私とあなたの生きる場所(4)
午前中の取材活動で、ある程度の証言を揃えることは出来た。革命に賛成する声が多数あったのは、正直意外だった。レヴィニアの外、特に国際同盟加盟国と付き合いのある商人たちは、時代の流れのようなものを敏感に感じ取っているのかもしれない。それが正しい方向なのかどうかはさておいて、だ。
レヴィニア解放軍への評判も、想像していたほどには悪くはなかった。ここに来るまでは、極北連邦による間接的侵略行為であると信じて疑わなかったのに。カディケイヤの街は平和そのものだ。街のあちこちにレヴィニア解放軍の兵士たちが立っていて、警察行為をおこなっている。極北連邦兵らしき者たちは押し並べて規律正しく、地元出身と思しき兵たちは明るく子供たちと談笑していた。
兵たちから話を聞きたければ、駐屯地でやったのと同じ手段が有効だった。どんな時代にあっても、人間はその欲望に打ち勝つことは出来ない。列強諸国で流行っている煙草数本で、ほとんどの兵は何でも気持ちよくしゃべってくれた。
後は星を追う者たちのブロマイドだ。その存在は知っていても、ワルキューレ信奉国ではワルプルギスの魔女に関する物品はご禁制であった。こちらはレヴィニアの兵たちを中心に、人気の贈り物となった。
極北連邦の兵たちは、出征にあたってかなり厳しく指導を受けたとのことだった。ただでさえ今の世の中は、国家間の侵略行為に対して風当たりが強い。特に極北連邦は抗魔術加工の流出のせいで、黒いイメージが付きまとってしまっている。ここでレヴィニア住民への不当な弾圧などを起こしてしまえば、国際同盟からの離脱すら発生しかねない重大なインシデントだった。
それでもレヴィニア解放軍としてこの地に侵攻したのは、化石燃料の価格安定が目的だとのことだった。化石燃料産出国家群は、そのほとんどがワルキューレ信奉国だ。国際同盟の諸国は、第三国経由など様々なルートで化石燃料を輸入している。足元を見てくる闇商人たちのせいで、その単価は上がっていく一方だった。
「レヴィニア内部の近代化を望む声に呼応して、今回の作戦は立案、遂行された」
「革命政府が樹立された今、外人部隊の主な仕事は治安の維持のみとなっている」
とは言いつつも、レヴィニア解放軍は逃亡している王族の生き残りとそれを守護するワルキューレを追撃しているではないか。その話をしてみると、極北連邦の兵たちは揃って面倒臭そうな顔をした。
「それはレヴィニア側の事情だ。こっちとしては、これ以上無駄な犠牲は出したくない」
高度な装備を持っている以上、外人部隊が戦線の前に立つことは避けられない。ワルキューレが相手となれば、抗魔術加工が施された武器で応戦する。そのための戦力として投入されたのだから、戦闘をおこなうこと自体はやぶさかではない。
ただ、これはあくまで『レヴィニア』の革命であり、『レヴィニアという国』での出来事であった。
「現場は全てレヴィニア解放軍の指示で動いている。我々は極北連邦軍ではなく、レヴィニア解放軍外人部隊なのだよ。おわかり?」
極北連邦製の煙草を美味そうにぷかぷかとふかしながらそう語った兵士は、トンランのファンだということだった。握手して、サインまでもらってご満悦だった。別れ際には、「レヴィニアと、祖国のために」と敬礼と共に見送ってくれた。彼は彼なりの信念を持って戦っている。それが判って、とても有意義なインタビューだった。
昼過ぎに、トンランがラリッサと定時連絡を取って驚くべき情報をもたらしてくれた。レヴィニアの王族でるソミア王女が、ヴァルハラに亡命した。サファネ王子は未だにレヴィニア国内に留まっている。イクラスとの戦闘でエイラが負傷し、ファフニルは一時撤退を余儀なくされた。
最初はトンランの提案通り、駐屯地に戻るつもりでいた。ファフニルのメンバーには色々と世話になっているし、トンランが役に立てることもあるだろうからだ。
だが結果から言うと、そうはしなかった。
個人的に、どうしても引っかかることがあったからだ。レヴィニア解放軍は、王の墳墓を包囲して厳重な監視下に置いていたはずだった。それなのにイクラスだけならともかく、ソミア王女はどうやって抜け出せたのだろうか。
魔術を使った。それはとても便利な言葉だと思う。何か不可解な出来事があったとしても、その一言で何もかもを説明出来た気分になってしまう。思考停止を招く恐ろしい表現だ。自身への戒めとして、今後はなるべくその魔法の言葉は使わない方向で進めていきたい。
トンランに頼んで、プレリツィの街に飛んでもらった。サマルディンからはそれなりに離れてはいるが、王の墳墓からはどちらも等距離といったところだ。プレリツィは静かな田舎町で、到着した時にはソミア王女の亡命騒ぎはそこまで大きくなっていなかった。サマルディンに現れたイクラスの方が、より重要な問題であるらしい。話に聞いていた陽動作戦は、しっかりと機能していた。
プレリツィから王の墳墓方面に移動しつつ、情報を集めて回った。今度は兵たちではなく、井戸の周りに集まっているような現地の住民たちだ。こちらは余所者に対しては、そう簡単には口を開いてくれそうにない。ただ何かを隠しているという雰囲気はひしひしと感じられたので、一計を案じることにした。
「ヴァルハラから、執行者が査察に訪れるらしい」
こんな噂を、トンランと共にそこかしこで吹聴して回った。理由については、その時々でまちまちな内容を付けておいた。ワルキューレに関する話題は、レヴィニアの民には効果が覿面だった。それを始めたのはせいぜい数時間前のことだというのに、次の集落に移動した際にはもう噂の方に追い抜かれていた。
日没辺りまで待つ必要があるかとも予想していたが、動きが生じるのは早かった。日付が変わるまでというトンランとの賭けには、無事勝利した。トンランは悔しそうに「まだ判らない」などとうそぶいていたが、砂漠のど真ん中に向かって人目を憚るようにして早馬が出されるなんて、どう考えても怪しすぎるだろう。
トンランのホウキに乗って、光学迷彩で隠れつつ追跡する。こんな時でなければ、夜の砂漠に浮かぶフダラクとボダラクはとても綺麗で、もう少しそうしていたいとも思わせるものだった。
未公開の手記より
フミオ・サクラヅカ
ソミアがいなくなると、それだけで部屋の中は凍り付いたように静かになった。小さな身体で、ソミアはいつだってイクラスとサファネを励ましてくれていた。ソミア自身だって、どれだけつらい現実を目の当たりにしてきたことか。涙一つ見せずに気丈に振舞っていたソミアは、最後まで立派なレヴィニアの王族の一人だった。
……それも、もう過去の話だ。サファネは深く息を吐いた。ソミアには、ヴァルハラに保護された後は静かに暮らすようにと言い含めておいた。周囲に何をそそのかされたとしても、亡命政府などと大それたことを考える必要はない。そんな奴らは、ソミアの肩書を利用して甘い汁を吸おうとしているだけだ。
レヴィニアの王族は、ここで途絶える。その運命を認めて、レヴィニアから離れるんだ。
「――サファネ?」
イクラスが目を覚まして、ベッドから起き上がった。銃で撃たれて帰って来た姿を見て、サファネは我を失いそうになった。どうやら被弾したのは抗魔術加工ではなく、通常の弾丸だった。いずれにせよイクラスがこんな傷を負わされるなんて、ただごとではない。相手がワルプルギスの戦闘士だと聞いて、サファネは大いに納得した。
戦闘士は、ワルキューレを倒すために存在する魔女だ。イクラスがどれだけ優れたワルキューレであったとしても、正面から戦って無傷でいられるはずがない。治療に必要なマナを補充するため、イクラスはすぐにベッドに倒れ込んでしまった。サファネに出来ることは、ただじっと見守っている以外には何もなかった。
「おはよう、イクラス。ソミアは無事にヴァルハラの城――コリドールに辿り着けたのかな」
「はい。それは確認しました。報告が遅れてしまいましたね」
砂嵐に囲まれた王の墳墓では、外界の情報はほとんど窺い知れなかった。レヴィニア国内の様子を見てくるのは、イクラスの役目だ。他には、善意で活動してくれている情報提供者たちがいる。ソミアの亡命に関してはあれこれと憶測が飛び交っていて、正確な情報を得ることが困難な状況だった。
二人の他には誰もいない埃臭い部屋の中で、テーブルの上にある果物だけが瑞々しい。イクラスはベッドから離れると、そこに積まれた一つを手に取った。
マナが不足している。マナの補充には食事を摂るのが最も望ましい行為だが――これもまた、レヴィニアの民による献上品だ。軽々しい気持ちで食して良いものではない。イクラスは眼を閉じて、口の中で感謝の言葉を呟いてから甘い果肉を咀嚼した。
「どのくらい眠っていましたか?」
「半日、というところかな。今は夜だ。砂嵐はまだもっている。兵たちは頑なに残ると言って聞かないから、もうそのままにしておくことにした」
「王国と命を共にしたいというのであれば、そのようにさせてあげましょう」
妻子や恋人、養わなければならない家族がいる者たちは最初に故郷へと帰していた。こんなところで、未来のない王国のために命を捨てるものではない。新しい時代が到来するのというのであれば、己がその波から守るべきと判じた者のところに参じるべきだ。数だけならレヴィニア解放軍にも充分に対抗可能な軍勢が揃えられただろうが、サファネはその事実に何ら意義を感じなかった。
「レヴィニアの様子はどうだった? 民の暮らしぶりは?」
「混乱もある様子ですが、総じて秩序は保たれております。レヴィニア解放軍による暴挙もほとんど聞きません。地方ではまだ、王国派による抵抗が続いているようです」
「……王族が生き残って、国内で踏ん張っているから、か。そんな意図はないのだがな」
サファネがここにいるのは、解放軍と戦う旗印になるためではなかった。ここが、サファネの国だからだ。レヴィニアの王族が、レヴィニアに居なくてどうするのか。どんな理由があっても、サファネはレヴィニアの王族として生まれ、育てられてきた者だ。王国を代表して最後まで戦い抜き、そして。
王国と共に消えていくのが、歴史の必然だった。
「時代は国際同盟と魔女の方に向かっている。そこで流される血は、少なければ少ない程良い。ただ、我とてそう大人しくこの首を捧げてやるつもりはない」
なんともワガママな王族だ。それだからこそ、付き合わされる人数は限られている方がよろしかろう。サファネの考えでは、捧げられる生贄はイクラスとサファネの二人だけで十分だった。
王の墳墓にこもり、レヴィニア解放軍に紛れた国際同盟の外人どもを滅多斬りにして。
かつてここに、レヴィニア王国というワルキューレを信じる国があったのだと世界の歴史に刻み込む。サファネの願いは、それだけだった。
「サファネ」
イクラスの掌が、サファネを現実へと引き戻した。白く繊細な指先が、サファネの手の甲に触れている。黄金色の瞳が、息がかかりそうな程すぐ近くで見つめていた。
「レヴィニアのために、私は出来る限りのことをします。私が守ると決めた、レヴィニア王国のために」
サファネの心を、イクラスの言葉が刺し貫いた。サファネの望む未来が訪れれば、イクラスは死んでしまう。今日だって戦闘士と戦って、殺されるところだった。判っている。サファネはイクラスに対して――自らと共に死ねと命じているのと同じだった。
「イクラス、我は……僕は……」
「大丈夫です。私もサファネと同じ考えを持っています。怖いのも一緒」
サファネが逃げれば、レヴィニアはどうなってしまうのか。王国派と解放派の分裂など、レヴィニアにとっては何一つ得にならない。名前だけの王族に、何の価値があろうか。今のサファネに出来るのは、過去のレヴィニアが決して弱くはなかったという事実を内外に示すこと。
そしてそれ以上に、『今』のレヴィニアが盤石であるという現実を世間に知らしめることだった。
あれだけ強かったイクラスが――レヴィニアの王家が敗れた。レヴィニアという国から消えた。
それを目の当たりにすれば、王国派とやらの幻想もいい加減に打ち破られよう。これは儀式だ。一つの時代が終わり、新たな時代が幕を開けるのにどうしても必要な手続きだった。
「失礼します、お休み中のところ申し訳ありません」
ドアがノックされた。何かあったのか。サファネが立ち上がると、イクラスの表情が引き締まった。どうやら、イクラスにはその原因が感じ取れたらしい。サファネがドアを開けると、敬礼した衛兵の後ろに二人ほど見慣れない者たちが並んでいた。
「どうかしたのか?」
「はっ、この者たちが隠し通路から出てまいりました。一人は新聞記者で、一人はワルプルギスの魔女を名乗っております」
ワルプルギスの――魔女だって?
サファネは我が耳を疑った。魔女がどうして、この王の墳墓への抜け道を知っているのか。そしてここに何の用があってやってきて、堂々とその素性まで明かしたのか。
サファネの隣に、イクラスが進み出た。サファネに害をなす者であれば、王家を守護するワルキューレが容赦はしない。その姿を目にすると、不審な二人はその場に跪いて恭しく一礼してみせた。
「夜分にご無礼をお許しください。自分はヤポニアのジャーナリストで、フミオ・サクラヅカと申します。この者は自分の護衛で、防御士のトンラン・マイ・リン。こちらには取材で訪れました。それ以上の他意はございません」
まるで台本を読み上げるみたいなフミオの口上に、イクラスは軽く鼻で笑って応えた。




