明日、何が起きるかなんて
また「今日」が来ればいいのに。
明日、何が起こるかなんて誰もわからないんだから。
明日自分が死ぬかもしれない、明日あの人が死ぬかもしれない、明日地球が滅びるかもしれない。
そんなことを考えて未来に怯え涙を流すのは、異常だろうか。
この幸せが、一生続けばいいのに。
考えないということができない。考えてしまう。泣いてしまう。自己嫌悪に陥る。
私は、どうすればいいのか。
死が怖い。
人はいつか死ぬのだから。
今日生きている人が明日死ぬ可能性は0%とは限らない。
生きるか死ぬか、つまり2分の1。
生きるか死ぬか以外なんてありえないのだから。
人はなぜ生きるのか。
神のお遊戯か、刑罰なのか。
生きさせてやるから、その代償として死ななければならないのか。
私には、何もわからない。
いや、そんなことは誰もわからないのだが。
人生、何が起こるのかなんて誰も分からない。
スマホが生まれた理由、ものづくりの発想が生まれた理由、言語が生まれた理由、人が生まれた理由、生物が生まれた理由、地球が生まれた理由、宇宙が産まれた理由、この世が生まれた理由。
たどってゆくと、膨大な疑問が頭をよぎる。
これらの答えは、誰も分からないだろう。
いや、誰かは知っているかもしれない。
だれか、誰か教えてくれ。
何か、教えてくれ!!
助けてくれ。
世の中、何が起こるかわからない。
日の経過は、人生のアップデートだと考えている。
明日良くなることもあれば、悪化することもある。
だから私は、アップデートしたくない。
今日に充分満足しているから、もうこれ以上良くならなくてもいい。
「人生はギャンブル」という言葉があるように、
もう十分勝っているから、もう勝たなくていい。
次、負けるかもしれないから。
日々、それを恐れている。
また、「今日」が来ればいいのに。