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Gladiator 魔女の世紀  作者: NES
第5章 この身砕けるまで
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この身砕けるまで(1)

 スコティトは古くからの魔女友好国だ。『魔女の真祖』がこの母星ははぼしに降り立った聖地、『黒の森』をようしてもいる。歴史と伝統を誇りとして、国際同盟常任理事国のポストにいている。今でこそその国力は極北連邦ファーノースに見劣りはするが、世界の均衡きんこうを支えている、決してあなどられることのない列強諸国の一つだった。

 ワルプルギスが作られる前までは、魔女たちはこの国を本拠地としていた。それだけ、魔女や魔術師に対する理解は深い。『黒の森』への巡礼にはワルキューレたちも数多く訪れており、ここだけは魔女とワルキューレの間で古くから不戦条約が結ばれている特別な場所だった。


 そんなスコティトであるから、魔女とは融和した社会が形成されているのかと思えば――それは大きな間違いだった。


 魔女を優遇する政策の数々は、魔女に対する嫉妬や偏見を生み出すことにも繋がる。表向きは静かで紳士的な関係を築いているように見えても、実態はなかなかそう上手くは運ばない。スコティトの魔女たちは自身の正体を隠すことまではしなくても、それを前面に出して生きていこうとはしなかった。

 それが出来るほどの自由は、母星ははぼしの上には存在していない。自らが魔女であることを認めて胸を張っていたいと願うのであれば、方法は一つしかなかった。

 ワルプルギスに上がる。魔術大国であるスコティトにおいてさえ、虚空に浮かぶ魔女の大陸は重要な意味を持っていた。


 一般の学校で級友の顔面に鉄拳制裁を食らわせた後、エイラはスコティトでも有名な魔術学校に通うことになった。もともと魔女であるエイラは、魔術学校への入学資格は充分だった。ただ、両親の希望により普通の幼年学校に入学させていたのだ。結局それは数年と持たない、はかない願いとなって消えることになった。

 『魔女』であることがトラブルの原因であったので、エイラは魔術学校の方が気楽でいられるだろうと高をくくっていた。何しろ、ここの生徒たちはみんな魔女か魔術師なのだ。魔女同士であるならば、それを理由にしてからかわれることはない。魔女と魔女が喧嘩をする分にはイーブンだ。今度はリラックスした学校生活が送れそうな予感がする。そう期待していたのだが……


 残念なことに、それは完全な期待外れだった。


 スコティトは、長い魔女の歴史を持っている。魔女とは『魔女の真祖』とその使徒から連なる、受け継がれた血の力だ。魔女たちが集まる中にあっては、その血の繋がりと濃さこそが優劣を決める手段となった。


「我が家は六百年続く魔女の家系でございますの。貴女あなたはどちら?」

「あら、我が家の血統をさかのぼりますと、『魔女の真祖』様まで家系図が辿れますのよ?」


 エイラにとっては、「何言ってんだこいつら?」であった。


 魔術学校の生徒は、みな由緒正しき魔女の家の者たちばかりだった。古い魔女の国であるスコティトでは、魔女の間での対立が激しかった。どこの馬の骨魔女など、魔術学校ではそれだけで劣等生扱いだ。エイラの両親が最初に娘を一般の学校に通わせたかったのは、そういう事情があったからだった。


 御多分に漏れず、エイラは転入して早々に落伍者のクラスタに所属することになった。教室の中心にいるのは、スコティトの中でも相当に力の強い魔女の一族の女子だった。後はそれに奴隷のようにかしずく、取り巻きたちだ。それに参加しても何一つ面白そうだとは感じなかったので、エイラは学校では基本的に一人で過ごすことにした。

 転入当初は物珍しく見られていたエイラは、徐々に「なんてことはない魔女の一人」として埋没していった。変に悪目立ちして、いじめの対象にされてもつまらない。先生たちも生徒の間にある階級カーストの存在については黙認していて、学校はすっかり女王クイーンの言いなりという状態だった。


 授業は魔術の理論と実践が中心となって、それだけはエイラにとって楽しい時間となった。校内では、授業以外の魔術は禁止。そうすることで、魔術という力の有用性と、人間たちとの違いを知る。魔女や魔術師は、魔術でむやみに他人を傷付けない。力の大きさをきちんと自覚して、正しいおこないにのみそれを行使出来るようにつとめる。

 ――というのが、建前だった。


 子供相手に、そんな御大層なお題目がどの程度の効果を持つというのか。歴史だけあっても、実効性については頭が空っぽだなとエイラはあきれた。偉ぶった魔女の子供たちは、平気で魔術をいじめの道具に用いた。

 見えないように小突いたり、足を引っかけたりなんてのは日常茶飯事だ。ちょっとくらいの怪我なら、治癒魔法でなかったことにすら出来る。特に魔女の中でも力の弱い子や、魔術師は格好のターゲットにされていた。


 エイラも転入初日に、手に持った鉛筆をクラスの女子に真っ二つに切り捨てられた。買ってもらったばっかりのお気に入りの奴だった。腹が立って、授業中に犯人のペンケースを粉々に爆発させてやった。

 突如鳴り響いた謎の爆音に、わんわんと泣き出した一人の女子生徒。なかなかにバイオレンスな授業風景だ。しれっとした態度で無視を決め込んでいるエイラを、年配の女性教師が詰問した。


「エイラさん、今何をしましたか?」

「先生すいません、授業中は魔術の使用が許可されていると聞いていたので、こういうことかと思っていました」


 教室中で、くすくすという笑いの渦が巻き起こった。先生だって、生徒たちの間で何が起きているのかは、判っていない訳ではないだろう。だったらどうしていきなりエイラを名指しにしたのか、ということになる。どこからどこまでが茶番なのか。エイラは付き合っていられなかった。


「……以後、気を付けなさい」


 ――良く言うよ。


 だがエイラのこの対応が功を奏したのか、以後誰からも一方的な攻撃だけは受けないで済むようになった。殴られたら、その分だけは殴り返す。いつもびくびくおどおどとしている魔術師の男の子たちを尻目に、エイラは毎日のように欠伸あくびを噛み殺して学校生活を送っていた。




 王の墳墓の建物を出ると、衛兵たちがじろり、と睨み付けてきた。招かれざる客というのは自覚している。ワルキューレの国で、魔女の存在なんて異質中の異質だった。

 それであっても、愛想くらいは良くしてくれてもいいのではなかろうか。少なくとも、トンランの方には敵意なんて欠片もなかった。そのことをサファネ王子もイクラスも宣言してくれたが、それはそれ、ということか。


 トンランはホウキを取り出すと、そのままそれにまたがってふわり、と宙に浮いた。近くに立っている、大きくて高い柱。そこが一番外と連絡が取りやすい。昨日の夜、イクラスからそう教わった。他の場所だと、周りを取り囲んでいる砂嵐の守りの影響を受けてしまうのだそうだ。

 結構な高さの柱の頂上に達すると、そこには先客がいた。下で見かけなかったのだから、ここにいるのはある意味当然か。トンランが昇ってくる姿を、イクラスはちらり、と一瞥(いちべつ)してまたすぐにそっぽを向いてしまった。


「定時連絡ですか?」

「はい。しないといけない決まりなので。ここへの抜け道とか、余計なことは言いませんから」


 フミオと一緒にこの王の墳墓にやってきたのは、命懸けの行動だった。フミオは記者のさがなのか何なのか、こういう時にはちっとも後先を考えてくれない。トンランがいなければ、一人でも突っ込んでいったに違いなかった。

 相手はレヴィニア解放軍と敵対している王族と、その守護者だ。ワルプルギスの戦闘士グラディエーターの仲間が、そんなところに出向いていってどんな目に遭わされるのかとか。少しで良いから心配してほしかった。


「今更です。そこまで気を使っていただかなくても構いませんよ」


 イクラスは砂嵐の状態を確認していた。王の墳墓を取り囲んでいるのは、レヴィニア王家に仕えてきたワルキューレたちが残した強大な守りの魔術だ。しかしそれも、無限に続けられるものではない。イクラスの話によれば、明日の昼ぐらいには限界に達して消滅してしまうだろうとのことだった。


「いずれにせよ、明日にはここは丸裸になります。貴女あなた方に入り口を知られた時点で、いさぎよあきらめるべきなのでしょう」


 昨夜は突然押しかけて来たフミオとトンランを、サファネとイクラスは賓客ひんきゃくとしてもてなしてくれた。晩餐、と呼べるほど豪華なものとはいえないが夕食を共にし、レヴィニア王国について語ってくれた。トンランが国際航空迎撃センターの防御士シールダーであると知ると、サファネはワルプルギスについても質問してきた。このような状況下になければ、本当にただレヴィニアの王族を訪ねて来た旅人と相対しているという雰囲気だった。


「とんでもありません。あの、余計なことをして引っ掻き回しているみたいで、本当に、申し訳ないです」


 ぺこんとトンランが頭を下げると、イクラスは初めてそちらの方に身体を向けて。


「レヴィニアで起きている不祥事をお詫びするのはこちらの方ですわ。私は貴女あなたのファンなんですよ、トンラン・マイ・リン――『ブリアレオス』の英雄」


 明るく微笑んで少しはしゃいだイクラスの声色は、子供みたいに無邪気だった。



「イスナ・アシャラは自らの死を持って母星ははぼしの歴史に魔女の罪を刻み付けようとした。その気持ちが、今の私には痛いほどよく判ります」


 絶対に忘れさせてなるものか。イスナの怒りと悲しみは、隕石と共に母星ははぼしに住む全員に向けられた。たとえ自身がそのまま滅びようとも、自分とその姉妹が受けた苦しみを風化させはしない。復讐の鬼と化したワルキューレを止めたのは、ワルプルギスの魔女たちだった。


「その訴えを受けて、ワルプルギスは変わりました。国際同盟も、極北連邦ファーノースも。レヴィニアも。母星ははぼしに生きる者たちは、あの日空から落ちようとする『ブリアレオス』を見て、何かを感じ取ったのです」


 魔女たちは己の過ちを認めた。ワルキューレもまた、魔女との対話の道を選んだ。世界は少しだけ優しくなった。大きなうねりは、魔女を中心とした歴史の流れを作り出している。ヴァルハラと手を結んで勢力を増したワルプルギスは、これから国際同盟の中で発言力を強めていくだろう。

 その時人類は……国際同盟は、どのような対応を取ることが求められるのか。


「人類もまた、一つの秩序にまとまっていく時期が近付いてきていると感じます。それはワルキューレに導かれる未来ではなくて――人が自らの手で切りひらいていく未来なのでしょう」


 レヴィニアをはじめとするワルキューレ信奉国家群は、新しい世界の在り方についていけていなかった。極北連邦ファーノースが単純な侵略者であるのなら、それを打ち倒すだけで良かった。今はそうなのか。ワルキューレが果たすべき役割とは、王国を滅ぼそうとする外敵を追い払うことなのか。

 ではその『外敵』とは何だ? それは本当に『外』なのか? 『敵』なのか?


「レヴィニア王国は、過去なのです。そのことを、サファネももうずっと前から承知しておりました。王国を守護するワルキューレは、王国と共にこの墳墓にてほうむられる定め。私はそれを、受け入れる覚悟を決めました」


 この国は、サファネの国。いや、サファネの国だった。レヴィニア解放軍の存在と、その勝利が全ての答えを物語っている。人々は心のどこかで、ワルキューレから自由になることを望んでいた。

 ワルキューレの時代は終わった。人の判断が常に正しいとは限らなくても、魔女とワルキューレはその行く末を遠くから見守るべき段階に達しつつある。人類が本当にどうしようもない袋小路に入りそうになった場合にだけ、黙って駆け付けてそっと手を引いてやれば良い。



 それこそが、魔女の世紀――人類がワルキューレの揺りかごから脱する時だった。



「トンランさんは、サクラヅカさんとはどれくらいのお付き合いなんですか?」

「えっ、フミオさん、ですか?」


 突然話題を振られて、トンランは赤面した。年下のはずのイクラスに、すっかりもてあそばれている。二人の関係については、おおやけには発表はしていなかった。ワルプルギスで一緒にいるとよく冷やかされたが、それはそのままにしておいた。いちいち説明するよりも、既成事実化しておいてくれた方が話が早いからだ。


「三年と、少しです。すっかり仕事の相棒パートナーですけどね」


 フミオがワルプルギスを去った後で、トンランはもう二度とフミオとは会えないものだと考えていた。星を追う者(スターチェイサー)の記事を書くのに必要な取材は終えたし、フミオはヤポニアの魔女であるサトミに夢中だった。きっとそのまま、ヤポニアに帰ってしまうのだろう。数か月の短い間、トンランのホウキに無理矢理相乗り(タンデム)してきた失礼な新聞記者。そうやって思い出に押し込んで、忘れようと努力したこともあった。

 それがあっさりとワルプルギスに戻ってきた挙句に、トンランを護衛として指名してきた。都合の良い現地妻だとでも思っているのか。半ば憤慨して再会したところで、フミオはトンランの手を取った。


「『ワルプルギス以外に行くところがいっぱいあるから、常についてきてくれないと困る』って。なんだそりゃ、ですよ」


 いくら魔女、国際航空迎撃センターに所属する防御士シールダーとは言っても、年頃の女の子だ。それを母星ははぼし中を取材名目で引きずり回すというのは、倫理的にどうなのか。トンランはフミオに小一時間説教して、それから――同行を承諾した。


「大事にしないと、すぐに契約解消だって条件で。だから契約の書類も書いてないし、指輪もありません。フミオさんには、一生かけて誠意を見せてもらいます」


 仮にどこかで落ち着いて、取材旅行を一年ほど休むことになったのなら。その時初めて正式な契約を結ぶ。その方が自由が利くと思って提案したのに、フミオはすこぶる不満そうだった。ちゃんと色々と悩んだ末に、ワルプルギスまで迎えに来たのに、とか何とか。勝手な意見もはなはだしい。トンランの気持ちを一方的に忖度そんたくされても、フミオのご期待になんか沿ってやるつもりは毛頭なかった。


「素敵な関係ですね」

「どうでしょう? 個人的にはもうちょっとロマンチックなのが好みでした」


 フミオが言わんとしていることは、トンランにも判っていた。だったら尚更、はっきりとそう口にするべきだ。極大期を挟んで三年の月日を共に過ごしてきて、フミオから改まった話を聞かされたことは一度もなかった。


「マチャイオ紛争も落ち着いてきたし、その内いってみようってことになっているので、そこ次第ですかね」


 トンランの故郷である南国マチャイオを舞台とした第三国同士の資源開発競争は、収束の目途が立ち始めていた。避難していた魔女たちの帰還も始まっている。マチャイオ解放キャンペーンの火付け役をになったフミオも、現地入りして取材をおこないたい旨をヤポニア新報本社に打診しているところだった。


「……あっと、すいません。個人的なことばかり」


 トンランは慌てて口をつぐんだ。フミオのこととなると、どうにも愚痴が止まらなくなる。サトミに言わせれば惚気のろけなのだそうだ。どちらでも大差はない。聞いてる方が大迷惑なのは同じことだった。


「いいえ。興味深いお話でした」


 イクラスは眼を閉じて何事かを思案した後、砂嵐の方に視線を向けた。その先には、レヴィニア解放軍の駐屯地がある。ワルプルギスから派遣されてきた戦闘士グラディエーター、エイラ・リバードもそこにいる。後丸一日も経たない内に、イクラスはエイラと戦い――


 恐らくはどちらかの、最悪の場合は両方の命が散ることになる。



「トンランさん、お願いがあります」



 イクラスの言葉は、ついさっきまでのレヴィニアを守護するワルキューレのそれとは、ほんの少しばかり違っていた。


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