表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

アンパイア!アンパイア!

作者: 重荷 耐子

人を裁く時、同時に自分の何かをも裁いている。


そんなことに気付き始めた頃、俺の身体は不調気味になった。


藤川の母への想いは切実で揺るぎのないものだった。それを俺は断ち切ったのだ。人事の辛さ。俺も人の事は言えない。会社の駒である以上、俺だっていつどうなるかは分からない。


昔、長崎屋の最上階のファミレスを面接の場所として使い、電気屋の倉庫整理のバイト募集した際、長崎屋をクビになったおじさんが来た。俺は彼が長崎屋をクビになったことを知らなかったが、履歴書の最終経歴がそれを暴力的に物語っていた。


おじさんは人生に磨耗し過ぎて、常に独り言をブツブツつぶやいていた。長年のストレスがそうさせたのであろうか。しかし、そんなことを考えていては人事など勤まらない。チームワークという言葉から最もかけ離れたこのおじさんを採用することはなかった。


不調がピークに達した頃、俺には人々の頭上に職業アイコンが見えるようになった。端正なスーツ姿の青年が無職だったり、腫れぼったいババアが投資家だったり、美人の子連れ婦人が風俗嬢だったり、意外なことが多い。ただ、最も辟易するのが、おじさんで無職。それも、求職中のアイコンが光っている時だ。神様は俺に見たくもない光景をみせるのだ。


しかし、長年中途採用の経歴・学歴不問系の面接をして来た俺には、話して3分でそいつが使えるか使えないかがわかる。俺はこの能力を心底憎んでいた。人を裁くのが辛いのだ。


初めて会ったのにもかかわらず、こいつは使えるか否か、口臭はどうか、容姿や話し方に問題はないかなどなど…。これはただの差別なのではないか。常に自問自答するが、同時に求職者にも怒りを感じる。何故、何故、今までそうなるまで人生を放置していたのか?問いかけたくなるのだ。


涙が込み上げる想いをよそに、また、人出の少ない現場に、3日で飛ぶであろうことが予想されるおじさんを送り込んだ。事実底辺の現場は慢性的に人出不足なのだ。


テキトーな性格の無職や自信家の無職には同情はしない。俺が心底憎み、同時に慈愛しているのは、生真面目、小心者、不器用、病弱などのステータスを持つ無職のおじさんである。哀れの極み。


そもそも、この移ろい早く無慈悲な現代社会に目に見えてついていけていないのに、必死でしがみついている人々である。


俺は、何故か旦那が金髪の路頭に迷った夫婦や借金まみれには興味がない。


俺は、神が裁かないのなら自分で裁こうと決心した。慈愛でもって、俺が駄目だと見込みをつけた哀れなおじさんを、神に代わって殺してあげようと決意した。


これは、俺の殺人回顧録である。


「CASE1 梶さんの場合」


梶さんは、産まれた瞬間から愛されなかった。性格は非常に真面目な痩せぎすの男であり、年齢は35歳である。あしたのジョーの力石徹顔をそのまんま東のフォルムにした感じだ。


梶さんは、今までの人生の殆どを刑務所で過ごしていた。大犯罪を犯した訳ではない。良い人なのだが、キレやすく、我慢が出来ない病気だった。境界性人格障害だった。出所しては傷害事件を犯しのループにハマっていた。警察も病気のことを知っていたが、身寄りもないこの男になす術はなかった。


刑務所では模範囚だった。毎日のように、養子縁組の手紙を世の偽善者達に送っていたが、誰も彼を繋ぎ止める者はなかった。出所後、上野にある貧窮精神薄弱者の施設に入所したが、そこでも匙を投げられた。


その事実を知った俺は彼を殺して埋めた。会社の寮を飛んだということで処理され、それだけで事件にもならなかった。何故なら、家族も何もない男が1人いなくなったところで、誰も気がつかないのだから。バレない殺人の方法は幾らでもあるのだ。


「CASE2 七瀬さんの場合」


俺は何もしたくない。だから、何もされたくない。景色がざわつき、まるで俺に牙を剥くように向かってくる感覚。耐え難い苦痛。楽しい時間は終わりを告げる。


俺は死にたいと言っている奴を殺したに過ぎない。七瀬さんは33歳の独身女性だった。小学生の頃に母を病気で亡くし、それ以後、自暴自棄になった父と2人で暮らして来た。父は母の死後、人が変わったようにテキトーになった。常に立派だった母親の役を演じようと頑張って来たが、いつも比べられた。


最終的に、収入の面から七瀬さんは風俗嬢になるしかなかった。幸せが逃げて行く。そんな時、彼女からお母さんに会いたい。私の存在って何なの!と泣きながら言われた。


だから、俺は彼女の希望通り殺してやったのさ。母親の元に行けた方が良いだろうと。


俺は何もしたくなかった。なのに、何故、皆、俺に相談するんだ!ちくしょう!


首を絞めている最中、微かに聞こえた彼女のありがとうという言葉が頭の中で無限ループする。


俺は俺自身がどうすれば良いのかを完全に見失っていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ