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虎次さん  作者: 如方りり
第2章∞夏休みと虎次さん。
4/22

2-1

 夏は私の一番好きな季節。

 そして、ついにやってきました。中学校生活最後の夏休みー!


「海もいいし、山もいいよね。浴衣に花火。カキ氷!」それからそれから…

「なっちゃんよぉ。朝っぱらから随分と浮かれてるみてぇだけど、受験を控えた大事な時期なんじゃなかったのか?」

 愛猫のトラジ…もとい虎次さんが、毛繕いをしながら呟いた。 


ぎくり。そうなんです。

私は一応受験生。

高校受験まであと半年ちょっとだ。

「言ってみただけだもん…」

「まぁ、わからんでもないけどな」

「虎次さんも夏の魅力がわかるの?」

夏毛に変わって体が軽い、とか?などと考える私に言った。

「夏期講習、春斗と同じとこなんだろ」

うっ。このおっさん猫、虎次さんには全てお見通しのようです。


 私がひそかに片思いしている、同じクラスの弥生春斗やよいはるとくん。

夏休み前に引退しちゃったけれど、吹奏楽部では自前のトランペットを吹いていて、それはもう上手で部内ではエースだったんだから。エースって言い方で合っているのかわからないけれど。演奏会のソロパート、カッコよかったなぁ。

それから、他の男の子と違ってガサツな感じがしない所がカッコいい。クールだけれど周りから浮いたところもない。

彼の事を好きな女の子は、私の他にもいるんじゃないかな…。


 その春斗くんが花丸ゼミナールの夏期講習に通うって人づてに聞いて、私も慌てて親にお願いして申し込んだのです。

大きな塾じゃないけれど、その方が個別に指導してくれそうだし、とかなんとか言って。

お父さんもお母さんも、私が勉強にヤル気出したと思って喜んでいるみたい。

不純な動機でごめんね。


「夏期講習っていったらさ。連日、春斗くんの私服が見られるのよ!」

虎次さん相手に、つい力説してしまう。

「制服と同じただの布だろ」

うっ…猫にはわかんないか。

学校では紺色の制服か青色の体操ジャージくらいしか見る機会がないから、私服ってガラっとイメージ変わるのよ。

あぁ、こんな色も似合うんだなぁとか、こんな服も着るんだなぁとか、色んな発見があってすごく新鮮なの。

つまり私もオシャレに気合いが入るってわけです。


「なっちゃん、半ズボンやぶけてるぞ」

「ショーパンね!これはこういうデザインなの」

「そんなに脚出してっと、転んだ時ケガするぞー」

虎次さん、うちのお父さんより言うことがおっさんだわ。


 いってきます、と玄関を飛び出して自転車を走らせる。

今日も朝から日差しが強くて暑い。帽子かぶってくれば良かったな、と途中で気が付いたけれど、取りに戻るほどではないので我慢。日焼けして鼻が赤くなっちゃいそう。

自転車を漕いでいる間は肌の上をすべる風が気持ちいいのに、止まった途端にぶわっと汗が噴き出してくる。


目的地までは約15分。

自転車で15分って結構距離があるんだけど、車の通りがそんなに多くない道なので気にならない。

住宅街とパンダ公園を抜け、駅を通り越してゆるやかな坂を上ると、花丸ゼミナールの赤い看板が見える。


 私が通うことになった花丸ゼミナールは、入塾テストの成績でクラス分けがされている。テストの科目は、国語・数学・英語の三教科。

春斗くんは、一番成績のいいAクラス。そして私は、残念ながらBクラス…。

せっかく同じ塾に通えることになったのに、これじゃ全くと言っていいほど喋る機会がない。


「葉月さん、おはよう」

 隣の学区の中学校に通っている鹿島かしまくんだ。夏期講習で同じクラスになって、何かと気さくに声を掛けてくれる。


「知ってる?このビルがある所、昔は病院だったんだって」

「へぇー、そうなんだ」

「今も夜になると女の子の霊が…」

 そこまで話したところで先生が入って来て、鹿島くんは自分の席へ戻って行った。

まだ通い始めて間もない私は仲のいい友達がいないので、鹿島くんの気遣いが嬉しい。

今のやりとりを思い出し、こんなビルにまで怪談話があるんだなと可笑しくなる。


まもなく授業が始まった。配られたプリントに目を移す。

一限目は私の苦手な数学だ。何が苦手なのかわからないけれど、何故だか数字を見ているだけで目がチカチカしてきちゃう気がする。

この夏期講習でなんとしても苦手を克服しないと、両親に申し訳ない。不純な動機で通い始めた事への罪滅ぼしだ。

もちろん、高校受験を控えた自分のためになるっていうのが大前提だけれど。


「ねぇねぇ」

 小声で話し掛けてきたのは、隣の席の女の子だ。両耳にはピアスが光っている。

「カッシーと仲いいね〜」

 カッシーというのは鹿島くんのことで、確かこの子も鹿島くんと同じ中学校だったはず。

ひょっとして、と直感が働いた。

鹿島くん、学校でモテるみたいだし、気になったのかな。

「葉月さん、彼氏いるの?」

キラリと光るピアスに緊張しながら「いないよ」と答えると、前の席にいた背の高い女の子が振り向き、クスクスと笑った。

そして私の方をちらっと見ると、また前を向いて何事もなかったかのように姿勢を直した。

隣の席の子も、私の返事に興味を失ったかのようにプリントの問題を解き始めている。


なんだろう。

嫌な空気というか、小さなトゲを感じた。

やっぱり、鹿島くんと仲良さそうに話していたのが気に障ったのかな。

私が好きなのはAクラスにいる春斗くんなんだから、心配しなくても何もないのに。

なんて言えるわけないけれど。


 私と同じ中学校の友達で、この塾に通っている子はいない。他校の友達ができるかと期待していたけれど、夏期講習以前から通っている生徒も大勢いて、既に仲良しグループは出来上がっている。

新参者の私にはちとツライ状況…。

女の子の友達、欲しいなぁ。


「年頃の小娘は、色々めんどくせぇな」

 家に帰って虎次さんに相談すると、そんな一言が返ってきた。

確かに、女の子って色々フクザツ。私だって春斗くんが他の中学校の女の子に気さくに話しかけていたら、ちょっと嫉妬しちゃう。

…春斗くんはそんなキャラでもないか。

でも女の子の方から、勉強教えてーなんて言われたら、やっぱり。


「なっちゃんらしくねぇな。友達が欲しかったら話しかけりゃいいのに。破れた半ズボン履いてないで」

「だからこれは…」と言いかけて思いなおす。

でも、そうか。すでに仲良しグループが出来上がっているなら、自分から話しかけて輪に入れてもらうしかないんだよね。仲良くなっちゃえば、誤解だとかワダカマリみたいなのは消えるよね。


虎次さんの喉を触りながら、グルルと鳴る音を聞いているうちに少し気持ちが前向きになってきた。

「虎次さん、ありがとう。ミルク飲む?」

「お、気がきくな。ロックで頼むよ」

 まだ夏期講習は、前期が始まったばかり。


 次の朝、学習した私は帽子をかぶって前向きな気持ちで夏期講習へと向かう。

教室へ入っていつもの席に座ると、「おはよう」と声をかけられた。鹿島くんではなく、昨日の授業中に話しかけてきた女の子たち二人組だ。自分から行動しなきゃと意気込んでいたところにチャンスが訪れた。


「葉月さん、下の名前なんていうの?」

 突然のことに戸惑いながら答えると、彼女たちの名前も教えてくれた。

 背が高くてすらっとした子がユッコ。

ピアスをしているおしゃれな子がチカ。

下の名前で呼んでねって言われて、何だか急に仲良くなれた気分。


「へぇ、葉月さん、まなつっていうんだ」

 鹿島くんだ。いつも一人でいる私が鹿島くんと同じ中学校の女の子たちと話していたからか、驚いたような嬉しそうな顔をしている。

「どんな字?」

「夏真っ盛りの真夏」

「いーね!可愛いじゃん、真夏!」

 褒められたことと名前を呼び捨てにされたことに照れながらも、ユッコとチカの反応が気になってチラリと横目で見た。

二人はにこにこしながら頷いている。

気を悪くしたんじゃないかと邪推した自分がバカみたい。ほっと一安心。


 まだ汗はひかない。帽子を脱ぐと、すぅっと冷房の風が耳の後ろを涼しく通る。

ドキドキしているのは自転車で坂道を漕いできたからだけじゃない、と思う。

他の中学校の友達ができた。

女の子の友達ができたよ、虎次さーん!


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