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Gladiator 魔女の世紀  作者: NES
第1章 変わりゆく世界
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変わりゆく世界(1)

挿絵(By みてみん)

 降臨歴一〇二八年の極大期を、母星ははぼしに住む者たちは大きな問題もなくやり過ごした。新たな星を追う者(スターチェイサー)の英雄、サトミ・フジサキはその才能をいかんなく発揮し、十を超える大型隕石の破砕処理を完遂した。後世に名を残す程の優秀な魔女を輩出することになったヤポニアの国民は、熱狂的な支持をもってそれに応えた。この年、国際航空迎撃センターへの寄付金額は過去の最高額を更新したという。

 ワルプルギスの魔女たちの素晴らしい活躍が、今回の極大期の隕石対応を成功に導いた最大の立役者であることには疑いはない。ただそれと同時に、筆者はこの母星ははぼしの上での魔女たちの立ち振舞いの変化もまた、少なからぬ影響を与えたのではないかと推察する。


 魔女とは、『魔女の真祖』から脈々と受け継がれてきた血族の力である。極大期に訪れる隕石の雨の原因と伝えられる兄弟星の崩壊の際、『魔女の真祖』はこの母星ははぼしに降り立った。『魔女の真祖』とその使徒たちは、当時およそ文明らしい文明を持たなかった母星ははぼしの民たちとまじわり、魔女の一族を作り出した。

 それ以来千年以上もの間、魔女たちは母星ははぼしとそこに住む者たちの命を隕石から守ってきた。長い長い歴史の中で、魔女たちは『魔女の真祖』から、ある共通した一つの遺志を受け継いできている。それは、『母星ははぼしとその民を繁栄させること』である。


 魔女たちは現在、統合された一つの組織の下に活動しているわけではない。魔女の勢力はそのイデオロギーによって、大きく二つに区分される。


 一つは母星ははぼしを隕石から守ることを第一義とし、人類の進化のいとなみに対する直接的な関与を良しとしないワルプルギスの魔女たちだ。こちらは国際同盟内の人道的救済機関、国際航空迎撃センターとして知られている。魔女は人間たちの戦争への介入を避け、人類の制定した国際同盟の条約に批准した行動を取る。彼女たちは母星ははぼしを囲む輪の中にある人工島『ワルプルギス』に本拠地を置いて、所謂いわゆる普通の人間たちとは一歩距離を置いていた。


 もう一つは母星ははぼしの繁栄のために、積極的に人類に対して干渉をおこなっていく姿勢を取る魔女たち――一般に、ワルキューレと呼称される者たちだ。


 ワルキューレの勢力は、近代においては縮小の一途を辿っている。国際同盟の発展と共に、人類が自らの力で国家を治めるやり方が主流となってきたためだ。ワルキューレは過ちを犯した人間に罰を与える存在であり、それを恐れた者たちによってうとまれ始めたという理由もあるのかもしれなかった。

 人は決して、美しいのみの存在ではあり得ない。自らがワルキューレに認められると思えるほどに、清廉潔白せいれんけっぱく為政者いせいしゃなどいなかったのだろう。


 ワルキューレたちは、国際同盟を敵とみなした。人が、人の手だけで世界を安定させることなどは出来はしない。現に国際同盟が作られた後になっても、国家間の戦争は減少することなくそこかしこで続けられている。

 人も愚かなら、魔女もまた愚かだ。国際同盟にくみするワルプルギスの魔女たちも同様、母星ははぼしの繁栄を阻害する悪しき毒である。ワルキューレたちはワルプルギスの魔女と敵対し、争う姿勢を見せていた。


 ワルキューレは国際同盟に反発し、抗議の手段として反国際同盟派のテロリスト集団と手を結んだ。その影響によって、母星ははぼしの各地で幾つもの無辜むこの血が流されることになった。ワルキューレにとってそれは、殺し合いをやめることの出来ない人類に対する、正統なる裁きの鉄槌だった。魔女たちは『魔女』全体に対する市井しせいの恐怖心を低減させるため、ワルキューレと戦い、これを拘束するという対抗策を取った。


 ワルキューレの名前は次第に、母星ははぼしあだなす者の代名詞として受け止められるようになっていった。国際同盟の国々で、新聞で報じられるワルキューレたちは常に破壊者の側だった。その入り口は魔女と同じ、母星ははぼしの繁栄であったはずであるのに。もはや国際同盟の常任理事国にとって、ワルキューレは人類共通の敵とまでみなせる存在だった。


 そんな中、降臨歴一〇二六年。

 歴史の影に葬られていたワルキューレ、イスナ・アシャラによる『ブリアレオス』落着未遂事件が勃発ぼっぱつした。


 幸いにも『ブリアレオス』の母星ははぼしへの落着自体は、英雄サトミ・フジサキとトンラン・マイ・リンの活躍によって阻止された。ワルプルギスの魔女たちは、この事件によって大きくその名声を上げることになり――そして同時に、自らの犯した重大な過失を世間に向かって公表した。

 拘束したワルキューレに対する不当な扱い。監獄衛星の事故の揉み消し。イスナ・アシャラの行動は、これらの魔女の不祥事の影響を受けてのものだった。筆者の手による告発記事は母星ははぼしの至る地域で翻訳され、人々の目に触れ、様々な反響を生み出した。


 ワルプルギスの魔女たちは、絶対の善などではなかった。正しいこともしていれば、一般には悪いと判断されることも平然とおこなってきた。国際航空迎撃センターはいさぎくその事実を認めて、母星ははぼしのワルキューレたちへと呼びかけた。


 今一度、この母星ははぼしを救うために何が必要なのかを話し合ってはみないか?


 激しくもつれ、からみ合った糸をほどいていくのは容易なことではない。それでも、無益な争いをやめるための、大切な一歩だった。それを魔女の側が踏み出したのは、高く評価出来ることだと筆者は判断する。筆者もマスコミの片隅に籍を置くものとして、その広報活動に微力ながら力添えをさせてもらった。


 結果は、驚くほど早くにもたらされた。魔女たちの最大勢力がワルプルギスなら、ワルキューレたちにもまた、その総元締めともいえる組織が存在している。国際同盟でもその実態を掴み切れていなかったワルキューレの中枢部が、ワルプルギスとの対話に応じるとの返答を寄越してきた。


 彼女たちは自らのことを『ヴァルハラ』と名乗った。


 ヴァルハラはまず、極大期における魔女たちの隕石破砕活動への妨害を完全に停止すると発表した。これは同時に、ワルキューレがこれまでにも国際航空迎撃センターの業務に対して、意図的な介入工作をおこなっていたという事実を認めるものでもあった。加えて次期極大期の隕石破砕計画の実行に際して、何名かのワルキューレを派遣することを確約した。

 ヴァルハラからの増援についての詳細については、作戦遂行上の機密事項であるとしておおやけにされることはなかった。ただ、作戦終了後の星を追う者(スターチェイサー)へのインタビューによると、ワルキューレとの連携には問題はなく、スムースに隕石への対処を完了出来たとのことだった。

 この共闘こそが、一〇二八年の極大期対応が例年にない好成績を収めることになった、最大の要因なのではなかろうか。


 こうして降臨歴一〇二九年の三月、極大期を終えて母星ははぼしに平穏が戻ってきた頃。ヴァルハラの最高指導者――巫女フレイヤが、国際航空迎撃センターの迎撃司令官と母星ははぼしの中立国で会談をおこなった。和平に向けての、直接的な協議の始まりだった。

 魔女とワルキューレの間には、人類への対応を巡って相容れない考え方があるのは確かなことだ。しかし、母星ははぼしの繁栄を願うという『魔女の真祖』から受け継いだ根本的な部分では意志を共にしている。


 世界は徐々に、その形を変えつつある。それに取り残されないように、我々人類もまた、自らの在り方について今一度再考を求められているのではあるまいか。



降臨歴一〇二九年、十一月三日

フミオ・サクラヅカ




 街が燃えている。大きな窓から、人々の暮らしぶりを眺めるのが好きだった。民が少しずつ豊かになり、発展していくさまをこうしてじかに目にすることが出来る。それがカウハ・レリエの一番の愉しみだった。

 それが、炎の中に沈んでいた。なんと愚かで、悲しいことか。このような暴動を伴わなければ、変革の一つ起こせないとは。あの家の住人が、歴史の流れをさまたげるような何をしたというのか。裁かれるべき罪があるというのなら、胸を張って口にしてみるがいい。怒りに肩を震わせながら、カウハはゆっくりと視線を室内に戻した。


 夜の闇に沈んだ広い私室を、燭台のあかりがぼんやりと照らし出している。生まれた時からこの部屋で暮らし、この国を見守ってきた。豪華なベッドも、贅沢な食事にも興味はなかった。

 ただ、自らを信じ、ついてきてくれる民のためを思って生きてきた。


 どやどやという足音が近付いてくるのが判った。無粋なものだ。ここは本来、王族とそれに連なる者しか立ち入りを許されない宮殿だった。それがこうやって自由の名の下に、何もかもが意味を失っていく。恐らくこんなことは、この母星ははぼしの上では何度となく繰り返されてきた些事さじにしかすぎないのだろう。


 音よりも早く飛び、空より落ちる隕石すら砕くワルキューレであっても。

 時の流れには逆らえない。


 自虐の笑みが零れ出たところで、乱暴に扉が開け放たれた。


「無礼者が!」


 カウハの怒号と共に、闖入者ちんにゅうしゃ目がけて炎の塊が襲い掛かった。悲鳴が上がって、汚い松明たいまつが床の上を転がり回る。そこに敷かれている豪奢ごうしゃ絨毯じゅうたんは、二百年の年代物だ。薄汚い染みを作ってしまうには惜しい逸品だ。

 軽く手を一振りすると、真空の刃が生じた。いい加減にうるさく感じたので、首をねてとどめを刺した。殺しに来たのなら、相手に対しては相応の敬意を表するべきだ。それが出来ないのなら、言葉ですら交わす必要はない。動物と同じように扱い、屠殺とさつするのみだった。


 開いたままの扉の向こうから、そろそろと数名が顔をのぞかせた。どうやら、十人そこそこといった部隊だった。められたものだ。仮にもこのレヴィニア王国を数百年に渡って守護してきたワルキューレの末裔まつえいに、その程度の戦力で対抗しようとは。魔女でもようしてくると思ったが、それすらもない。これはいよいよ、仕置きがあってしかるべきかと思われた。


「賊共よ、我をカウハ・レリエと知っての狼藉ろうぜきであろうな?」


 その言葉に応えてか、数名の男たちがドアの向こうに立って銃を構えた。ワルキューレもここまであなどられたか。人間の文明など、まだワルキューレの足元にも及ばない。余程の油断でも突かれない限り、かすり傷の一つでも負うものか。

 数発の銃声がとどろいた。それと同時に、引き金にかけられた指が落ちる。苦しげなうめき声を漏らして、男たちはその場にうずくまった。遅れて、鮮血が噴き出す。べったりとした赤が、床一面に広がった。


 カウハはそっと、自分の脇腹にてのひらをあててみた。熱くて、痛い。白いドレスに、真紅の華が咲いていた。骨の間に食い込んで止まったそれを、魔力を用いて冷静に分析する。鉛の塊は、ただの銃弾ではなかった。


 ――抗魔術加工アンチマジック、か。


 確か、極北連邦ファーノース辺りが開発した最新技術であるとのことだった。魔女たちの中でも選りすぐりの戦闘専門家、戦闘士グラディエーターがこれで重傷を負ったとの噂がある。なるほど、これは厄介な代物だった。

 銃弾の飛んでくる速度など、ワルキューレにとってはあくびが出てきそうな程度でしかなかった。全てを避けるのは困難と判断して、カウハは防御壁シールドを展開していた。魔術的な防御に対しては、生半可な物理衝撃は全て無意味となる。しかし抗魔術加工アンチマジックほどこされた銃弾は、易々とその防壁を貫通していた。


 ――まずいな。


 傷を処置しようにも、体内に残った銃弾の抗魔術加工アンチマジックが邪魔だった。集中が途切れると、魔術を行使すること自体が難しくなる。こちらが弱っているとは、悟られる訳にはいかない。カウハはその場で仁王立ちすると、キッと扉の方を見据えた。


 それにしても、こんな武器がレヴィニア国内で当たり前に流通しているとは、どうにも考えづらかった。やはりこの騒動の背後には、国際同盟がついているのか。少しでも気を抜けば、カウハはすぐに意識が途切れそうになった。国を守護するワルキューレが、この程度で倒れてしまってどうするのか。この身が果てるのに任せるには、まだ少しだけ早かった。


 ここ最近、国際同盟に加入してない国々で革命騒ぎが頻発していた。魔女が力を増したことによって、王政やワルキューレによる統治に対する反発が生じたものだとみなされていた。レヴィニアは砂と岩ばかりの国だが、化石燃料の採掘で国民の生活は割と豊かだ。王族への信頼も厚い。暴力的な政権奪取など、他人事だとばかり思っていた。

 しかし、そこに国際同盟が噛んでいるとなれば別な話だった。その中でも、国境が近くて化石燃料資源に注目している国家となれば……間違いなく、極北連邦ファーノースの人類至上主義者どもの仕業であろう。カウハの中で、熱い何かが爆発した。


「レヴィニアを食い物にするワルキューレめ!」


 暗闇の向こうから、カウハ目がけて罵声が飛んできた。ああ、そうなのか。カウハは、そういうことにされているのか。腹の奥の方が、ずきりとうずいて。


 カウハは、長い夢から醒めたような気分になった。


 背後の窓を一瞥(いちべつ)する。愛しの、レヴィニア。カウハにとってそれは、何よりも大切な宝物だった。

 これも時代の流れか。まだこの国は、人の手にゆだねるには若い。そう思っていたのは、カウハだけだったのかもしれない。この手の中で育つ、可愛い我が子たち。その親離れの時期を、幾らばかりか見誤っていたのだろうか。


 立っていられなくなり、カウハは膝を付いた。部屋の外で、どよめきが起きたのが感じられた。ワルキューレが、ちる。それはこのレヴィニアの長い歴史の中で、初めてのことだった。

 もう数百年も前に、カウハの先祖はこの国の民をワルキューレに選ばれし者たちとして認めた。共に歩み、この母星ははぼしに繁栄をもたらすことを約束した。数多くの問題を、人々の長である国王と協力して解決してきた。


 だがそれも、ここまでだった。人はワルキューレとの決別を選んだ。いらなくなったから、引きずりおろす。後は一方的に、撃ち殺して始末して……それで終わりだ。『魔女の真祖』も、きっとこんな悲劇的な結末なんか望んでなどいなかった。


 複数の銃口が、カウハに向かって至近から突き付けられた。ここでこのまま、なぶりものにでもされるのか。或いは見せしめとして、首に縄を付けて処刑台に送られるのか。神聖なるワルキューレに対して、そのような屈辱など。



 どちらも――御免だ!



 カウハは顔を上げると、最後の魔術を発動させた。無力な人間がどんなに泣こうがわめこうが、もう手遅れだ。せめて可能な限り派手に、その最後をいろどって。


 未来へと希望をたくそう。




 レヴィニアの離宮で、一際(ひときわ)大きな爆発が発生した。その夜に起きた軍事クーデターによって、レヴィニア王国の国王並びに摂政を務めていたワルキューレは死亡が確認された。国政の大部分を支配していたとみられるワルキューレ、カウハ・レリエは、死の間際に壮絶な自爆を敢行した。クーデター派の兵士十三名全員がそれに巻き込まれて、一人残らず黒焦げの死体と化し、革命の志士としてじゅんじることになった。


 尚、クーデターの混乱のさなか、レヴィニアの王族が王宮より逃亡を図ったことが明らかとなった。レヴィニア解放軍は目下、その行方を血眼ちまなこになって捜索していた――


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