フィルタリング
「ねえ、私とエッチなことしよ、修」
放課後の人気のない教室で、俺は誘惑されている。
目の前にいるのは、校内屈指の美少女と呼ばれている女生徒。
ふん、と俺は鼻で笑うと、
「断る」
と返答して、その場から立ち去った。
こういうことが度々ある。
男にとっては憧れのシチュエーションなのだろう。
しかし俺にとっては傍迷惑な話だ。
周りから見れば俺の行動は奇異に感じるらしい。
理由を皆によく聞かれる。
「実は二次元しか愛せないとか?」
なんでわざわざ非実在人物に。
「もしかしてホモなんじゃない?」
断じて違う。
「ED……」
勘違いするな、正常だ。
単に、やましい事柄への興味が湧かないのである。
次の日。
高校まで登校してくると、【2-A】と書かれた教室に入る。
自分の席につき、HRまで時間があるので、読書をすることにした。
そしていつものように空気の読めない友人が去来。
「おーっす修。なあこれ見てくれよ。すっげーエロくね」
机の上に広げられた雑誌には、一糸纏わぬ姿の女性が写っている。
こんなものを見てどう反応しろと。
「どうでもいい」
「ほんと修は変わり者だな。こんなにそそるのに」
俺の態度に嘆息する友人。
改めてこの写真を眺める。
しなやかで美しいボディライン。その延長線にある二つの膨らみは女性らしさを主張している。膨らみの先端にある突起。整えられたアンダーヘア。
普通の人ならこう目に映るだろう。でも俺の視点からだとこうなる。
上半身の胸であろう部分には、霧がかったように白い靄が覆い尽くしている。下半身も同様だ。太ももや腕、お腹などははっきりしているのだが、胸や恥部に近づくと、徐々に靄の濃さが増す。
これらは自分を含めた男にも適用している。
そう、俺は特殊な先天性障害を患っているのだ。
両親に相談して医者を転々とするも、解決策は生まれなかった。
幼少期はこれが普通だと思っていた。だが、年齢を重ねていくにつれて違和感を持ち始める。
今でこそ平気であるが、思春期真っ只中の頃は辛かった。そして、ある過ちを犯してしまう。
幼馴染の仲の良かった女の子。その子が嫌がるのを無視して裸になることを強要。行為には至っていないが、心に深い傷を負わせてしまった。
こういった黒歴史も影響しているのか、性への関心は皆無だ。
授業を一通り終えた放課後。
校門を出て、駅までの経路を徒歩で行く。
別に焦っている訳ではないが、いつもの習慣で近道を利用。そこは人気がない一本道。
ふと、遠くの方に人が立っているのを捉えた。
段々と距離が詰まると、その人物の風貌が見えてくる。
現実にはそぐわない出で立ち———魔法少女のような恰好(たぶん女の子)が、ステッキを持って佇む。背丈はそれほど低くない。
その女の子の横を通っている最中、
「おいそこの青年」
と堅苦しい言葉で彼女に呼びかけられる。
気づかないふりをして俺はそのまま通り過ぎる。
だってあんな痛々しい恰好と言葉遣いじゃ、今から面倒事に巻き込みますよ、と告げているようなもの。
「どうやら邪気を患っているようじゃの」
妙に核心ついた言い方に、俺は動きを止める。
「その邪気を振り払らってやるのもやぶさかではないが。どうじゃ?」
あっ、思わず振り返ってしまった。
改めて見ると女の子は、鍔が広いとんがり帽子を深々と被っていた。そのため顔の半分以上が隠れている。
「そうしてもらえるならありがたいかな」
女の子の力を信用している訳ではなく、遊びに付き合ってやるか、という気持ち。
「では目を瞑り、頭を垂れよ」
言う通りに頭を下げて、瞳を閉じる。
二十秒ほどの静寂の後。
「もう目を開いてよいぞ」
ゆっくり瞼を開き、女の子を見る。すると驚きの光景を目の当たりにした。
「具合はどうかの?」
おいおい。本当に魔法使いなのかこの子。
俺の目の前ではありえないことが起こっている。
確かに長年の悩みであった障害は治っているようだ。
では問題。なぜ服を着ている女の子を見てそれに気づいたのでしょう?
この答えを女の子に伝えようか、伝えまいか。
考えた末に伝えることにした。
「あの、さ。言いにくいんだけど、君の服が透けて見えるんだよね」
女の子は、俺の破壊力のある発言に硬直する。
そして身体をぷるぷる震えさせた後、女の子はステッキを振り上げた。
「いや~~~~~~!」
絶叫に似た悲鳴とともに、ステッキを俺の頭に振り下ろす。
反射的に目を瞑る。
あれ?
打撃が来ると身構えたのに、感触はない。
恐る恐る目を開く。
女の子が至近距離にいた。ステッキを俺の額付近にかざしている。
「うっ」
唐突に、立ちくらみのような感覚に襲われる。
全身の力が抜け、背中から地面に倒れ込んだ。
女の子を見上げるように、徐々に意識が遠のく。
垣間見た女の子の顔に既視感を覚えながら、俺はブラックアウトした。
目を覚ましたとき、俺は公園のベンチに座っていた。
魔法少女の女の子に受けた理不尽な行為をどうしてやろうかと周りを見渡すも、周囲には影も形もない。
「くそ、散々な目に遭った。ていうか今は何時だ?」
携帯で現時刻を確認すると、約一時間経過していた。
「あーあ、今日は厄日だ」
と嘆いていると、不意に、落ちる寸前に見た映像が脳を横切る。
見覚えのある女の子の顔は、思い出したくない過去を掘り起こす。同時に、決した忘れてはならないと、記憶に深く植え付ける。
俺はなにかを断ち切るようにふぅー、と息を吐きだしてベンチから立ち上がると、公園を後にした。
女の子との一件から、服が透けるという現象は一度も起きていない。
そして、用を足したとき気づいたんだが、モザイクがきれいさっぱりなくなっていた。つまり障害が治っていた。
どうして正常になったかわからない。
俺は難しいことは考えず、素直に喜びを享受することにした。
【時は遡り、場面は修が意識を失った直後】
ファンシーな服装の少女は、足元に倒れている男性を見て、はっ、と我に返る。
「私ったらなんてことを! ごめんね修」
申し訳なさそうに少女は両手を合わせる。
「とにかくどこかに移動させないと」
仰向けの修を運ぼうと背負い込んだはいいが、
「わわわっ」
重さに少女は押しつぶされた。
「仕方ない。使うしかないか」
ステッキを一振りした途端、修の身体が浮かび上がる。
ふわふわ浮遊させて少女が向かった先は、そこからそう遠くない公園だ。
修をベンチに座らせると、少女もその隣に座った。
「こんなことになるんだったら変装までして自作自演するんじゃなかったよ」
パチンと指を鳴らした瞬間、少女の着ている服が高校指定の制服に早変わり。ステッキは消えてなくなる。
「今度は失敗しないようにしないと」
修の頭の上に手を添えて、しばらくその状態を維持。程なくして手を離した。
「こうして会うのも久しぶりだね。懐かしい……、あの時以来かな」
いまだ深い眠りにいる修に向かって言う。
少女は、修と自身が幼馴染であった頃を回想した。
時間は巻き戻り、少女と修がまだ中学生だった時代。
二人は幼稚園からの幼馴染であると同時に、恋人でもある。
少女は生まれながらにして魔法のような特殊な力を扱えた。両親以外はそのことを知らない。
当時修は、異性の身体に並々ならぬ興味を抱いていた。少女は裸を見せてほしいと頼まれる。
願いを聞き入れたかった少女だったが、まだ身体を見せるのに抵抗があった。
だが、見せてくれないなら別れると言う。
修とは離れたくない少女は、しぶしぶ要求を呑むことに。
涙ぐみながら、少女は一枚一枚衣服を脱ぎ始める。
肌を覆うものが最低限のものになったとき、恥じらいが少女を踏み止まらせる。
そこで少女は、フィルターの魔法を修にかけることにより、羞恥心を和らげた。
この効果は一定期間でなくなると思っていた。
しかしいつになっても効力は持続したまま。
解除方法を知らない少女は、このままでは不味いと思い、魔法で修の記憶を改ざん。さも、先天性であるかのように書き換えた。
月日は流れ……。
少女にしてしまったことへの罪悪感から、修は少女に別れ話を切り出す。
少女自身も、タブーを犯してしまったことへの申し訳なさから、それを受け入れた。
すっかり疎遠になった二人は、高校は別々のところへ進学。
少女はついに、長年追い求めてきたフィルター魔法の解除法を発見。
すぐにでも修に会って治してあげたかったが、どういう顔をして会えばいいかわからない。
だから少女は、魔法少女のコスプレの変装をして、修の前にやって来たのである。
回想終了。
少女はベンチを立ち上がると、座っている修の正面にしゃがみ、手を両手で包む。
「辛い思いさせたね。これで許されるとは思わない。けどあなたの隣にいる資格は私にはないから」
包んでいた手を解き、少女は立ち上がる。
踵を返すと、少女は公園の出口に向かった。
少女を吹き付けた向かい風は、粒子となった水滴を、修のもとへと運んだ。