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虎次さん  作者: 如方りり
第3章∞怪談と虎次さん。
7/22

3‐1

8月10日は、私の15歳の誕生日。

今年の誕生日は、夏期講習の前期末テストの日だった。

春斗くんからの情報によると、そのテストの結果で後期のクラス分けが決定するという。

つまり、頑張れば春斗くんと同じAクラスに上がれるかもしれない、私にとってはすっごく重要なテスト。


試験範囲は前期に習ったところの総まとめだったから、苦手な数学を重点的に頑張った。

その甲斐あって、夏期講習の後期は春斗くんと同じAクラスになりました!


これはテストの日が良かったのかも。きっと私の誕生日のお祝いにご先祖様が力を貸してくれたんだ。

今の私にとって最高のプレゼントだよ!

そう思わない?虎次さん。


「8月10日、ハトの日だっけか。美味そうだな」

「そういう猫ギャグはいいから」

「ご先祖様とか言ってるなっちゃんも相当だぞ。勉強疲れか?」

た、確かに…。つい浮かれてしまった。


「そういえば知ってるか?なっちゃんの行ってる花丸ゼミナール、昔は病院が建ってたらしいぜ」

前に鹿島くんが言ってた話、本当だったんだ。

「そこそこ病床数もある、でっかい病院だったってよ」

「ふーん。女の子の霊が出るとか言わないよね?」

「ははっ、言わねぇよ。女の子じゃなくて、女の人だ」

…!!

余計、怖いんですけど。


お盆休みを挟み、いよいよ夏期講習の後期が始まった。

Aクラスの教室に入ると、春斗くんは既に席についている。

「おはよう」 特に席順は決められていないので、一つあけてさりげなく隣に座る私。

「おはよう。Aクラスになったんだ」

「うん、範囲が前期でやったとこだけだったから。猛勉強してなんとか」


前期で同じクラスだったユッコとチカは、前期と同じBクラスのままみたい。初めて塾でできた他校の友達だと思ったんだけど…やっぱり馴染めなかったし、一度みんなで花火をしてからは特に親しくする事もなくなった。

でも、いいの。私が花丸ゼミナールに来た本来の目的は、春斗くんなんだから。

あ、もちろん勉強も…です。


「春斗くん、知ってる?このビル、前は病院だったって話」

「聞いた事あるなぁ。取り壊されたの、そんなに昔じゃないと思ったけど」

「幽霊が出るって話も?」

「女の子って怪談話、好きだよね」

有名な話だったんだ。まぁ本当はそんなのどっちでもよくて、ただ春斗くんと話すための口実だったんだけどね。…この時は。


「雨の日なんだって」

授業の合間に、春斗くんが唐突に言った。

「え?」

「例の、幽霊の出る日」

怪談話が好きなのは、どうやら女の子だけではない、みたい。


その日、授業が終わって外に出ると、駐輪場に春斗くんがいた。

しゃがんでいるけど何してるんだろう。


「えっ、虎次さん!?」

私に気が付いた春斗くんが、虎次さんを撫でながら言う。

「猫って隣町まで散歩するんだね」

いや、それは…虎次さんが特殊なんだと思う。パトロールと称した情報収集を娯楽にしているから。


「葉月さんのお迎え?」

「ナォン」

私のおっさん猫は甘えた声を出して、春斗くんの自転車のカゴに飛び乗った。

「この場所が気に入ったのかなー」なんて春斗くんは言ってるけど、多分違う。

私にきっかけをくれているんだとしたら…なんてお利口な猫なんだろう。


虎次さんの思惑通り(?)私たちは一緒に帰ることになった。

一応申し訳なさそうに謝る私に、猫は癒されるからって笑ってくれた。

私はドキドキしながら帰る道のりも、虎次さんが聞いてると思うと何だか恥ずかしいよ。


「雨の日の翌朝に塾に行ったらさ」

春斗くんが朝の続きを話す。

「駐輪場の奥に折り鶴が置いてあったんだ」

「折り鶴?誰かのいたずらじゃなくて?」

「それが決まって雨の翌日。俺が気付いただけで3回はあった」


ここ最近の雨の日はそんなに多くはないから、春斗くんが見た雨の日の折り鶴率は100%なのかも知れない。

「気になって調べたんだけど、ちょうど花丸ゼミナールの駐輪場と隣のパーキングの境目あたりが、小児科病棟だったらしくて」

急に怪談話が本格的になってきた。

「そこで亡くなった女の子…の幽霊が、雨の日に折り鶴を置いてくって事?」

「どう思う?」

「うーん…」

虎次さんを見ると、彼も難しい表情で何か考えているみたい。


そこでハッと気が付いた。

虎次さん、あなたの狙いは私の恋路じゃなくて春斗くんからの情報ね…?


あれ、でも虎次さんが言うには女の子じゃなくて女の人の幽霊だって話だったような。もしかして、女の子の幽霊が成長して大人の姿で現れているんじゃ…!


ゾクゾクゾクッ。悪寒が走る。


「大丈夫?」

「う、うん」

「じゃ次の雨の日に決行しよう」


…へ?…は??


いつの間にか、私と春斗くんは次の雨の日に真偽を確かめる算段になっていた。

本当に、女の子の幽霊が出るのかどうか…。


「幽霊の調査なんて、やるなぁ春斗も」

エイヒレを噛みながら虎次さんが冷やかす。

「そんなに幽霊に会いたいのかなぁ」

「半信半疑だから確かめるんだろ。幽霊もUFOも、男のロマンだぜ」

そうなの…?でもでも、これって。夜に春斗くんと密会するって事??

ドキ…ドキ…。

…ん?

「ちょっと、そのエイヒレどうしたの!?」

「おふくろさんがくれたぜ。ついでに芋焼酎でもありゃぁ御の字なんだけどな」

なんて贅沢な。お母さんったら、甘やかして…。


「虎次さんはどう思う?さっきの春斗くんの話」

「なんか胡散クセェんだよな。今日、現場見に行ったけど特に何も感じなかったしよ」

「折り鶴は、春斗くんの勘違いってこと?」

「いやぁ、まるっきりガセってわけでもなさそうなんだよなぁ」

 虎次さんは釈然としない面持ちで首をひねっている。

「これは、ひょっとしたら人為的な何か…かもな」

そして不敵な笑みを浮かべて囁いた。


「事件のニオイがするぜ」。


それから何日か、雨の日が来るのを待った。

予報はハズレ続き。 降らなかったかと思いきや、夜中の間に降って朝にはカラッと晴れてしまう。

それでも翌朝、春斗くんに場所を案内してもらって見てみると確かにあった。駐輪場の奥、隣のパーキングとの境を隔てるブロック塀の欠けた隙間に、毎回違う色の新しい折り鶴が置かれている。


天気のすれ違いに、春斗くんもいい加減うんざりしたみたい。

「張り込むわけには行かないしなぁ」

「私も、夜中に家を出るのはちょっと…」


それに不思議なのは、置かれた折り鶴が次に見たときにはいつの間にかこつぜんと消えていることだ。


簡単にはいかないのね。今までこんなに雨の日が待ち遠しかったことなんてないよ。日照り続きの農民の気分…。このままじゃ年貢がおさめられないよ。


「おい、雨降ってきたぞ」

「まじでー!傘持って来てないよ」


そんな声がして窓の外を見ると、どんよりとした雲に覆われた空からパラパラと細かい雨が降り始めていた。

「…雨だ!」

思わず春斗くんと顔を見合わせる。


ついに今夜、幽霊とのご対面!?

いざとなるとやっぱりちょっと怖い。

「とりあえず一旦帰って、夜まで待とう」

春斗くんの提案に答える。

「宿題のプリントを塾に忘れてきた事にすれば、そんな遅くない時間なら家を出られると思う」

待ちわびた雨への興奮からなのか、こんな時に発揮しちゃう頭の回転の速さ。

自分でも信じられないような言い訳が出てきた。


雨が強くならないうちに帰ろう、と駐輪場に向かうと、私たちはもっと信じられないものを目にした。


「折り鶴…」

真新しい折り鶴が、置かれている。

まだ雨は、降り始めたばっかりなのに。


「夜って決めつけてたけど、そうじゃないのか」

私も、幽霊=夜だとばっかり思ってた。まさか白昼堂々、現れるなんて。


春斗くんは若干…ううん、かなりワクワクした顔をしている。おもむろに折り鶴を手に取ると、綺麗に解いて開いた。

「わぁ、バチが当たらない!?」

開いた折り鶴を、ひらりとこちらに向ける。中は白紙だった。“呪”とか“たすけて”とか書かれていなくて良かったと、私はひそかに胸をなで下ろす。

願掛けや手紙ってわけではなさそう。折り鶴そのものに意味があるってこと?


「こうなったら、このビルのオーナーに直接交渉してみよう」

「そんな事、できるの!?」

「防犯カメラに何か映っているかも知れない」


えーと…。

駐輪場の角にも防犯カメラが付けられているのは、私も知っていたけど。

中学生の好奇心に大人を巻き込んでいいのかな。防犯カメラを見せて貰えるような上手い言い訳までは、いくら何でも思いつかないよ。


そんな私の不安を見透かしたかのように、春斗くんが言った。

「このビルのオーナー、鹿島のお父さんなんだ」

な、なんですって!?

「ビルの管理だけで、花丸ゼミナールの経営は別だけどね」

「そうなんだ…」

「帰ったら鹿島に連絡してみるよ。内密にうまくやれないか相談する」


小雨の降る中、大急ぎで自転車を漕いで家に帰り、シャワーを出たところでちょうど虎次さんも外から帰ってきたところだった。

「自慢の毛皮がしっとりしちまった」

「急に降ってきたもんね」

虎次さんの体をタオルで拭きながら、ついさっきの出来事を報告する。

「その折り鶴は元に戻したのか?」

「春斗くんが持ってると思う」と答えると、満足そうに頷いた。

「こりゃぁこの週末には万事解決だな」。


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