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虎次さん  作者: 如方りり
第2章∞夏休みと虎次さん。
5/22

2-2

「ほぉ、良かったじゃねえか。そんでさっそく夜遊びかい」

「みんなで花火するだけだよ!お母さんには許可もらったもん」

 新しくできた友達と、たまには勉強の息抜きに…って。

「蚊に食われねぇ格好してけよ」

あら、意外とあっさり。虎次さんにはもっと口うるさく言われるかと思ったけど。


 今日の夏期講習は、実をいうと授業どころじゃなかった。

 先生の話そっちのけで、ユッコとチカと三人ノートの端っこに筆談でやりとりをしていた。

最初は他愛もない話。チカのピアスは夏休みに入ってあけた事もその時に知った。校則違反だから、学校が始まったら先生に見つからないようにしなきゃ、って言ってた。

それから、今度遊ぼうよっていう話になって、夏だし花火しよう!って計画に発展して盛り上がっちゃった。

最終的には鹿島くんも誘おうよってなって(これが二人の狙いな気もするケド…)男の子一人だと可哀相だから誰か友達を連れてきてもらうことに決まった。

 私は男の子が来ることなんてどうでも良くって、ユッコとチカと仲良くなれたことが嬉しくてワクワクしていた。

これも中学校生活最後の夏の思い出になるね、なんて。


 集まるのは夕方。各自の家でごはんを食べてから、花丸ゼミナール近くのサンフラワーマーケットの前に集合。この辺りでは大きな、ちょっとしたショッピングモールのようなスーパーマーケットなので、そこで花火や飲み物なんかを買う予定。


虎次さんも来る?って聞いてみたけど、仕事があるとかで断られちゃった。…仕事って。


 お母さんが前に買ってくれた虫除けリングを腕にはめて、少し早めに家を出る。

私は全然気にならないけれど、虫除けリングは匂いがキツイって虎次さんは嫌がるんだよね…。机の上に出しておいただけで、ものすごーく渋い顔をしてた。やっぱり猫の鼻は敏感なのかな?


 サンフラワーマーケットに自転車を停めて広場の時計を見ると、まだ待ち合わせまで30分もあった。

さすがに早すぎたみたい。

中に入って冷房で涼もうかな、と考えていると、テナントの一角にあるハンバーガー屋さんに知っている姿を見つけた。

ユッコとチカだ。

一緒にごはんを食べていたみたい。二人は窓際の席に座って楽しそうに話している。

私にも声を掛けてくれても良かったのに…となんだか省かれたような気分になってしまう。

急に決まったのかも知れない、と自分に言い聞かせながら、少しずつ体温が下がっていくのを感じる。


 キッ、と自転車の停まる音がした。

「ハンバーガー食べるか悩んでんの?」

 春斗くんだった。

「ち、違うよ、今日これから塾の友だちと花火するんだけど早く着いちゃって…!」

 嬉しい偶然に驚きながら、慌てて答える。

「あれ、それって鹿島も一緒?」


 今ほど神さまに…いや、鹿島さまに感謝したことはない!

なんと、春斗くんと鹿島くんは昔からの友だち同士なんだって。学区の関係で中学校はバラバラになったけれど、幼稚園と小学校は同じだったみたい。

あー!春斗くんがいるなら、もっと可愛い服着てくれば良かった!


 それからすぐに鹿島くんが来て、ユッコとチカは待ち合わせ時間に少し遅れて合流した。

「遅いぞー」

 鹿島くんが言うと、二人はゴメンと笑いながら答えた。

「チカが忘れ物しちゃって、ねぇ」「そうそう、取りに帰ってた」


…ん?

二人はそこのハンバーガー屋さんにいたのに。

遅刻が気まずくて嘘をついたのか、私を誘わなかったことが後ろめたくて隠したのか。

私は心の奥にしこりを感じながら、何も気が付かなかったふりをした。


「カッシーの友だち?」

 チカが春斗くんを見て笑顔をつくる。

「あ、そうそう。Aクラスの弥生春斗。真夏と同じ中学なんだよね?」

 鹿島くんがユッコとチカに春斗くんを紹介する。

「真夏?」

 春斗くんが怪訝そうな顔で鹿島くんを見た。

「あ、葉月さんのことね。真夏って」

「知ってるけど」

 あんまりうちの中学では異性を下の名前で呼ばないから、驚いたみたい。

私ももちろん、あまりに自然に下の名前で呼ぶ鹿島くんにビックリしているけど、春斗くんが私の下の名前を覚えていてくれたことに大ビックリ。


春斗くんの口から発せられた「真夏」って名前の響きに、顔がにやけてしまいそうになる。

スーパーで買い物をして公園に移動する間も、きゅっと唇を結んで自転車を漕いだ。


私たちの住む町を流れる川と、隣接するせせらぎ公園。昼間はランニングする人や家族連れで賑わっている場所も、この時間は静か。 私も、夜に来たのは初めて。

花火の噴き出る音、川の水音、遠くに聞こえる車の音。すべてが新鮮で楽しい。春斗くんの持つ花火から火を分けてもらう時なんか、この上ない幸せを感じちゃったりした。


「真夏は部活何やってたの?」

ユッコに聞かれて答える。

「テニス部だよ。でも部員も少ないしあんまり活発じゃなくて。大会も出たことないんだ」

「あの短いスカート、履くの?」

「やだ、カッシー何聞いてんのー」

「一応聞いとかないと」という鹿島くんの言葉に、みんなが笑う。


「高校行ったら、違う部活に入りたいな」

高校に、行ったら。

自分で言っておいて、受験生だった事を思い出してしまった。

そうだ、勉強も頑張らないと…。


 線香花火に火をつける。

あんな大量にあった花火が、もうなくなっちゃう。

「線香花火って一番好き」

春斗くんがぽつりと言った。

「春斗、地味だなー」

「男の子ならもっと派手なやつでしょ」

ユッコとチカが笑いながらからかう。

二人は、知り合ったばかりの春斗くんを自然に下の名前で呼んだ。

ちょっと、羨ましい。

「俺、変なこと言った?」

「ううん!」そんな事ない。

私は慌てて言う。

「私も。線香花火が、一番好き」

ふっと笑う春斗くん。 私はまるで愛の告白をしたみたいにドキドキしていた。


花火を終えて片付けていると、「あっ」と何か思い付いたようにチカが声を出した。

「ねぇねぇ、うちらの学校行ってみない?」

私と春斗くん以外の三人が通う中学校は、せせらぎ公園からわりと近いところにあるらしい。

チカの提案にみんなが賛成した。

まだもうちょっと帰りたくない私も、もちろん賛成。


「勝手に入って大丈夫なの?」

「校舎ん中には入れないけど、校庭とかならバレなきゃ平気!」

見えないところに自転車を停めた私たちは、夜の中学校に侵入した。

私と春斗くんにとっては、初めて来る場所。はぐれたら迷子になりそうで不安になる。

「中に入れれば肝試しできるのにな」

鹿島くんが残念そうに言う。いや、それはちょっと勘弁…。


「あっ、プールのシャッター開いてる!」

体育館の横にあるプールは、使われていない時は通常入り口のシャッターが閉まっているらしい。

フェンスで囲ってあるだけのうちの中学校のプールと随分違うなと思ったら、改装したばっかりなんだって。どうりでキレイなはず。薄暗い中でも、シャワーがピカピカで新しいのがわかる。


せっかくだからと、私たちはプールサイドまで行ってみることにした。

「そういえば土足でいいの?」

既に入ってしまってからふと気になって、こっそりチカに質問する。

「もともと屋外なんだし、いいんじゃない?気になるなら脱げば?」

「真夏はマジメだなー」チカが言い、ユッコも「マジメー」と笑う。

男の子は底の柔らかいスニーカーだけど、私はサンダルだから、新しいプールサイドの床を傷つけてしまいそう。

やっぱり、一応脱ぐことにする。

パチンと足首のストラップを外して裸足になると、ひんやりとした温度がくすぐったい。


「なんか、音しない?」


最初に気が付いたのは春斗くんだった。

耳を澄ますと微かに小さな電子音が聞こえる。


ピピピピピピピピピピピピ…


「アラームか何か?さっきまで鳴ってなかったよね…」

「あっ、あれ!」

鹿島くんが指差す方を見ると、入り口シャッターの横にある、小さな赤いランプが点滅していた。

続いて、ウィーン、という機械音。


「シャッター閉まっちゃう!」

「やばっ!」


入り口に向かって走ろうとしたら、置いてあった私のサンダルにユッコが引っかかった。小さな水音をたてて、サンダルはプールに落ちる。

「あっ、ゴメン!」

ユッコは振り返らず、鹿島くん、春斗くん、チカに続いてそのまま閉まりかけたシャッターを潜り外に出た。

「真夏、早く!」

 鹿島くんが呼ぶ。立ち止まった私は手を伸ばして水に浮かぶサンダルを取った。

沈まなくて良かった…。


けど、シャッターは完全に閉じてしまった。


「ごめん、なんとかして出るから」

シャッターの向こう側にいるであろうみんなへ声をかける。

セキュリティが作動したのか、シャッターが開いている事を思い出した警備員さんが遠隔操作で閉めたのか。

考えていても仕方がない。

塀を乗り越えるしかないか。

ぐるっと見渡すと、塀は意外と高かった。手足を掛けられるような突起はない。

下手に騒いで警備員さんが来たら…警察呼ばれちゃうかも知れないし、そうなったら家にも連絡が行っちゃう。


不法侵入だよ、コレ。

どうしよう。


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