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Gladiator 魔女の世紀  作者: NES
第3章 砂の虚人
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砂の虚人(3)

 レヴィニア解放軍の駐屯地は、丁度広大な砂漠の入り口にあたる部分に設営されていた。もともと王国軍の時代からの、砂漠での演習に用いられる軍事基地だ。化石燃料を動力源にする戦闘用車両に混じって、トンランは細い骨組みだけみたいな構造の奇妙な機体があることに気が付いた。


「フミオさん、あれ」

「ああ、飛行機械だ。間違いない」


 地上に降りてからでは、撮影に難癖が付けられそうだ。フミオはファフニルが基地の上空にいるうちに、急いで数枚のフィルムにその姿を収めておいた。


「飛行機械?」


 いぶかしげに、ディノも窓から外を見下ろした。確かに、あまり目にしない機械だ。フミオはカメラを持って、暗幕を吊るした仮眠ベッドの中に滑り込んだ。そこは簡易暗室にさせてもらっていた。飛行機械を撮影したフィルムは、没収されてしまわないようにさっさと交換して隠しておいた方が無難だ。現在の母星ははぼしいて、飛行機械はそれだけの重要軍事機密に属する存在だった。


「あれが空を飛ぶのか?」

「魔女がホウキで浮いたり、重力を制御したりするのとはだいぶ違う。翼で風を受けて、揚力ようりょくで飛ぶ仕組みだ」


 フミオは以前、極北連邦ファーノースで飛行機械の取材をしたことがあった。そこで技術者の説明を聞くまでは、金属の塊が宙を舞うという話にはどうにも納得がいかなかった。何かトリックでもあるのか、どこかで魔女が遠隔操作しているのだろう。そのくらいの軽い気持ちで取材に臨んでいた。

 ところが、飛行機械は実際にフミオの目の前で激しいエンジン音と共に空を飛んでみせた。フミオは思わず歓声を上げてしまっていた。隣で一緒に見ていたトンランも、驚きで開いた口が塞がらなかった。

 滑走路を使用した加速とか、魔女の操る空船そらぶねに比べれば面倒な手続きは数多く存在する。操縦するにはかなりの訓練が必要で、安全性だってまだまだこれからだ。改善していかねばならない点は、この先いくらでもあった。

 しかし、それでも人間は科学の力のみで、魔力なしに空の道へと辿り着くことに成功したのだ。これは人類のとてつもない進歩であり、画期的な新発明だった。


「あの羽根が、ばたばたって羽ばたくの?」

「いや、そうは動かない。動力は化石燃料で、あのプロペラって部品を回して推力にするんだ」


 エイラも興味津々(しんしん)という様子だった。魔女やワルキューレたちは、魔力を込めた道具を生成することが出来る。それは使うだけなのであれば、普通の人間にも扱うことが可能だ。その代わり、魔力を持つ者以外にはメンテナンスは無理となっている。結局どう転んでも、魔女製のものは魔女の手から離れる訳にはいかなかった。

 それが、いよいよ魔術不在の機械たちが台頭してきた。空の航行に関しては、まだまだ空船そらぶねが現役から退しりぞくことは当分の間はないだろうが。未来永劫、ということはなくなったのかもしれない。世界は徐々に、新しい顔を見せ始めてきていた。


「……問題は、なんでここに飛行機械があるのか、ってことだ」


 ワルキューレ信奉国であるレヴィニアにとって、空はワルキューレたちが飛ぶ神聖な領域だった。極大期の隕石対応でも、魔女がレヴィニアの領空に入る際には事前の厳しい審査が必要なくらいだ。

 そこに人間の手による飛行機械が持ち込まれて飛び回るなど、普通に考えれば許されるはずがない。


「エンブレムは隠されているけど、間違いなく極北連邦ファーノース製の奴だな」


 飛行機械の技術は、母星ははぼしでも最新鋭のものだった。更にそれを実戦に配備出来る程の国力を持つ国となると、数えるくらいしかない。加えてあの飛行機械の外観は、フミオが極北連邦ファーノースで見たものと瓜二つだった。


「戦闘車両の方も、ありゃあ装甲に抗魔術加工アンチマジックほどこされてるね」


 戦闘士グラディエーターであるエイラの眼は、しっかりとそれを見抜いていた。闇ルートからの購入が可能になった抗魔術加工アンチマジックだが、国際同盟の外にあるレヴィニアではせいぜい銃弾ぐらいしか手に入れようがないはずだった。あそこに並んでいる全部の戦闘車両をコーティングするだけの分量と技術となれば、極北連邦ファーノースの本国ぐらいでなければ工面は難しいだろう。


「ここはもう、半分以上が極北連邦ファーノースの軍事基地なのか」


 レヴィニアの軍事革命は、国際同盟が後ろで糸を引いている。判っていたこととはいえ、それを目の前に突き付けられるのはいささかやるせなかった。ファフニルは地上から誘導されて、駐屯地の隅っこに着陸させられた。飛行機械や戦闘車両からだいぶ離れた位置だ。隠しておきたいという意図があったのであれば、少々手遅れであったことは否めない。

 エイラがファフニルの外に降りると、まず感じたのは砂の混じった風だった。砂と岩の国、レヴィニア。この厳しい大地に生きる民を、ワルキューレたちは導いてきた。強い日差しの下で、人々と共にたくましく歩いた。それに対して今、レヴィニアの民は銃を向けている。エイラはその手助けをして、この国をどうしたいのだろうか。


「国際航空迎撃センターの戦闘士グラディエーター殿、ご苦労様です!」


 砂塗れの軍服を着た若い兵士が、駆け寄ってきて敬礼した。エイラは敬礼を返すと、ちらりと周囲に目線を走らせた。そこかしこから、攻撃的な意思を含んだ注意が向けられているのが判る。ワルキューレをあがめていた国の地に、魔女が――それも戦闘士グラディエーターが立っているのだ。古くからここにいる者たちからしてみれば、異常極まりない光景であるに違いなかった。


「補給を頼めるか? 通常の化石燃料と、水だ。それから、基地司令に挨拶がしたい」

「はっ、ただちに」


 兵士が合図すると、数名の男たちがようやく姿を現した。エイラの方をなるべく見ないようにしながら、ファフニルの補給作業を開始する。中からラリッサとディノが顔を出して、うわっと声を上げずに驚いていた。別に噛みつくつもりもないし、そこまでおっかなびっくりでなくても良いだろうに。仕事さえきちんとこなしてくれるのであれば、それでエイラには文句はなかった。


「あの……」


 ファフニルの整備について指示を出そうとしたエイラに、一人の兵士がぼそりと声をかけてきた。何やら言いにくそうに、もごもごと口だけを動かしている。階級章から察するに、まだ新兵のようだった。


「ん? なんだ?」


 威圧しても仕方がない。エイラはなるべく優しく訊き返した。この兵士は恐らく、レヴィニアで育ったのだろう。ここでは魔女は本来、お呼びでない存在だ。上目遣いになりながら、兵士はエイラにしどろもどろに質問した。


「イクラス様……イクラス・レリエはどうなったのでしょうか?」


 イクラスはこの国を守護するワルキューレの一人だった。その消息を気にするのは、レヴィニアの民なら当然のことだ。エイラは眼を閉じると、砂嵐の中に垣間見たイクラスの姿を思い返してみた。

 黄金きん色に輝くその瞳には、一点の曇りもなかった。レヴィニアにあだなす者には、一切の慈悲を与えぬという強い意志の表れ。イクラスは今この瞬間であっても、まごうことなきレヴィニアの守護者だった。


「さっきはここの兵たちを逃がすのに、ちょっとぶつかっただけだ。今回はお互い、様子見で終わった。なかなか強そうだし、そう簡単には決着は付けられそうにないよ」

「そうですか」


 兵士の漏らした「良かった」という小さなつぶやきを、エイラは聞き逃さなかった。レヴィニアのワルキューレは、たとえその王国を失ったとしても国民たちに愛され続けている。ワルプルギスの魔女なんかに、早々やられてしまうはずなどない。兵士がはっとしてエイラの顔を見て、慌てて気を付けの姿勢で固まった。エイラは気にせず、ひらひらと手を振ってファフニルの方に向き直った。




 基地司令のジャコース将軍は、エイラがイクラスとの戦闘を中断して撤退してきたことを強く非難した。革命は成功したが、現在は小康状態にあるに過ぎない。王族派が反転攻勢に出てくる前に、一刻も早く王族の生き残りとそれを護衛するワルキューレを始末してしまわなければならなかった。


 王宮から脱出したのは、第一王子のサファネ・レヴィニアとその妹ソミア・レヴィニア。手引きをしたのはイクラス・レリエ。

 イクラスは国際同盟と対抗するために外部から貰われてきた、強力なワルキューレだということだった。イクラスが強い魔力を所持しているというのは、実際に一戦(まじ)えたエイラにはよく判っていた。あれと真正面からやり合っては、いかに戦闘士グラディエーターとはいえ無事には済まされない。


「奴らは砂漠の中にある、王の墳墓に逃げ込んでいる」


 王の墳墓は、レヴィニアの古い遺跡だった。歴代のレヴィニア王家の者たちが眠る墓所であり。王族以外の立ち入りは禁止されていた。毎年この時期には砂漠に砂嵐が居座って、ただでさえ辿り着くのが困難な場所であるとのことだった。


「おまけに、奴らは太古の防衛設備を起動させた」


 レヴィニアの歴史は、常に安泰あんたいであった訳ではない。異民族や他のワルキューレ勢力との戦いにいて、劣勢におちいることもあった。

 そんな時に、王の墳墓は国民たちが避難し、身を寄せる場所として機能していた。防衛機構として、魔力を持った砂嵐が王の墳墓をすっぽりと覆い隠すようにして荒れ狂う。伝承によれば、これは一週間は続くものであると記録されていた。

 この凄まじい風と砂では、飛行機械はてんで役に立たなかった。無理に飛ばして墜落することになれば、一機当たりどれだけの損失額になるのか見当もつかない。それならと戦闘車両を突っ込ませても、砂の渦に沈められてしまえば抗魔術加工アンチマジックなんて屁の役にも立たなかった。


「イクラスとの会敵は千載一遇のチャンスであった。ここであのワルキューレめにダメージを与えておけば、今後の作戦も大いに進めやすくなっていたはずなのに」


 などと息を巻いて主張されても、エイラにはどうしようもなかった。あの状況では、敗走しているレヴィニア解放軍の兵士たちの救出が最優先だった。イクラスほど強力な相手に、偶発的な遭遇戦で勝利出来るなどとエイラも自惚うぬぼれてはいない。その力量を正確に見据えた上で、戦闘の継続は不利であると判断していた。


「レヴィニアのワルキューレは手強い。こちらとしても万全の態勢で当たらなければ、確実な排除をおこなうのは困難だ」


 ジャコース将軍からしてみれば、戦闘士グラディエーターさえ派遣されてくれば、さっくりサクサクと解決してくれるぐらいに甘く考えていたのだろう。それはちょっとばかり、戦闘士グラディエーターのことを買いかぶり過ぎだった。

 確かに戦闘士グラディエーターは、魔女やワルキューレとの戦いを想定した特殊な教練を受けている。そんじょそこらのワルキューレごときには、後れを取るつもりはない。

 しかし今回の相手は戦闘士グラディエーターと同程度か、もしくはそれを上回る実戦の専門家エキスパートだった。カウハ・レリエは抗魔術加工アンチマジックを使った不意打ちでなんとかなったかもしれないが、二度目は通用しない。しかも完全に守りに入ってしまったとなれば、そう易々とは崩させてはもらえないだろう。


 軍議という名の水掛け論は延々と続けられ、エイラが解放されたのはすっかり夜が更けてからのことだった。



「お疲れ様、エイラ」

「並のお疲れじゃないよ。あの将軍、極北連邦ファーノースからいくら貰ってるんだよ」


 目の前に置かれたコーヒーを、エイラは有り難そうに一口(すす)った。砂漠の夜は寒い。服のあちこちに入り込んだ砂が、じゃりじゃりとこすれて気持ちが悪い。水が貴重だと頭では理解出来ていても、すぐにシャワーを浴びたくなる。とはいえそのための水の生成とか、あまり余計なことにマナを消費する訳にもいかない。今はラリッサの淹れてくれた、熱いコーヒーで我慢するしかなかった。


「サクラヅカさんとトンランちゃんは?」

「情報収集だとさ。変なボロを出さなきゃいいがな」


 エイラの防護服の整備をしながら、ディノは顔も上げずに応えた。フミオには国際航空迎撃センターの制服を着せて、記録係であると言っておいた。まさか、馬鹿正直に「ヤポニア新報の新聞記者です」などとは名乗れるはずもない。最近は戦闘士グラディエーターの仕事にも、証拠エビデンスがどうのこうの。だいぶ苦しい言い逃れだとは思ったが、当の本人はまるで意に介さずに基地の中を歩き回っているらしい。大した度胸だ。そうでなければ、ジャーナリストは務まらないのか。


 基地の中にも、食堂や休憩のための施設はある。エイラたちファフニルの乗員も、自由に使えるように手配はしてもらっていた。ただ、そこで本当に休めるのかと問われれば、それは別問題だ。元ワルキューレ信奉国の国民たちに、明らかに極北連邦ファーノースから来ているであろう外人部隊の面々。その微妙な空気の中での好奇の視線に耐えられず、結局エイラたちはファフニルの船内に落ち着いていた。


「判っていたこととはいえ――手放しで歓迎って雰囲気じゃないよね」


 エイラは遠い目をすると、ぽつりとぼやいた。レヴィニアの国民たちは、ずっとワルキューレを信じてきた。見ている限り、この国の革命は全ての国民の意志を代表しておこなわれたものではない。ジャコース将軍がイクラスとレヴィニア王族の討伐を急ぐのは、判る気がした。この国は今、自らの選んだ道を認めるかどうかで、大きく揺らいでいる真っ只中にあった。過去をかえりみる暇を与えず、さっさと退路をなくしてしまおうとの意図が働いている。


極北連邦ファーノースの連中は俺らに顔を見られるのが嫌らしいな。割と今更感はあるけど」


 飛行機械や戦闘車両は、整備に関しても専門的な知識や技術が要求される。この基地には、相当数の極北連邦ファーノースの軍人や技術者たちが駐留していると思われた。彼らはここで、後ろ暗いことをしているという自覚はあるのだろう。或いはそういう指示でも受けているのか。ファフニルの乗員たちに対してこそこそとしていて、逆に目立って居心地が悪い。むしろ開き直っていてくれた方がまだマシだった。


「それが、なかなかに複雑な事情があるみたいなんだな。レヴィニア解放軍にも、イクラス・レリエにも」

「ああ、おかえり二人とも」


 声のした方に目をやると、似合わない制服姿のフミオがトンランと共にファフニルに帰ってきたところだった。結局この狭い船の中に、五人で寝泊まりをするのか。三人でも狭く感じることがあるというのに。ディノは作業の手を止めると、今日の寝床をどこに確保するのかについて思考を巡らせ始めた。


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