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Gladiator 魔女の世紀  作者: NES
第2章 ヴァルハラの光輝
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ヴァルハラの光輝(1)

 コリドールの建造が開始されたのはワルプルギスとほぼ同時期の、今からおよそ百年程前にさかのぼる。魔女たちが国際同盟の中で確固たる地位を築き始めたことに、ワルキューレ信奉国は脅威を感じ始めていた。世界の潮流が親魔女の方に向かう結果として、国際同盟がその影響力を拡大するかもしれない。その読みは正確だった。今日こんにち母星ははぼしの状況が、ありのままにそれを指し示している。

 であるのならば、ワルキューレの側にもワルプルギスと同等の戦略拠点が必要になる。これは来たるべき将来において、ワルキューレたちが宇宙での活動に後れを取らないための先行投資だ。化石燃料産出国を中心にして、ワルキューレ専用の宇宙拠点開発が計画されることになった。


 母星ははぼしの上の、そして宇宙空間までの空船そらぶねの航路は、そのほとんどが魔女たちを主体とした空船そらぶね公社によって管理されている。これを使うことなく、独自のルートのみを用いて大量の資材を宇宙に運び出すことは不可能に近い。

 それでもコリドールの建設は魔女たちに悟られないようにと、極秘裏の内に進められた。


 資材運搬には、ワルプルギスに向かう貨物船が良く利用された。ワルキューレと繋がっている空船そらぶねが航路の途中、監視の目の緩い衛星軌道上で他の運搬船とランデブーをこころみる。そこで船の間で直接積み荷の受け渡しを実施する、所謂いわゆる『瀬取り』行為が頻繁におこなわれた。

 ワルプルギスの建築初期段階では、搬送トラブルがまだ当たり前の状態だった。それ故に、なかなか密輸の実態を掴むことが出来なかった。ワルプルギス側で受け取り手続きのシステムが完成する頃には、既にコリドールで必要とされる十分な資材は宇宙へと運び終えた後となっていた。


 ワルプルギスと比べれば遥かに小さいコリドールであっても、建造途中に魔女によって発見されてしまうリスクは充分にあった。それを避ける目的で、ワルキューレたちはコリドールの主な組み立て作業を、一切の人目から遠ざけた場所で実行することにした。その場所とは二つある月のうち、母星ははぼしから離れた方――ボダラクの裏側だった。

 そこは魔女やワルキューレたちにとっても過酷で、お世辞にも過ごしやすいなどとはとても言えない環境だった。母星ははぼしから距離がある分、移動にかかるコストも高いし、活動に必要なマナは常に枯渇している。極大期ともなれば、母星ははぼしに接近してきた隕石が最初にぶつかってくることになる最前線でもあった。

 数多くの犠牲を払った上で、ワルキューレたちはコリドールの光発電と光学迷彩ステルスの機能を完成させた。そこまでしてようやく、コリドールを母星ははぼしに近い距離にまで接近させておくことが可能となった。コリドールの雄姿はワルキューレ信奉国たちの悲願であり、新たな時代をワルキューレたちが生き延びるための偉大なシンボルだった。


 コリドールの位置は母星ははぼしの上空というだけで、固定した場所にはとどまってはいない。ワルキューレたちが、魔女にコリドールの正確な座標を掴まれることを嫌っているからだ。そのため、ワルプルギスの軌道から遠ざかるようにと日々移動を繰り返している。望遠鏡などによる光学観測で発見することは、光学迷彩ステルスを使用している関係もあって非常に困難だ。

 ただし、コリドール自体が持っている重力を検出することで、間接的にその所在を知ることは出来た。これはワルキューレにも重力制御士グラビターがいて、コリドールの内部に母星ははぼしと同等の重力を発生させているという事情による。流石にこれを誤魔化すとなると、様々な技術的な障害があるとのことだった。


 ワルプルギスは母星ははぼしの輪の中にある岩塊を基盤ベースにして、マナの自給自足がおこなえるエコシステムを構築しようと自然環境の再現実験をおこなっている。それに対してコリドールを構成している部品は、そのほとんどが人工物だ。そこがコリドールとワルプルギスの、サイズ感の違いの最大要因だった。

 コリドールは、全体が大きな一つの建物であると考えるとイメージがしやすい。内部には通路が縦横無尽に走り、大小無数の部屋を繋ぎ合わせている。ワルプルギスには存在する農業エリアや、草原のたぐいは一切ない。マナの補充は、地上から運ばれてくる食材等に完全に依存している。

 人口は筆者の取材時点では三百人程度ということで、これは筆者が感じたコリドール内の居住空間の広さからすれば驚くくらいに多かった。そのうちワルキューレは約二百人。人口比からすると、ワルプルギスよりもずっと一般人の数は少ない。これはコリドールの環境が、あまり普通の人間には適してないということも関係しているだろう。

 デブリに対する防御も重力制御が行き届いておらず、現時点ではワルプルギス同様に防御士シールダー的な役割のワルキューレが担当している。通路のあちこちに衛士ガードが立っており、なかなかに物々しさを覚える光景だ。

 購買所はあるが商店が軒を連ねていることはない。公園のような憩いの場はなくて、休憩所という仮眠ベッドの置かれたスペースがある。ここは『街』というよりも、『基地』という表現の方がしっくりくると感じられた。


「ワルプルギスと同じものを作っても意味がなかったのです」


 コリドールを統括する集団、ヴァルハラのリーダーである巫女フレイヤは、コリドールは設計の概念からしてワルプルギスとは異なるのだと解説してくれた。


「ワルプルギスは魔女たちが作り出した、魔女のための生活空間です。母星ははぼしから追われ、そこで生きることを強いられた鳥籠とりかごの大地です」


 かつてインタビューした魔女たちも、似たような発言をしていた。ワルプルギスとは、人類が隕石を迎撃する魔女たちを隔離して、管理しておくための場所なのだと。筆者はそれが一時的なものだと信じている。人間は必ず魔女たちを自分たちと同じものであると認めて、争いのない母星ははぼしに迎え入れることが出来る。

 今はまだ、その時ではない――というだけの話だ。


「対してコリドールはワルキューレの『城』です。地上に住む人間たちを見下ろし、その繁栄をおびやかす者に鉄槌を下すための拠点なのです」


 なるほど、コリドールに必要なのは平和な日常ではなく、戦いに挑む者たちの勇壮な姿なのだ。ここからいつでも、打って出てみせるという気概。確かに筆者の眼にコリドールは、常在戦場のワルキューレたちの砦であるように映った。


 勘違いをしてはいけないのは、ワルキューレにコリドールを進言したのは、あくまで『人間』であるということだ。ワルキューレの信奉者たちは、ワルキューレによる統治を望んでいる。だからこそ、私財を投げうってでもコリドールを完成させ、ワルキューレたちに全てを捧げたのだ。

 ワルキューレはその想いにむくいて、こうして母星ははぼしを眼下の望む位置に立っている。ワルキューレにはワルキューレの、強い信念に基づいた行動の裏付けがあるのだ。筆者はコリドールでの取材を通じて、そのことを強く思い至るようになった。



降臨歴一〇二九年、十一月一〇日

フミオ・サクラヅカ




 日差しが強い。照り付けてくる光を、サファネは軽くてのひらさえぎった。今年の夏は暑くなりそうだ。井戸が枯れたりはしていないだろうか。必要なら、またワルキューレに助けを求めなければならない。

 午前の学習時間が終わったら、宮殿の中をぐるりと一巡りするのがサファネの習慣だった。本当なら街まで出て見て回りたいところだが、そんなことをすれば蜂の巣をつついたような大騒ぎになってしまう。王族なんて血の繋がりだけで、別に何か特別な存在だということもあるまいに。サファネにとっては、称賛されるべきは王族よりもワルキューレたちだった。

 レヴィニアの現在の発展は、ワルキューレの活躍なくしてはあり得なかった。このレヴィニアにいる限り、ワルキューレの恩恵に触れないで過ごすことなど不可能だ。砂嵐を収めて街を築き上げたのも、数多くの深い井戸を掘り当てたのも、化石燃料の埋蔵場所を見つけたのも、異民族からの侵略を防いだのも。何もかもは、太古の昔からレヴィニアの民を導くワルキューレの助力あってのことだった。


 数百年前、まだ流浪の民であったサファネの先祖は一人のワルキューレと巡り合った。争いの絶えないこの土地には強い支配者が必要であると考えて、先祖はそのワルキューレに助力をうた。ワルキューレは約束した。必ずやこの地に、平穏と繁栄を。そのために、共に正しき道を歩み、人々を導いていこう。

 人々はワルキューレの下に集まり出した。先祖はワルキューレの言葉を伝える者として、初代レヴィニア国王となった。王族なんて、その程度のものだ。歴史の授業でそう習って、サファネは鼻で笑ってしまった。


 ワルキューレと話をするだけなら、誰にだって出来る。


 だからこそ、サファネは王族として正しく振舞わなければならなかった。レヴィニアの民を、共に正しく導く。それがワルキューレとの約束だ。たがえてしまったのなら、そこでレヴィニアの歴史は終わる。そのくらいの覚悟を持って、王族はその地位を受け継いでいく。第一王子であるサファネには、そうしなければならない義務があった。


 衛兵の詰め所やら役人の執務室やらを一通り覗いてから、サファネは中庭にある雑木林に足を踏み入れた。ここは真夏でも涼しくて気持ちが良い。昔、ワルキューレが世界のあちこちから植物を持ち込んで育てた結果なのだそうだ。この辺りでは珍しい果物も、沢山実を結んでいる。中でもサファネのお気に入りは、瑞々(みずみず)しいプラムだった。

 小鳥のさえずりに耳を傾けながら、奥へ奥へと進んでいく。光が差し込んでくる小さな広場の真ん中に、プラムの木が立っていた。白い花が散って、そろそろ実が熟してくる頃だ。そう思って目を凝らしてみると、根本のところに誰かの人影があることに気が付いた。

 真っ白いケープは、レヴィニアでは高貴な者の証だった。その上を、まぶしい赤髪が這っている。まるで浮き出た血管みたいだ。生命の脈動を感じさせて、力強く、美しくすら感じられる。黄金きん色の瞳が、近付いてくるサファネの姿をとらえる。それと同時に柔らかな唇が一杯に開かれて、プラムの実に優しくかぶり付いた。


「イクラス様、こんなところで何をなさっておいでですか」


 サファネはイクラスの前で、うやうやしくひざまずいてみせた。イクラスはサファネよりも頭一つ小さな少女だが、礼儀はしっかりと守っておく必要がある。それはこのレヴィニアにあっては、最も重要なことだった。


「サファネ、そんなにかしこまらなくても良い。ちょっとつまみ食いをしていただけだ」


 イクラスはバツが悪そうな顔をすると、食べかけのプラムを後ろ手に隠した。サファネは微笑むと、イクラスの隣に歩み寄り、木の枝に手を伸ばした。


「では私も」


 小鳥たちに荒らされる前に、甘くて大粒のものを採っておかなくては。しかし高い位置にあるプラムまでは、今一つ届かない。すると、急に枝の方がしなって、サファネの方に寄ってきた。イクラスは素知らぬ顔で再びプラムにかじり付いていた。


「ありがとうございます」


 目当ての実をもぎ取ると、サファネはイクラスと並んで空を見上げた。どこまでも青く澄んだその先には、無限の宇宙がある。そこを渡っていく魔女やワルキューレの姿に、サファネは遠く思いを馳せた。宇宙にはこのプラムと同じ木が生える、ワルプルギスなる魔女の大地があるという。世界にはまだまだ不思議なことがあるものだ。サファネはプラムの実にそっと歯を立てた。


「……よし、これでサファネもつまみ食いの仲間だ。後でお母様に叱られる時も、一緒なんだから」


 イクラスが明るく宣言して、二人は笑い合った。レヴィニアの未来は光に満ちている。その時はまだ、そう信じていた。




「起きてください、サファネ」


 イクラスの言葉と共に、サファネは揺り起こされた。目を開けると、金色の瞳がじっとこちらを見つめていた。辺りは薄暗くて、干し草の匂いが充満している。状況が呑み込めるようになるまで、サファネには数秒の時間が必要だった。


「今なら移動出来そうです。急ぎましょう」


 扉の外で、誰かが手招きしていた。ここは馬小屋の中だ。外はまだ夜明け前。サファネは立ち上がると、身体に付いたわらを払った。イクラスの真剣な表情に、ようやく意識が鮮明になってきた


「ソミアは?」


 幼いサファネの妹は、まだすやすやと寝息を立てていた。突然のことであったし、疲れが溜まっているのだろう。どうしたものかと躊躇ためらっている間に、イクラスがそっとソミアの体を抱き上げた。


「私が運びます」


 とんでもない、と反論しようとしたサファネをイクラスは手で制した。今はこんなことで言い争っている暇はなかった。急ぎ足で扉の方に向かうと、フードで顔を隠した老人が待っていた。


「サファネ様、イクラス様。王宮は解放軍に制圧されております。国王様も、カウハ様も……」


 そこまで言って、老人は声を詰まらせた。恐れていた、最悪の事態だった。サファネはイクラスの顔色をうかがった。イクラスは眉根を寄せたまま、じっと押し黙っていた。

 怒りと、悲しみと。サファネの中にも、様々な感情が渦を巻いて、嵐のように荒れ狂っている。しかしこれらをまとめて形にするには、ある程度の時間が必要だった。

 そしてその時間を得るためにも、今はまず城下から脱出することを考えなければならない。


「城下の民をこれ以上巻き込む訳にはいかない。いこう、イクラス」


 抗魔術加工アンチマジックされた銃器で武装した解放軍を、イクラス一人で相手にするのはいくらなんでも無謀過ぎだった。それに出来ることなら、ソミアだけでもこの場からは逃がしたい。ここはどんなにつらくても、一度は城下から離れるしかなかった。


 人通りの少ない道を、サファネとイクラスは足音を忍ばせながら走った。空を飛べば、嫌でも目立ってしまう。馬小屋にかくまってくれた老人が、旅人の使う大きな上着を譲ってくれた。後は街道の近くで馬を入手して、国境の方角を目指すか。


 ――あるいは。


「サファネ、これを」


 そろそろ地平線が白もうという時間帯だった。ソミアはいまだ、夢の中だ。サファネたちはこれから、どうするべきなのか。まだ何一つ決まっていない。そんな中、イクラスが差し出してきたものを、サファネはまじまじと眺めた。


「朝食替わりです。こんなものしかなくて申し訳ない」


 イクラスのてのひらの上に乗せられていたのは、小さなプラムの実だった。


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