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虎次さん  作者: 如方りり
第1章∞真夏と虎次さん。
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1-2

 次の朝目を覚ますと、ぐっすり眠れていた自分に驚いた。私って意外と適応能力が高かったんだ。

もしかしたら昨日の出来事は全部夢だったんじゃないかとも思ったけれど、虎次さんに「おはよう」と挨拶をすると「おぅ」とはっきり返事がかえってきた。

にゃぉ、じゃない。おぅ、だ。


虎次さんは春斗くんの消えたトランペットについて何か思うところがあるらしく、私が学校に行っている間も調査をすると言って朝から出掛けて行った。

野生のカンってやつなのかな。


私も、勇気を出して春斗くんに聞いてみようと思う。また冷たくされたら悲しいけれど、困っている春斗くんを見るのはもっとヤダ。


 意気込んで登校した私は、隙あらば話しかけようと春斗くんの動向をいつも以上に注意して見ていた。

わざわざ席まで行って話しかけるのは目立っちゃうし、トイレで待ち伏せするのは変だし、なかなか難しい。

ようやく移動教室の前の休み時間、一人になったところを見計らって話しかけた。

クラスメイトたちは、ぞろぞろと音楽室へ向かっている。

「春…や、弥生やよいくん!」

いけない、いけない。下の名前で呼んでいるのは私の心の中でだけだった。慌てて苗字で呼び直す。

「あの、困ってる事ないかな?」

「え?」

しまった。直球すぎた。

「…特にないよ。何かのアンケート?」

「あ、いや、そうじゃないんだけど」

 春斗くんは不思議そうな顔をしている。まずい。

「そっか、ないか」「ないならいいの」「ありがとう」と立て続けに意味不明な言葉を並べると、私はその場から逃げるように音楽室へ向かった。

ダメだ。大失敗だ。もっと上手い言い方を考えないと。


 次の授業中は、ほとんど先生の話なんか聞かずに脳みそフル回転で考えた。ちょうど今日の音楽は講義がメインで、席に座ったまま考え事に没頭するには最適だった。先生は古典派の作曲家について話しているらしい。私だけじゃなく、みんなが退屈そうに見える。


演奏会の前に春斗くんの大事なトランペットを取り戻さないと。私に出来ることはないかな。力になりたい。でもそのためには、春斗くん本人から事情を聞いてみないことには何も始まらない。ただのクラスメイトの私に春斗くんから相談してくれる可能性なんてゼロ%なんだから、私がうまく話を引き出さないと。春斗くんに心を開いてもらうためにも、もうちょっと踏み込む必要がありそう。


 放課後になり、今日も部活に出ないで真っすぐ帰ろうとする春斗くんを追いかけて声を掛ける。幸い、昇降口には人がいなかった。よし、今度こそ。


「弥生くん、あの、トランペットのことなんだけど」


 靴を履き替えた春斗くんは、さっきとは明らかに違う表情で動きを止めた。


「私、見ちゃったんだ」

 こうなったら、カマかけて話を引き出すしかない。音楽の授業中に一生懸命考えた、私なりの作戦。


「どこで?」

「え…」

そうだよね。聞かれるよね。えーと…。

「トランペット、どこで見たの?」

「えっと…誰かが持ってた…ような…」

 言いながら、早くも物凄い勢いで後悔した。私のばか!まだ盗難って決まってないし、誰が持って行ったかも知らないのに。まるで犯人見たような言い方しちゃったよー!


 放課後の音楽室からは、今日も吹奏楽部の練習する楽器の音が聞こえる。まるで私の失態を笑うかのような賑やかな音。

それを遮るように、春斗くんが口を開いた。

「誰にも言わないでもらえる?」

ん?どういう事?

「葉月さんが見たこと、黙ってて欲しいんだ」

そう言うと「じゃあ」と春斗くんは行ってしまった。多分ものすごくマヌケな顔をしていたであろう私を残して。


何これ、どういう事だーー!?

トランペットは本当に盗まれていたの?

それにこの感じ…まるで犯人が誰だか知っていて、庇っているみたい…。


「春斗くんは、トランペットを盗んだ犯人を知ってると思う!!」

 家に帰って虎次さんに報告すると、びっくりする答えが返ってきた。

「犯人なら俺も知ってる」

 な、なんですって???


 虎次さんが昼間行った聞き込み調査(?)によると、どうやら春斗くんのトランペットは同じ部活の女の子が持っているらしい。女の子ってとこが…ちょっと引っかかるケド。

「春斗くんは知ってるんだよね?なんでその子に言って返してもらわないんだろう?」

「それは本人に聞かねぇと、わからんな」


確かにそうだ。こうなったら春斗くんに説明してもらわないと気になって気になって仕方がない。ついでに、その女の子とはどういったご関係なのかも…できたら。


「虎次さん、これって乗りかかった船じゃない?」

居ても立っても居られなくなった私たちは、一緒に家を飛び出した。


 春斗くんの住むマンションに向かう途中、パンダ公園に差し掛かったところで声を掛けられた。正式な名前は知らないけれど、昔からこの愛称で親しまれている公園だ。


立ち止まると、春斗くんだった。なんて偶然。

「これ、きみの猫なの?」

「うん」「ナァーォ」虎次さんも、答える。

「昨夜うちの近くをうろうろしてたんだ。名前、なんて言うの?」

「あ、えっと、虎次…さん」

「さん、までが名前なの?それとも敬称?」

 敬称だと答えると、飼い猫をさん付けで呼んだ事が面白かったみたいで笑われてしまった。春斗くんは屈んで虎次さんの背中を撫でながら、「ちょうど良かった」と辺りを見回した。どうやら人目を気にしているみたい。

「葉月さんには言っとこうと思ってたんだ。トランペットのこと」

 和んだ空気はすぐに消え、真面目な顔で静かに話し始めた。


 春斗くんのトランペットを持っているのは、同じ部活のトランペット担当の女の子。…名前は教えてくれなかった。

彼女は、演奏会が終わればトランペットは無事に返すと言っているらしい。誰かに話したり無理に取り返そうとしたら、大事なトランペットに傷をつける、という条件で。

「そんなの、脅迫じゃない!なんで…」

「演奏会でやる曲のソロパート、俺が選ばれてたんだけど…やりたかったんだと思う」

 実際、肝心の楽器を人質にとられてしまった春斗くんは練習に出られなくなり、このままだとソロパートは他の子に変更しなくてはいけなくなる。

「多分、昨日からその子のソロで練習すすめてると思うよ」

「だって、弥生くんは推薦で決まったんでしょ?一番上手いからソロに選ばれたんじゃないの?」

勢いよく話す私の言葉に、「上手いかどうかはわからないけど」と少し照れた顔をする。

「俺が推薦で決まった後に立候補するのは、やっぱ嫌だったんじゃないのかな。プライドとか」

 そんなのはただの我儘だ。実力で勝てないからって、卑怯だよ。

「俺はトランペットが無事に戻って来ればいいから」

 春斗くんは少し笑って、少し寂しそうな顔をした。


だから第三者である私にはこれ以上介入して欲しくないって事なのか…。


 家に帰ってからも、もやもやと考えるのは春斗くんのこと。

春斗くんだって、無事に戻ってくればそれでいいなんて言ってるけど、そんな大事なトランペットだからこそソロパートやりたいに決まってるじゃん。どうしようもないから諦めているだけで。


はぁ〜…。うまく解決する方法って、ないのかな。


「なっちゃんが悩んだってしょうがねぇだろ。春斗はこのままで良いってんだから」

「本当に、そう思う?もし、すぐにでも無事にトランペットが戻ってきたら、それが一番じゃない?」

「そりゃそうだけどよ」

言いながら虎次さんは毛繕いを始める。


 夕食の支度ができたからとお母さんに呼ばれて、私の長考は一旦中断された。それからご飯を食べた後もお風呂に入った後も、眠る直前までずーっと考えたけど、いい案はちっとも思い浮かばなかった。

 虎次さんは、食後にうとうとしていたかと思うと再び入念に毛繕いを始め、終わると水分補給をしてふらりと外に出掛けてしまった。

まったく、落ち着きがない。

 おっさんだけど猫は気まぐれなのね。

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