることになった。魔女の文化に慣れていた国々にとって、そこで受けたワルキューレによる反撃は想像を絶するものだった。
魔女は人の戦いには干渉しない――そう信じ切っていたところに、猛烈な魔術による手痛い一撃だ。後に国際同盟が結成されることになる要因の一つには、こういったワルキューレ信奉国への対抗というものも含まれている。戦闘は泥沼化し、列強諸国は何回かの進軍によって少なからぬ犠牲者を出して、最終的には侵攻を断念せざるを得なかった。
この時の戦争は、世界の各地に数多くの火種としこりを残すことになった。魔女たちはワルキューレに対抗した戦闘士を増強させ、ワルキューレは列強諸国へのテロ活動を支援した。元々相容れない思想の持ち主である魔女とワルキューレの対立は、人類の国家間の諍いによってより激化する道を辿ってしまった。
「ワルキューレにはワルキューレの、魔女には魔女の正義があります。お互いに同じ母星の未来を想ってのことですが、我々もまた完全な存在ではあり得ない、ということの証左なのでしょう」
筆者は魔女の側からも、過去に似たような言葉を聞いた覚えがあった。ワルキューレの側も、自らが絶対者であるなどという驕りを持っている様子はなかった。巫女は極めて謙虚な姿勢で、今のヴァルハラはワルプルギスや国際同盟と緊密な連携を保っていく所存であるのだと表明してくれた。
今回ヴァルハラの巫女と直接話をさせていただける機会を得て、筆者が最初に抱いた感想は「ワルキューレもまた、人間である」というものだった。
巫女はヴァルハラの最高指導者という立場にあり、その選出方法はヴァルハラの構成員による直接選挙である。任期は不定期で、本人が辞意を表明するか、ヴァルハラ内部からの弾劾によって罷免された場合に選挙が執りおこなわれる。
現在の巫女は任期五年目で、歴代の中ではまだ短い部類に入るとのことだった。
「ヴァルハラはワルキューレの中では最大派閥ですが、その全てを指揮下に置いている訳ではありません」
魔女たちはそのほとんどが、ワルプルギスにある国際航空迎撃センターの管理下に置かれている。それに比べればワルキューレたちはまとまりのない、バラバラな組織に属しているとのことだった。
魔女の活動方針は、人類のいざこざには極力関わらないようにすることとなっている。それ故に、目的は母星に迫る隕石の破砕に集中しやすく、意志の統一はそれほど困難なものではなかった。
対してワルキューレの方は、積極的に人類の成長を促し、その手を引っ張っていくことを是としていた。肩入れする相手同士が対立してしまえば、ワルキューレの間でも分裂が発生してしまう。どうしても話し合いで解決が見られない場合には、ワルキューレの戦士による直接対決がおこなわれたこともあった。
「何が正しいという絶対的な価値基準などあるはずもないのですが――それでも可能な限りワルキューレ間での調停を請け負う機関として、ヴァルハラは設立されました」
己の正当性だけを信じたワルキューレたちがぶつかり合っても、母星が平和になることなどない。ヴァルハラは『魔女の真祖』の理想を実現するために、ワルキューレ同士が衝突するリスクを極力低減させる目的で生み出された――いわば、ワルキューレの裁定者だった。
ヴァルハラには執行者と呼ばれる、専門の戦闘訓練を受けたワルキューレが置かれた。ワルプルギスにおける戦闘士と、同等の者たちだ。執行者はヴァルハラの意志に背くワルキューレに対して、制裁という名の打撃を加える役割を担っている。
そのヴァルハラの決定を下す権限と責任を持つのが、最高指導者である巫女だ。その判断は『魔女の真祖』の理想に根ざした、母星の進みゆく未来を体現したものでなければならない。
「国際同盟との協調路線を打ち出したのは私です。そこには多くの反対意見があったことも確かです。それでも、私はワルキューレ全体と母星の未来のために必要な決断であったと確信しています」
巫女の語る言葉は、終始穏やかで淀みがなかった。巫女が迷えば、それはヴァルハラ全体が、そしてワルキューレ全員が迷っていることになる。ワルキューレの裁定者たるヴァルハラは、母星の平和を願って一丸となっていなければならない。そこには統一された、たった一つの意志だけがある。巫女の取っている姿勢は正しく、その体現であった。
インタビューの最後に、巫女は筆者とも固い握手を交わしてくれた。この小さな掌が、母星に生きるワルキューレたちの命運を握っているのだと思うととても緊張した。また巫女は先の『ブリアレオス』の事件の際、筆者の流した放送を聴いてくれていたとのことだった。恐縮することしきりである。
ワルキューレたちは覚悟を持って、魔女への歩み寄りを開始した。この歴史の大きな流れの中で、我々人類はどのような道を選択していくべきか。手に銃を持つ者たちは特に、その意味について大いに考えてもらいたい。
降臨歴一〇二九年、十一月十一日
フミオ・サクラヅカ
ぞろぞろと並んだ執行者に囲まれていたのは、見覚えのある人物だった。つい数時間前に、身体中に爆弾を巻き付けていたワルキューレだ。今は魔術抑制の手錠をかけられて、神妙な表情で突っ立っている。エイラはその正面にひらり、と着地した。
「よぉ、さっきぶり」
用事というのは、こいつか。執行者の方を見ると、「そうだ」と言わんばかりに顔をしかめられた。面倒なのはお互い様だ。嫌なら拒否する権利もエイラにはあったが、ここは受けておくことにした。戦闘士はとにかく、ワルキューレの間で評判が悪い。少しでも心証を良くしておいて、損はないと思われた。
「なんだい。苦情の申し立てなら、そちらの執行者を通してワルプルギスに送ってくれ。正当性が認められれば、誠意をもって対応させていただく」
「そうじゃないよ」
ずい、と爆弾製造犯は一歩前に踏み出してきた。執行者たちが身構える。魔術は封じてあるが、どこかに爆弾を隠し持っている可能性はゼロではなかった。地上ならまだしも、コリドールのドックで爆破騒ぎは冗談では済まされない。
「あたしの罪はあたしが一番良く知ってる。あんたに頼みたいのは……あの子たちのことだ」
エイラの脳裏に、ヒパニスで見た子供たちの姿が浮かんだ。今目の前にいるワルキューレの背後にいた二人と、エイラにヘルメットを届けてくれた一人。確か、モラという名前だったか。真剣な眼差しで、爆弾製造犯はエイラをじっと見据えてきた。
「あの子たちには何の罪もない。こんなことを頼める義理じゃないのは判ってる。でも、ワルキューレでも魔女でも良いんだ。あたしを捕まえたよしみで、あんたに頼みたい。どうか、あの子たちの面倒を見てやってほしい。どうか、この通りだ」
膝を折ってその場に座り込むと、爆弾製造犯は床に額を擦り付けた。ざわり、と執行者たちの間に動揺が走る。爆弾製造犯は何もかもをかなぐり捨てて、エイラに訴えかけていた。
ヒパニスのワルキューレは、それだけ苦しい仕打ちを受けて生きてきた。エイラも何も判らないままに、彼女たちを叩きのめした訳ではない。その辺りの事情については、理解出来ているつもりだった。ワルキューレたちが身寄りのない子供たちを匿って、あれこれと世話をしていたということまでしっかりと把握済みだ。
だから――
「悪いけど、お断りだよ」
エイラの取るべき対応は、決まっていた。
「こういうことは、もう何回もあってね。その度にあたしが引き取ってたら、そろそろ小学校が開校出来そうな勢いなんだ」
戦闘士として、エイラは既に多くの作戦に関わっていた。不幸なのは、何も今回に限った話ではない。もっと酷い目に遭った子供もいる。今日を生き抜いたことが奇跡だと思われた子供もいる。その全てを、エイラ一人に託されてもどうしようもなかった。
それにエイラはまた、戦闘士として戦いの場に赴かなければならないのだ。もしエイラが戻らなければ、その時子供たちはどうなるのか。エイラにはそんな無責任な約束など、交わせる道理がなかった。
「じゃあ、どうしろって――」
「もっと信じてくださいな。ヴァルハラと、ワルプルギスを」
執行者たちが姿勢を正した。凛とした声を発した本人が、緩やかに上方から舞い降りてくる。遅れて、トンランに支えられたフミオが不格好に着地した。無重力慣れしていない人間は、これだから。
突然現れた巫女に、爆弾製造犯は目を見開いた。更にはその眼前に掌を差し出されて、思わず仰け反る程に驚いた。それは周りにいる執行者たちも同様だった。全員が動揺している中で、フミオだけがカメラのファインダーを覗き込んでいる。大した記者根性だ。エイラはそちらにも度肝を抜かれた。
「戦闘士の作戦で保護した子供は、ヴァルハラが責任を持って後見人となります。必要であれば、ワルプルギスからも十分な支援をしていただく手配となっております。もしあの子たちが望むのなら、才能次第では星を追う者にだってなることが出来ますわ」
巫女の言葉に嘘はなかった。魔女の力を持つ子供は、ワルプルギスにある学校で教育を受ける機会が与えられる。運営資金はヴァルハラと国際同盟の折半だ。そこにはヴァルハラのワルキューレも派遣されていて、子供たちが自分の意志で進路を決められるようにとの配慮がなされていた。まだ出来て間もない実験色の強い試みだが、だからこそ魔女たちもワルキューレたちも良い結果を出そうと力を注いでいるところだった。
「それに、私はあなた方に極刑を言い渡すつもりはありません。せいぜいコリドールの建設に関わる懲役刑です。模範囚であれば、それほど長い期間拘束されていることもないでしょう」
このコリドールは、まだ完成形には至ってはいないとのことだった。地上や輪の各所から、ひっきりなしに追加の資材が運び込まれている。ファフニルが入港した際には見えなかった部分では、現在でも増設工事がおこなわれている真っ最中だ。コリドール入港時にフミオの撮影が角度限定で許可されたのには、そういった事情があった。
「大事な子供なんだろ? そのつもりで拾ったんなら、素性も良く判らん魔女になんか頼るんじゃない。ちゃんとお務めを果たして、自分で面倒を見なさいってこった」
エイラの言葉を聞いて、元爆弾製造犯は巫女の手を取って――涙を流した。
「お心遣い……感謝いたします」
シャッター音が鳴って、フラッシュが焚かれた。全くもって無粋極まりない。フミオの隣にいるトンランも、不機嫌な表情を隠そうともしていなかった。
ただし、これは必要なことだった。ヴァルハラが罪を犯したワルキューレたちに、最大限の恩赦を与える。その事実を広く伝えることで、少しでも母星の上での犯罪行為が減れば良い。
フミオは新聞記者として、やるべきことをやっている。それはエイラが罪を犯した魔女やワルキューレたちを叩き伏せ、手足の骨を折るのと同じことだった。