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Gladiator 魔女の世紀  作者: NES
第2章 ヴァルハラの光輝
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ヴァルハラの光輝(5)

 国際航空迎撃センターに出勤して最初に喰らったのは、ラリッサの愚痴攻撃だった。「今夜は友達とケーキビュッフェに行く予定だったのに」と、かなりおかんむりだ。あまねく魔女たちは甘いものが大好き、というのがワルプルギスの常識だった。それを邪魔されたとあっては、怒るのも当然だといえよう。

 しかしそれを延々と耳元でがなり立てられるディノにとっては、たまったものではなかった。同じ魔女であるエイラも、今回ばかりは若干引き気味だった。ラリッサは昔から粘着質なところがある。きっとこの件についても、少女時代から連綿と書き継がれている恨みノートにみっちりと記載されるに違いなかった。

 ザッハトルテだミルクレープだシブーストだと。ケーキの種類を連呼するラリッサがようやく口をつぐんだのは、ブリーフィングルームのドアの前にまできてやっとのことだった。恐るべき執念だ。これは出発前にショートケーキの一つでも買ってやらなければ、作戦の遂行にまで支障があるかもしれない。


 うんざりとしながらブリーフィングルームに入ると、ディノは輪をかけてげんなりとした気分におちいった。なんてことだ。予言士フォーチュンテラーはディノの今日の運勢を、厄日だとでも告げていただろうか。


 まず目に入ったのは戦闘士グラデュエーターのリーダーである作戦総指揮官マスターコマンダー、ユジ・メンシャンの姿だった。すらりとした長身で、真っ直ぐな黒髪を一本の束に編み込んでいる。切れ長の細い目に睨まれると、気が弱い者ならそれだけで失神してしまうと言われている。エイラの師匠にもあたる人物で、ファフニルチームの作戦の通達はいつもユジから告げられることになっていた。

 ユジの隣には、金色の髪を肩の辺りで切り揃えた、妙齢の魔女が立っていた。鋭い碧眼は、ユジ以上の威圧感を伴っている。ディノは素早くかかとを打ち鳴らし、気を付けの姿勢を取ってから敬礼した。エイラとラリッサも、同時にその所作を完了させる。この国際航空迎撃センターにいて、彼女の顔と名前を知らない者はいない。


 国際航空迎撃センター迎撃司令官、ワルプルギスの魔女の頂点に立つ存在、ノエラ・ピケットだった。


「先の作戦完了からすぐで申し訳ない。緊急の案件だ。席に着きたまえ」


 ユジにうながされて、三人はいそいそと椅子に座った。先客の一人が、無遠慮にディノの方を覗き込んでくる。これはひょっとすると、そういうことか。二人組のうち、一人は男で一人は女だった。あのハンチング帽は嫌でも覚えている。女の方が「あまりじろじろ見ない」と小声でささやいて、男の頭を軽く小突いた。相変わらず仲のよろしいことで。


「作戦の説明の前に、今回の同行者を紹介しておく。既に面識はあるだろうが、ヤポニア新報の特派員記者フミオ・サクラヅカ氏とその護衛、防御士シールダーのトンラン・マイ・リンだ。ファフニルに同乗し、現地の状況を取材させてやってほしい」


 フミオとトンランが起立し、ぺこり、と頭を下げた。エイラの口が「おぉー」という形に開き、ラリッサはまだぶつぶつとケーキの名前をつぶやいている。なんだろうか、この地獄絵図は。夢ならさっさと醒めてほしい。ディノは全てをあきらめて、ゲスト二人に対して投げやりな敬礼で応えた。



 次の作戦の目標は、レヴィニアということだった。レヴィニアと言えば、古いワルキューレ信奉国の一つだ。化石燃料産出国でもあり、ヴァルハラへの大手出資者の一つでもある。中央大陸では国際同盟と国境が近いこともあって、あれこれといざこざの絶えない土地ではあった。


「レヴィニアでは先週軍事クーデターが発生して、政治的な混乱のさなかにある。王宮も首都も、現在ではレヴィニア解放軍によって完全に制圧されている」

「そうなんですか?」


 意外な話だった。ディノは思わず声を上げてしまった。レヴィニアはワルキューレによって守護されている国だ。国際同盟からの侵略に備えて、軍備の方も相当に力を入れていたはずだった。


「これは非公式な話だが――レヴィニア解放軍のバックには極北連邦ファーノースが付いている。抗魔術加工アンチマジックも含めた最新装備に、実戦部隊も投入しているとのことだ。これは国際同盟軍によるワルキューレ信奉国群に対する切り崩し作戦の、最初の一手であると見做みなすべきだろう」


 レヴィニア程の歴史ある大国が、さしたる理由もなく足元から引っ繰り返されるような事態が早々起こり得るはずもない。これはクーデターの名をかたった――立派な侵略行為だった。


「飛行機械を使用した電撃作戦によって、王宮内に特殊部隊が突入。反国王派の手引きもあって、レヴィニア国王と王妃はその場で射殺された。それと、レヴィニアを守護するワルキューレ、カウハ・レリエは自身がかけた魔術によって自爆――兵士数名を巻き込んで死亡した。政治中枢はそのままレヴィニア解放軍が掌握、臨時政府の樹立が宣言された」


 むごいことだ。レヴィニアに住む住民たちの意志は無視して、その頭の上で勝手な殺し合いが起きている。抗魔術加工アンチマジックが国際同盟内で対ワルキューレ兵器として開発されていることは、ワルプルギスでも知られていた。ただ、それが実際にこう使われるのだと見せつけられてしまうと、良い気分はしてこなかった。

 人類は自らの足で立てることを示すのに、ワルキューレの血を流さなければならないのだろうか。


「レヴィニアの国民は、それを納得して受け入れられるんですか?」


 当然の疑問だった。レヴィニア国内のことはワルキューレ信奉国ということもあって良くは知らなかったが、特に圧政を敷いているという噂も聞かない。化石燃料の売買を国際同盟諸国を相手にもおこなっていて、むしろ豊かで平和な国であるという印象だった。


「それが、レヴィニア内部の声は全く聞こえてこないんだ」


 ディノの問いに応えたのは、フミオだった。フミオはヤポニアの新聞社に勤めている新聞記者だ。普段は特派員として母星ははぼしの各地を飛び回って、魔女やワルキューレに関係する事件の情報収集に奔走していた。


「レヴィニア国内には戒厳令が敷かれている。国境も封鎖されて、一切の情報が出てこない。唯一判ったのが、ここの諜報室経由のリークだ」


 ワルプルギスには母星ははぼし中の国々が、隕石落着の情報を求めて大使館を置いている。国際同盟に加盟しているかいないかは関係ない。各国の安全保障にかかわる機密が、この一ヶ所に集中していることになる。国際航空迎撃センターの諜報室は、そういった裏事情を取り扱う魔窟のような部署だった。



「レヴィニアの王族が王宮から脱出して逃亡中。それをもう一人のワルキューレが護衛している」



 レヴィニアの革命は、外部によってもたらされたいつわりのものだ。仮に王族の生き残りが名乗りを上げて、新たな旗印になってしまえばどうなるか。レヴィニアは再び、ワルキューレ信奉国として蘇ってしまうかもしれない。レヴィニア解放軍は、血眼ちまなこになってその王族の行方を探していた。


「そして今朝、国際同盟から正式に戦闘士グラディエーターに対して出動要請が来ました。レヴィニア国内で戦争犯罪者をかくまっているワルキューレがいる。それを排除してもらいたい……だそうです」


 ノエラが鎮痛な声でそう述べた。戦争犯罪者というのは、すなわちレヴィニアの王族のことだろう。国際同盟からの要請とはなっているが、明らかに極北連邦ファーノースの肝入りだ。

 恐らくは、当初の計画ではレヴィニアの革命はとっくに完了している見積もりだった。それが王族の生き残りがいるということで、うまく政権をまとめられないでいる。事態を即座に収束させるべく、なりふり構わずにワルプルギスの魔女の手まで借りようというのか。

 なんてえげつない。ディノは悪態をこうとして、慌ててそれを引っ込めた。迎撃司令官殿の前で、それはあまりにも失礼が過ぎる。不愉快そうな素振りを見せたのは、ディノだけではなかった。その場にいる全員が、何らかの形で不満であることの意志を表明していた。


「……それで、あたしたちのミッションは?」


 それまで腕を組んで黙っていたエイラが、ユジに向かって質問した。最も大事な点は、そこだった。このブリーフィングルームの中では、建前の話はどうでも良い。

 ワルプルギスの戦闘士グラディエーター、エイラ・リバードはレヴィニアの地で何をするべきか。そこさえはっきりしていてもらえれば、それで十分だった。


「今回の件は、なかなかに複雑だ。ヴァルハラとも対応を協議中でな」


 国際同盟が絡んでいるとなると、ヴァルハラが表立って動くことは難しかった。今のヴァルハラは、可能な限り他の勢力と融和的な方向で動くことを当座の指針としている。下手へたにレヴィニア救済の名目で執行者フォルシュトレッカーを大挙して送り込めば、国際同盟に対する裏切りと判断されて、開戦の口実を与えることになりかねない。

 それに国際同盟は、対ワルキューレ戦力として戦闘士グラディエーターの出動を求めてきた。ワルプルギスと組んだヴァルハラが、どのような行動を取るのかは厳しく監視されているはずだった。ワルキューレたちはレヴィニアには大恩があるだろうが、ここは我慢のしどころだ。両者の話し合いの結果、まずは魔女の側で出来る限りのことを任されておく段取りとなった。


「ファフニルの諸君には、レヴィニア国内での情報収集活動にあたってもらいたい」


 そのための特派員記者か。ディノはようやく腑に落ちた。戦闘士グラディエーターの作戦に、無関係な一般人を同行させるなんて前代未聞だった。そこにはそれなりの理由がある。フミオは自慢のカメラを手に持つと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。


「俺はレヴィニアで実際に何が起きているのか、それを取材させてもらう。皆さん方には迷惑をかけないように、極力戦闘区域には近付かないつもりだ」



「記者さんは判ってないね」



 冷たく言い放つと、エイラはじろりとフミオを睨み付けた。エイラの言う通りだった。お祭り気分ではしゃがれてしまうと、後始末をするこちらが迷惑をこうむる羽目になる。ラリッサもすっかり白けたという顔でそっぽを向いていた。この記者は、戦闘士グラディエーターの仕事というものをまるで判っていない。


「あのね、これからいく場所は全部が戦闘区域なんだよ。戦闘士グラディエーターが派遣されるってのは、そういうこと」


 そこが戦場ではないのなら、そもそも戦闘士グラディエーターわれることなどない。道を踏み外した魔女やワルキューレによって生じた、死と隣り合わせの混沌の真っ只中。ファフニルとその乗員たちは、そんな修羅場を何度となく掻い潜ってきた。

 戦闘士グラディエーターの戦いには、常にそれだけの覚悟が要求される。ちょっと離れていれば大丈夫なんて――そんな甘い意識では、むざむざと殺されにいくのと同義だった。


「よく理解出来ているみたいだな、エイラ・リバード。では次の作戦では、自分からヘルメットを脱ぐなどして自らの生存確率を下げるような行為はげんつつしむように」


 師匠であるユジにかかれば、流石さすがのエイラも形無しだった。およよ、とずっこけてラリッサが失笑する。ヒパニスでの戦闘状況は、全て上司である作戦総指揮官マスターコマンダーユジに報告済みだった。その場の判断で勝手なことをされては困るのだということを、ディノはユジからも是非注意しておいてもらいたかった。

 誰だって、死なせる訳にはいかない。そのために、ディノはファフニルに乗り込んでいるのだ。


「フミオさんは、あたしが守ります!」


 それまでじっと大人しくしていたトンランが、突然立ち上がって大声で宣言した。一同の視線がトンランに集中する。一瞬(ひる)んだ様子だったが、トンランは負けじとエイラの方に向かって身を乗り出した。


抗魔術加工アンチマジックとの実戦経験だってあるんです。戦闘士グラディエーターの皆さんの足手まといにはならないつもりですから、よろしくお願いします」

防御士シールダーちゃんの心配はしていないよ。護衛の方は随分としっかりしてるみたいだね」


 エイラが思わず噴き出し、周りもそれにつられて笑い出した。トンランはワルプルギスでは有名な防御士シールダーだった。非公式ながらも星を追う者(スターチェイサー)に匹敵するワルキューレ、イスナ・アシャラの凶弾からそこにいるフミオを助けたという偉大な実績も持っている。その後も特務一番機(エクストラワン)としてサトミ・フジサキと共に出撃し、『ブリアレオス』の落着を見事阻止してみせた。確かヤポニアの政府から、名誉勲章も授与されていたと記憶している。

 そんなトンランが身を挺して守るというのだから、フミオのことは任せてしまって良いのかもしれなかった。これでまた、面倒な客どもを乗せることになるのか。既にディノの頭の中は、増員二人分を含めたこれからファフニルに積み込む食料やその他の物資のことで一杯だった。


「出発はいつです?」

「申し訳ないが、可能な限り早いに越したことはない。このブリーフィングの後に、補給作業と並行してラリッサ・シラーとはフライトプランの打ち合わせをおこなう」


 ケーキビュッフェは、当初の想定通りに絶望的だった。ラリッサがショックを受けて天を仰いで、続けてがっくりとうなだれる。ケーキが一個――いや、魔女が三人だから三個ばかりが必要か。ワルプルギスでは砂糖は希少品だ。経費で落ちれば良いが。


「……では以上だ。各員、ただちに出動準備にかかれ。解散ディスミス!」


 さて、忙しくなってきた。ファフニルのメンバーは起立すると、ユジに向かって敬礼した。客人の二人も、あたふたとそれにならう。ワルキューレを信じる国に、魔女の戦闘士グラディエーターが入るのは降臨歴史上初めてのことだ。冗談ではなく、周囲一帯は常に戦場であると認識するべき土地だった。

 ディノはちらり、とエイラの顔色をうかがってみた。エイラはいつもと変わらなかった。戦闘士グラディエーターとして、出来る限りのことをする。引き締まった表情は、そう物語っていた。


第2章 ヴァルハラの光輝 -了-

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