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Gladiator 魔女の世紀  作者: NES
第7章 そして明日が来る
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そして明日が来る(3)

 星を追う者(スターチェイサー)とヴァルハラが協力して、レヴィニア解放軍の武装解除はとどこおりなく進んでいった。銃は取り上げられ、戦闘車両からは燃料と砲弾が抜かれ、飛行機械は地上に降ろされた。ジャコース将軍は国際条約違反の主犯格として、厳重に拘束されて連行されていった。押収物の運搬のために輸送用の空船そらぶねが呼ばれて、王の墳墓に仮本部が設置される運びとなった。


「やあ、サクラヅカさんにトンラン。いつぶりだっけか?」


 相変わらず小柄で愛嬌たっぷりのフラガラハ隊隊長、ニニィ・チャウキは満面の笑顔でフミオと握手を交わした。


「ご無沙汰してます。確か、ニニィさんの結婚式の日以来ではないかと」

「なんだ、じゃあそこまで昔でもなかったかな」


 ニニィには以前から、故郷の町フィラニィに恋人がいることが知られていた。前回の極大期の終了後、ニニィはその相手と無事結婚式を挙げる運びとなった。式にはフラガラハ隊のメンバー以外にもフミオやトンランも招待されて、盛大な披露宴が執りおこなわれた。

 通常、星を追う者(スターチェイサー)は結婚を機に引退することが多かった。だが、ニニィはそれをしなかった。フラガラハ隊は、他の誰かに任せるのには問題児が多すぎる。当分の間は今の仕事を続けていくつもりだと、ニニィはフミオのインタビューでも名言していた。


「よー、防御士シールダーちゃんは彼氏が相手じゃないと本気が出せなかったか?」


 問題児の一人、イスナ・アシャラがトンランの肩を突っついてきた。『ブリアレオス』の事件は母星ははぼしの歴史に大きな波紋を投げかけることとなり、イスナの目的はそれで達成された。その後のイスナを待っていたのは、国際同盟諸国による指名手配という身分だった。

 やるべきことを果たし終えたイスナは、余生は死亡した妹の墓を守って静かに過ごすつもりであった。そこに、ニニィがスカウトに訪れた。

 欠番機ロストナンバーという特例扱いと、ヴァルハラからの嘆願がイスナの心を動かした。訓練生として一年を過ごし、先の極大期では他のどの星を追う者(スターチェイサー)にも見劣りしない活躍をしてみせた。

 イスナは形式上は服役中の身であり、四十六時中魔女たちの監視下に置かれている立場であると表明されている。とはいえ、イスナ以上に自由な星を追う者(スターチェイサー)はいないだろう、というのが大方の見解であった。


「――お手数をおかけしました」


 言い返そうにも、図星過ぎてトンランにはぐぅのも出せなかった。狙われたのがサファネではなくフミオだったならば、トンランはもっと早く反応出来ていた自信があった。フミオといる時間が長すぎて、一般的な護衛としての能力は鈍ってしまったのかもしれない。むっとしながらも、トンランは反省するべき点は後できっちりと見直そうと心の中に留めておいた。


「まあまあ。我々はそのためにここに来たんだ。無駄がなくて良かったじゃないか」


 ニニィは片目をつぶると、トンランの背中を元気付けるようにしてぽん、と叩いた。


 フミオとトンランが国際航空迎撃センターに連絡を取った際、迎撃司令官のノエラは星を追う者(スターチェイサー)の派遣を決定した。ヴァルハラが動くと判っている中に、追加で戦闘士グラディエーターを送るのでは事が大きくなりすぎる。かといって通常の魔女を何人寄越そうが、意味のある行為になるとは思えなかった。

 直接的な戦力と看做みなされることなく、実行力を伴った存在であること。そんな微妙な役割をこなす上で、星を追う者(スターチェイサー)という部隊は便利極まりなかった。更にはワルキューレという特殊な人材を持っているフラガラハ隊には、今回の任務は適任であるといえた。

 直前の出動要請であるにも関わらず、フラガラハ隊の面々は素早く行動に移ってくれた。特にニニィに至っては、新婚ホヤホヤの身だ。ニニィはワルプルギスに準備した新居に、フィラニィから夫を呼び寄せたばかりのところだった。


 早朝に国際航空迎撃センターにフラガラハ隊全員が参集し、作戦の説明を受けて即座に出動。レヴィニアの上空でティアマトと合流し、時間差で突入することを確認。そしてタイミングを見計らって降下している真っ最中に、サファネを狙う狙撃兵スナイパーに気が付いた。


 お陰様で、この戦いはエイラとイクラスの衝突だけでこのまま収束しそうな雰囲気だった。ヴァルハラと星を追う者(スターチェイサー)の連合となれば、現在の母星ははぼしにおける最大戦力と称しても過言ではない。喧嘩を売る方がどうかしている。おまけに、『ブリアレオス』のイスナ・アシャラまでいるときたものだ。泣く子も引き付けを起こして、失神して静かになる程の悪夢だった。


「あの……」


 フミオたちが談笑しているところに、おずおずとイクラスが声をかけてきた。エイラもイクラスも、マナの消費が激しいということで救護テントに運ばれていた。見たところ顔色は良いみたいだが、足元がおぼつかない。あれだけ派手な魔術を行使したのだ。その後すぐに元気で歩き回れるはずなど、あり得なかった。


「ねー、サファネ王子がいつ戻るか知りたいんだって」


 するとこちらは、例外中の例外、とでも言うべきか。すっかり元通りになったエイラが、イクラスの後ろからぬぅっと顔を出してきた。本人曰く、経口摂取によるマナの吸収効率が他人よりも優れているらしい。簡易ベッドの上で腹いっぱいご飯を食べたら、完全復調してしまったのだそうだ。これにはニニィもあきれ返った。少なくとも星を追う者(スターチェイサー)には、そんな出鱈目な胃袋の持ち主はいない。せいぜいシャウナ・ヤテスの食い意地が、他人よりもいくらかまさっているという程度だった。


「そろそろ王子も衛星軌道オービットの散歩に飽きた頃だろう。迎えにいくか」


 ニニィはそう言うと、イクラスを手招きした。サファネはサトミに連れられて、母星ははぼしを足元に見下ろす遊覧飛行を楽しんでいる。フミオがそれをちょっとうらやましいと思ったところで、トンランに睨まれた。トンランとは夜の砂漠で、充分に楽しんだだろうに。それくらいの妄想は勘弁してもらいたかった。




 王の墳墓を出たところで、一同は足を止めた。付近にいるレヴィニア解放軍の武装解除は、ほとんど完了していた。危険性はないと判断される。ヴァルハラの執行者フォルシュトレッカーがそこかしこで眼を光らせているし、これ以上の横槍は入ってきそうにない。


「ああ、ファフニルも呼んでくれたのか」


 エイラの視線の先には、ゆるゆるとこちらに向かってくるファフニルの船影が見えていた。レヴィニア解放軍への対応を手伝って、ファフニルは先程からあちこちへと飛び回っている。お互いの状況も心配ではあったが、今は事態の収拾が先決だとの判断だ。エイラは自分が無事であることだけを念話で伝えて、後はラリッサとディノに任せっきりだった。


「ん、なんだありゃ?」


 よくよく目を凝らすと、ファフニルは電磁石マグネットアンカーで何かを牽引けんいんしていた。化石燃料車だろうか。武装解除で燃料を抜かれて動かないのを、無理矢理に引っ張っている。そこには大量の人影が所狭しと乗っかっているのが見て取れた。


「ラリッサ、それ、どうしたの?」

「どうもこうもないわよ。これで最後かもしれないからって、どうしても一目会っておきたいんだってさ」


 レヴィニア解放軍の兵士たちだ。彼らはかつては、レヴィニア王国を守る者の一員だった。それがつい数時間前までは、銃を手にしてイクラスとサファネに向けていた。そして今度は、サファネやイクラスとの別れを惜しむというのか。随分と身勝手なものだ。

 フミオはその姿を見て、むしろほっとした。自己中心的で、都合が良い。それが人間だ。彼らの中にはまだ、ワルキューレに対する信仰が残っている。近代化の波によって、簡単に洗い流されてしまうようなやわなものではない。ワルキューレと手を取り合って、共に母星ははぼしの未来を作り上げる。


 それが、ワルキューレの誓い。『魔女の真祖』の願いだった。


「いかがいたしましょうか?」

「大丈夫だとは思うけど、念のため警戒はげんに。サトミを呼び戻します」


 ニニィの言葉に、執行者フォルシュトレッカーは一礼して応えた。ニニィは遥か上空で待機しているサトミに対して、念話を送った。ここから母星ははぼしの大気の外までは、相当な距離がある。それなりに時間がかかるかと思わせておいて――


「ただいま」


 一瞬だった。まるで瞬間移動だ。いつの間に現れたのか、砂の上にホウキにまたがった防護服姿の魔女と、サファネがいた。サファネは自分がレヴィニアに戻ってきたことに気が付くまで、しばらくかかっていた。無理もない。星を追う者(スターチェイサー)の移動速度は、普通の人間の常識の範疇はんちゅうを完全に超えている。これでもいけない場所があるというのだから、宇宙は広いとでも思っておけば良いのか。


「サファネ!」


 ホウキから降りたサファネに、イクラスが飛びついた。よろけながらも、サファネはそれを抱き留める。二人はお互いの無事を喜び、強く抱擁ほうようし合った。

 カメラのファインダーを覗き込み、それからフミオはそっと眼を離した。これは、そういう写真じゃない。王国を失った王子と、ワルキューレ。二人の表情は、そんなものとは遠くかけ離れていた。


 そこにいたのは――ただの愛し合う若い二人の男女だった。肩書も、ワルキューレであることも、何もかもが意味をなしていなかった。触れ合えること、共にいられること。純粋にそれを幸せだと感じること。これをイクラスとサファネの姿として報道するのは、何かが違う。これはもっととうとくて……大切なものだった。


「久しぶりだね、トンラン、サクラヅカさん」

「サトミさん」


 ヘルメットを外したサトミが、ゆっくりとフミオの方に歩み寄ってきた。長い黒髪が、はらりとこぼれて流れる。ヤポニアの魔女は、何一つ変わらない。相変わらず楚々(そそ)として美しくあり、フミオの心を乱してくる。トンランには悪いとは思うが、綺麗なものは綺麗だから仕方がない。少しの間目を奪われてしまうことぐらいは、許してもらいたかった。



「イクラス様、サファネ様! どうか、我らの罪をお許しください!」



 大きな声が唱和して、レヴィニアの兵士たちが一斉にひれ伏した。フミオが周りに目をやると、数百名はいると思われるレヴィニアの民がイクラスとサファネに向かって頭を下げていた。


 レヴィニアは、ワルキューレを裏切った。ワルキューレと契約した王族を排除し、新しい国を作ろうと目論んだ。極北連邦ファーノースによる軍事力の介入こそあったが、全てはレヴィニアの民が考え、実行に移したことだった。

 イクラスはサファネと目を合わせると、小さくうなずいた。サファネから離れて、人々の前に立つ。フミオは再びカメラを構えた。間違いない、そこにいるのは――


「レヴィニアの民よ、顔を上げよ! お前たちは自らの意志でこの勝利を勝ち取った。それを誇りに思い、新たなレヴィニアをその手で作り上げるのだ!」


 レヴィニアのワルキューレ、イクラス・レリエだった。


「レヴィニアは既にワルキューレを必要としていない。お前たちは私に、その力を充分に示してみせた。レヴィニアのワルキューレは敗北し、この地を離れる。それはお前たちレヴィニアの民によって望まれた行為だ」


 革命は他の誰でもない、レヴィニアの民によって成された。新しいレヴィニアは、ワルキューレがいなくても歩いていける。そのために、ワルキューレを殺す必要があった。外の世界、極北連邦ファーノースや国際同盟の列強諸国とも協力し、交渉しながら渡っていく。話し合いの材料となる化石燃料は、向こう数百年は枯渇することのないレヴィニアの最大の武器だ。


「レヴィニアの民よ、私はお前たちの旅立ちを祝福する。子は親の元を離れ、一人暗い道を進むものだ。私から見ればそれは不安にいろどられた苦しみの旅路だが……お前たちからすれば、その行く手は希望の光に照らされた、明るいものなのだろう」


 ワルキューレの守りを失ったレヴィニアが、国としてどんな方向に進んでいくのか。今の時点でそれを知ることは出来ない。漕ぎだしてみなければ判らないこともある。そこに待つものをどう受け止めるのかは、レヴィニアの国民たち次第だ。


「私は私と契約した王家の者と共に、レヴィニアを去る。だが私は、決してお前たちとの約束を忘れた訳ではない。私は必ず、レヴィニアの民と共に繁栄をこの手にしてみせる」


 イクラスはサファネに片手を伸ばした。サファネがその手を取ると、優しく微笑む。そしてもう片方の手を、レヴィニアの兵たちに向かってかざした。砂漠に立つ、まぶしい導き手の立ち姿。それはかつてこの王の墳墓で交わされた、ワルキューレとの契約の再現だった。


「レヴィニアの民よ、私は約束する。もしお前たちが本当にもう一度ワルキューレの力を必要とするのならば――私はここに帰ってくる。必ず、絶対にだ!」


 歓喜の声が、イクラスとサファネを包み込んだ。圧倒的なまでのレヴィニアの民の熱気の只中で、フミオは夢中になってシャッターを切り続けた。これだ。フミオが待ち望んでいたのは、この光景だった。


 レヴィニアがワルキューレを越えて、人の治める国になる。それには、新しい『契約』が必要だった。

 戦いによって、どちらか片方を追いやれば良いのではない。両者が歩み寄って、その在り方についてもっと言葉を尽くして話し合うべきだった。


 ワルキューレの守護から抜けることは、レヴィニアの民からは言い出しづらいことではあったと思う。それでも、異国の力を借りて寝首を掻いて解決するべき事柄ではなかった。ワルキューレは無意味に人々を苦しめる、暴君などではない。人と同じ心を持ち、人以上に母星ははぼしとそこに住む者たちを想う、理解力(あふ)れる優れた為政者いせいしゃだった。



 サトミはトンランと顔を見合わせて、ふふっと笑みを漏らした。フミオは何も変わっていない。それが良く判って、満足だった。やはりフミオは、トンランといる方が良い。二人はサトミに言わせれば、この上ない程にお似合いだった。


 トンランはこんなフミオを、ずっと隣で見続けてきた。そしてこれからも、きっとそうだ。トンランはサトミに負い目を感じつつも、フミオの一番近くで、母星ははぼしの歴史を並んで眺めながら歩いていく。世界を知る特等席だ。やがて訪れる未来の形を、二人は誰よりも早く目にするのだろう。

 サトミにとってそれは、想像するだけでとても胸の奥が熱くなってくる――きたるべき明日の姿だった。



「すげぇ騒ぎだな」


 人の輪から離れて、大きな岩に寄り掛かっていたエイラのところにディノがやって来た。ラリッサはまだ、ファフニルの操縦席でひぃひぃ言っている。イクラスやサファネとの別れを惜しむレヴィニア人は、ごまんといた。ひょっとすると、もう一隻くらいは空船そらぶねを出さないと追いつかないかもしれない。エイラは肩をすくめてやれやれと溜め息をいた。


「ちょっとはあたしにも感謝してほしいものだね」

「まったくだ」


 戦闘士グラディエーターの仕事は、いつだって裏方だ。戦いが終われば、後のことは誰かがやってくれる。それは表舞台のきらびやかな役者たちに任せて、戦闘士グラディエーターはまた次の戦いへと身を投じていく。歴史が動くなら、そこに名を残すことはしない。そういうのは、エイラのがらではなかった。

 上空を、星を追う者(スターチェイサー)たちが忙しく飛び交っている。目立つなら、断然あっちだ。エイラはそれを選ばなかった。地を這って、泥にまみれて激突する。その方がエイラの性に合っていた。


「何にせよ、一段落だ。お疲れ」


 握ったこぶしに、ディノが自分のこぶしを当ててきた。任務完了だ。あの時と同じで、この瞬間が何よりも清々(すがすが)しい。力いっぱいに殴り合って、判り合って――


 エイラは今頃になって、どっと全身に疲れが噴き出してくるのを感じた。




 この時フミオが撮影した写真は、「旧世界との別れ」と題されて国際的な報道賞を取るに至った。この写真をモデルにして、一つの時代の終わりを象徴するイクラスの姿を、何人もの画家がキャンバスの上にえがき出した。レヴィニアの革命は様々な形で後世に残され、母星ははぼしの歴史の重要な一ページとして語られることになった。


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