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Gladiator 魔女の世紀  作者: NES
第1章 変わりゆく世界
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変わりゆく世界(3)

 ヴァルハラが今この時期にその存在をおおやけにしたことには、理由がある。

 近年、母星ははぼしの上では国際同盟が大小の国家群の集合体となり、確固たる地位を築き上げることに成功した。国際同盟の中心となる常任理事国は、どれも皆魔女友好国だ。これは魔女たちによる、たゆまぬロビー活動の成果でもある。

 魔女たちは国際航空迎撃センターという肩書を与えられて、隕石の破砕を人類との共通事業として請け負う体裁になった。衛星軌道上にはそのための本拠地である、ワルプルギスという人工の大地を手に入れた。ワルプルギスは、実質的には魔女の国だ。魔女たちは人類からの管理を受け入れることを代償に、人類が単独では到達出来ない場所に安住の地を得た。世界の流れは、そのように形作られ始めていた。


 その一方で、様々な理由によって国際同盟への加盟をかたくなにこばむ国々の中には、ワルキューレの庇護を受ける国――ワルキューレ信奉国があった。ワルキューレは人類のいとなみに対して、積極的に干渉を仕掛けてくる。国際同盟の中でも最大の大国である極北連邦ファーノースなどは、魔女友好国の皮をかぶった人類至上主義者たちだ。戦場にワルキューレを出して防衛をおこなう小国のことを、さぞや苦々しい思いで見ていたことだろう。

 魔女たちにとっても、人類を自分たちよりも劣った種であるとみなして裁きを下そうとするワルキューレは、相容れない考えを持つ者たちだった。国際同盟と魔女の連合はワルキューレと敵対し、これを次々と拘束していった。ワルキューレの勢力は、急速にその力を失いつつあった。


 ワルキューレが次第に劣勢におちいっていく中で、『ブリアレオス』の事件が勃発ぼっぱつした。事件の主犯格であるワルキューレ、イスナ・アシャラの訴えは、母星ははぼしに住む全ての者たちに衝撃を与えた。その告発を受けて魔女たちが自らの過ちを認めた時、ワルキューレの指導者層はこれを好機であると捉えた。


 魔女と人間たちが手を組み、世界は一つになろうとしている。だがそこには見えているだけでも、数多くの問題が散見していた。魔女たち自身も、母星ははぼしの人類が十分に成熟した民であるなどとは、これっぽっちも考えてはいないはずだ。


 世界はまだ、統一されるには不完全な段階である。それをお互いに理解した上で、ワルキューレは魔女たちの領域を犯さない。魔女を信奉する者たちがどのように歴史を刻んでいくのか、見守っていく用意がある。

 その代わりに、ワルキューレと共にありたいと願う者たちを無理矢理に取り込もうとするのをやめてほしい。


 これは、魔女とワルキューレの休戦協定だった。


 ヴァルハラとの対話によって、魔女たちはワルキューレが本気で母星ははぼしの人類の行く末を案じていることを知った。国際同盟による統一が、母星ははぼしに真の安寧あんねいをもたらすのかどうかは、指摘されるまでもなく怪しいものだった。もしそれが可能ならば、マチャイオ紛争などは初めから起きるはずもない。国際迎撃センターの迎撃司令官ノエラ・ピケットは、ヴァルハラとの協力体制の構築を約束した。


 こうして、ヴァルハラは自らの姿を衆目にさらすことで、ワルキューレの存続とその意義を世界に示してみせた。たまったものではないのは、『幼い人類』などと評された国際同盟の国々だった。魔女がワルキューレと手を組めば、いつ魔女に寝首を掻かれてしまうのか判らない。その不安を払拭ふっしょくする目的もあって、ワルプルギスの魔女は母星ははぼしの秩序を守るため、ヴァルハラと共に『不法活動に手を染めた』ワルキューレへの断罪を実行することになった。


 ヴァルハラは国際同盟に直接的に対抗するつもりはない。テロへの支援は無辜むこの民への攻撃を含んでおり、これはワルキューレ本来の思想からは離れたものである。

 故に、ヴァルハラからの停止指令に背くワルキューレたちには、相応の裁きを受けてもらう。この通達がヴァルハラから発せられるのと同時に、ワルプルギスでは戦闘士グラディエーターの増員がおこなわれた。

 ワルキューレたちは、国際同盟とヴァルハラ双方による厳しい監視の目の下に置かれることになった。これはワルキューレ自身がこの先の世界で生き残るための、そして人類が等しく母星ははぼしの上で発展していくための、苦渋の選択だった。



 ワルキューレと魔女の共闘関係が結ばれた背後で、国際同盟も黙ってじっとしていた訳ではなかった。国内での大規模なテロ攻撃が縮小するというのであれば、このタイミングを利用しない手はない。それが大々的な侵略行為であるならば、まず世論が許さないだろうが。人間が自分たちで国の在り方を引っ繰り返すのであれば、そこには何ら文句の付けようはあるまい。

 国際同盟加盟国と国境を接する幾つかのワルキューレ信奉国で、軍事クーデターが発生した。人間同士の紛争が原因であるとして、今まで戦闘士グラディエーターの派遣が躊躇ためらわれてきた地域だ。そこには明らかに、極北連邦ファーノースのような列強諸国による支援活動が認められた。

 最新兵装である抗魔術加工アンチマジックによって、何人かのワルキューレが死に追いやられた。人類はワルキューレの支配をくつがえす力と、権限を得た。特に数百年の歴史を持つレヴィニア王国の革命は、ワルキューレたちを驚かせた。


「人が自らの意志で望んだことなのであれば、我々はそれを尊重するべきなのでしょう」


 ヴァルハラの最高指導者である巫女フレイヤは、レヴィニアのワルキューレ、カウハ・レリエの死をいたんで声明を発表した。


「しかし、この革命は血に汚れたものであり、暴力によってもたらされました。我々はレヴィニアの民の声を聴きたい。それは、本当にあなた方が求めた国家体制なのか。カウハ・レリエはあなた方に、恐怖による支配のみを与えたのか。もしそうだというのならば、我々はあなた方を約束された未来へと導くことを約束した者として、深く恥じ入らなければならない」


 古いものは打ち壊され、新しいものが建てられる。それが常に正しいことであるのなら、人類はこんな場所には立っていなかっただろう。筆者はレヴィニア王国崩壊の報を、ワルプルギスの地で受けた。ワルキューレ信奉国の中でも特に豊かで平和な国であると伝え聞いていただけに、驚きを禁じ得なかった。


 この一件が、筆者の中にある「ワルキューレに関する実態を知りたい」という好奇心に火を点けた。魔女についてここ数年理解を深めていく程に、ワルキューレに関しても取材を進めるべきだと考えていたところだった。


 その機会が与えられたことに、改めて感謝の意を表する。願わくば、ヤポニアのみならず母星ははぼしに住む全ての人たちに、筆者が取材によって得たワルキューレの真実が伝えられんことを。



降臨歴一〇二九年、十一月五日

フミオ・サクラヅカ




 モラはぴくりとも動けなかった。目の前に立つ真っ黒い人影は、それだけ異様だった。ほっそりとしたスタイルは、間違いなく女性だ。戦闘士グラディエーター――魔女なのだから当然だろう。身にまとっているのは、奇妙な光沢を放つ鎧みたいな防護服だった。それが手足の動きに合わせて、かちゃかちゃと音を立てる。巨大なありを思わせるいかついヘルメットが、モラの方を向いて静止していた。


「逃げろ……ちっさいの」


 戦闘士グラディエーターの足の下で、見張りのワルキューレがくぐもった声を出した。と思うや否や、鋭い一撃がそこに目がけて振り下ろされた。

 青白い電光を放つ、細長い金属の棒だ。悲鳴を上げるいとまもなく、ワルキューレは沈黙した。死んだ、のか?


 ……いや、生きてる。モラだって、そういう力ぐらいは持っていた。反撃を封じるために、意識だけを奪ったのだ。やり方が少々どころか、かなり乱暴なのが気になるところだが。モラは、じりっと後ずさった。モラじゃ、ダメだ。中にいるみんなに、この襲撃についてしらせないと。


「あー、ごめん。これ外すわ」


 唐突に、戦闘士グラディエーターはヘルメットに手をかけると、無造作にそれを剥ぎ取った。モラはびっくりして目を見開いた。それはこの場にはいない、戦闘士グラディエーターの仲間たちも同じだった。


「ちょっと、エイラ、作戦行動中に何やってんの!」


 ヘルメットの内側には通信機が取り付けられていた。動揺した声が、モラの耳にまで届いてくる。真っ暗闇の中に、赤味がかった茶色の瞳が浮かび上がった。


「だってこのヘルメット、コワいんだもん。お嬢ちゃん、びっくりさせちゃったね」


 ぽい、とヘルメットを肩越しに背後に投げ捨てる。モラには何がどうなっているのか、さっぱりだった。戦闘士グラディエーターはその場にしゃがみ込んだ。モラと目線を合わせて、にっこりと笑う。まだ全然若くて、黒い髪を短くざんばらに切った……悪戯好きの子供みたいな顔をした魔女だった。


「お姉ちゃんこれから仕事するからさ、ちょっとここで待っててくれるかな。大人のワルキューレにはいっぱい痛いことするけど、誰も殺したりはしない。後でちゃんと治してあげる。約束だ」


 歌うような流暢りゅうちょうな言葉に、モラは思わずうなずいてしまった。少なくとも戦闘士グラディエーターは、モラには一切の敵意を持っていなかった。見張りのワルキューレは、大丈夫なのだろうか。右足と左手が、変な方向に曲がっている。おおっと、と戦闘士グラディエーターは見張りを踏ん付けている足をどかした。


「起こした方が痛がるからさ、このままにしておいて。じゃ、後でね」


 そう言うが早いが、戦闘士グラディエーターは風のように駆けていった。砦の中では、もう襲撃者の存在を察知している。黒い背中を見送ったモラの後ろで、「おいこら、エイラ! 通信機は持っていけ!」と怒鳴る声がむなしく響いていた。




 砦跡に潜伏しているのは、爆弾製造をおこなっているワルキューレが六人と、子供が三人。そのうち一人は無力化、子供一人は恐らく説得完了。エイラは残りの数を確認すると、砦の内部に突入した。

 階段からホールに抜ける扉を蹴り開けると、罠が発動した。高熱爆発フレアブラストだ。実に爆弾魔らしい攻撃だ。ただ、戦闘士グラディエーター防御壁シールドを破るには、ちょいと威力不足だった。崩れた瓦礫を、一息に弾き飛ばす。まったく、子供が巻き込まれたらどうするんだ。


 一息ついて気配を探ると、すぐ近くに一人いた。この距離で逃げないとは、良い覚悟だ。時間稼ぎに過ぎないとしても、戦闘士グラディエーターに立ち向かってくるのには相当な勇気がいる。魔力の集中を感じたところで、エイラは前方にある石の柱を棒で横殴りにした。


雷撃打ボルテックスマッシュ!」


 三人がかりでもかかえきれない程の太さを持つ柱が、一発で粉々に砕け飛んだ。その背後に隠れていたワルキューレなど、ひとたまりもない。念のため、倒れているところにとどめを打ち込んで。それからエイラは、ぐるりと周囲を見回した。

 排除対象は後四人。戦闘能力はさほどでもないとの事前情報だった。後はかくれんぼだ。今度は側面、地下に続く扉の先に一人いる。エイラが棒を構え直したところで、向こうから姿を現してきた。


「くたばれやぁ!」


 ワルキューレが手にしている武器を見て、エイラはぎょっとした。機械式の連発銃、機関銃だ。そんなもの、魔術師ならともかく魔女相手に効果がないことは判り切っている。

 それでも持ち出してくるということは――装填そうてんされている弾丸には、高確率で抗魔術加工アンチマジックほどこされている。


 鈍い駆動音と共に、銃弾の雨がエイラ目がけて殺到した。落ち着け。相手の肩の動きを見れば、弾の軌道はある程度は読める。積層防御壁レイヤードシールドでは追いつかない。致命傷になるものだけを処理すれば良い。

 棒と、腕の装甲アーマーが頼りだ。目にも止まらぬ早業はやわざで、エイラは近距離からの攻撃をさばいていく。ギンッ、という硬質な反響音をともなって、防御壁シールドを貫通した飛翔体が立て続けに弾き飛ばされた。


 時間にして、ものの数秒だった。給弾機構が詰ま(ジャム)って銃撃が止まるのを確認すると、エイラは素早く踏み込んだ。




 地下室は、爆弾製造工房だった。ここには罠は仕掛けられていなかった。大量の爆発物があるのと、子供がいるからだろう。あの後追加でもう一人を無力化して、残りは二人。子供の気配も、同じ場所に感じられる。厄介な交渉ネゴシエーションが必要になるかと思ったら、案の定だった。


「それ以上近付くな、戦闘士グラディエーター!」


 ワルキューレのリーダー格の二人は、全身に爆弾を巻き付けて子供たちの前に立ちはだかっていた。自爆上等。それも巻き添え付きだ。エイラはあーあ、と深く息を吐くと、手にした棒を床に落とした。暴力はひとまず後回し。ここは話し合いに応じるという姿勢を示す必要があった。


「とりあえずさ、今自分たちがすっごく悪いことをしているっていう自覚はある?」


 罪のない人間を沢山殺すための爆弾を製造して。それを使って、ワルキューレの仲間、子供たちの命まで危険にさらして。ワルキューレたちはぐっと奥歯を噛み締めた。子供二人は、お互いの身体を抱き合って身動き一つしない。恐れているのか。


 それとも、信じているのか。


「子供たちに乱暴はしないよ。ただし、お二人には裁きを受けてもらう。相応の罰も下されると思うけど、お務めを果たせばまた娑婆シャバにも出てこれるからさ」

「ふざけるな! 魔女の言うことなんて信じられるか! この子たちを監獄衛星になんか送らせないぞ!」


 随分と嫌われたものだ。それもある意味、仕方のないことだった。魔女たちはかつて、ワルキューレに対して実際にそういった仕打ちをおこなってきたのだ。そのイメージは簡単にはなくすことは出来ないだろう。エイラは肩をすくめてみせた。


「じゃあ、ワルキューレが相手なら良いのかい?」

「何を――」


 途中まで出かかった言葉を、リーダー格のワルキューレは咽喉の奥に飲み込んだ。エイラの後ろから、数名の人影が歩いてくる。白銀の外套がいとうは、彼女たちのトレードマークだ。キラキラと光るその胸元には、ヴァルハラの刻印が刺繍ししゅうされていた。



「ヴァルハラの執行者フォルシュトレッカーだ。お前たちの身柄を拘束する」



 爆弾製造犯たちは、その場に力なく崩れ落ちた。子供たちがその背中にすがりつく。状況終了。上空で待機しているディノにそれを伝えようとして、エイラはようやく通信機を放り出してしまったことに思い至った。


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