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虎次さん  作者: 如方りり
第5章∞喋る鳥と虎次さん。
13/22

5-2

「助けて」「殺される」

…ヨウムのねずみちゃんは、どこかで実際にその言葉を聞いた事があるのだろう。

その後も何かヒントになる単語が出てこないか注意深く聞いていたけれど、同じことの繰り返しと意味不明な言葉ばかりだった。

進展があったら明日学校で教えることにして、春斗くんとは遅くならないうちに解散した。


「どんなタイミングで重要なこと喋るかわかんねぇな」

「やっぱりこれって、飼い主さんに関係してるのかな…」

ヨウムの習性では、一度しか聞いていない言葉でも覚えることがあるらしい。

当のねずみちゃんは、何もなかったかのように虎次さんのおやつである貝ひもをついばんでいる。

そんな姿を哀れむような目をして、虎次さんが囁いた。

「事件のニオイがするぜ」



その夜は、うまく眠れなかった。

…殺人現場に居合わせ、犯人の情報を持ったまま逃げたねずみちゃん。

…そのヨウムを保護しています、と大っぴらに公言してしまった私。


犯人は間も無く、貼り紙やインターネットの書き込みを見て、ヨウムの所在を知る。

そして葉月真夏という中学生にたどり着く。


目撃者は、消される。


きっと私も…消される。


「どうしよう春斗くん!」

翌日学校で私の不安をぶちまけると、春斗くんもちょっと考えている。

私の被害妄想かと思ったけど、やっぱりその可能性がなきにしもあらず…ってことね。

不安が膨らむ。


「先にねずみから犯人の情報を聞き出して、警察に届けるのも手だよ」

悩んだ末、春斗くんが言った。

そっか。そうだ。先手を打つしか方法はない。


「時々歌う曲があるけど、そんなのもヒントになるかな。」

「何の曲かわかる?」

それが早口でよく分からない。

メロディも、聞いたことあるようなないような。


フフ フンフン〜♪

いや違うな、フンフンフンフン〜♪?


春斗くんなら知っているかと思って、何度か鼻歌を歌って聞かせた。耳で聞いただけの、ねずみちゃんの歌を再現するのって難しい。


「…わかる?」

「続きは?」

続きは、ない。いつも途中までしか歌わないから。


「そういえば、会ったときも何か歌ってた気がする」

 春斗くんはじっと一点を見つめ、指先を動かして考えている。ねずみちゃんの歌と私の鼻歌を解析しているのだろう。


「“トランペット吹きの休日”に似てる」と、出だしのフレーズを口ずさんだ。

確かに、似ている。というか、ねずみちゃんが口ずさんでいたのはまさにこの曲だと思う。運動会の徒競走なんかで使われる、アップテンポな曲だ。


うーん…と腕を組む。

「こういうのは、どうかな」

春斗くんの案は、“トランペット吹きの休日”の音楽をねずみちゃんに聞かせてみないか、と言うものだった。

その曲が正解だった場合、引き金となって他の情報を喋ってくれるのではないか、と。

やってみる価値はありそう。吹奏楽部の練習用CDがあるから、と春斗くんが部室まで行って借りてきてくれた。


家に帰ると早速、自室にこもり“トランペット吹きの休日”を再生する。

「なっちゃん、運動会でも始めんのかい?」

「違うよ。この曲、ねずみちゃんの歌に似てるでしょ?」

虎次さんは首をかしげる。

耳はいいのに音感はないんだった。


リピートで何度も流す。テンポの速い曲調に私の気持ちまで焦る。

「ウッセー。バーカ」

…怒らない、怒らない。

もう一回、最初から再生。

あれ?今思い出したけどこの曲って、


「タスケテ、コロサレル!」

 ねずみちゃんのスイッチが入ったようだ。

そうそう、その調子、と耳を傾ける。


「シラトリ」

…!?

「おい、今!」


白鳥?


TRRRRRRRR…


電話が鳴った。ねずみちゃんの声かと思ったけれど、本物の電話だ。なかなか止まないベルの音を聞いて、お母さんが買い物に出掛けたことを思い出す。


「電話に出てくるから、ねずみちゃんをお願い」

音楽は流したまま、虎次さんに任せて部屋を出ると受話器を取った。


「こちら駅前商店街の、ポチタマ動物病院ですけど」

電話の相手は朗らかな声で答えた。

この間、迷子のヨウムを探している人がいないか聞いて回ったうちの一件だ。

いたずら防止のため、うちの電話番号はポスターには書かず、協力してくれるという動物病院とペットショップにだけ伝えてあった。

電話の用件は、飼い主だと名乗り出る人が訪ねて来たので、もう一度動物病院に来てくれないかという申し出だった。


 電話を切った後も、受話器を持ったまま立ち尽くす。

私の部屋で流れていた“トランペット吹きの休日”は、いつの間にか止まっていた。

虎次さんが様子を見に出てきている。


「ポスター見て、飼い主だって言う人がいるみたい」

「なっちゃんの鳩みたいな絵で伝わったんだ」

「ヨウムって書いたからね」

「本当に飼い主だといいけどな」虎次さんが恐ろしいことを言う。

あれからねずみちゃんが何か喋ったか聞いてみたけれど、シラトリという名前は二度と出てこなかったって。


春斗くんに連絡する事にした。

家に電話をかけるのは初めてだったけれど、すぐに本人が出てくれた。

「どうしたの?ねずみが何か喋った?」

私は頭の中を整理しながら、今起きたことを伝える。

「あの曲、春斗くんに貸してもらったCDがね」落ち着け、落ち着け、私。

「シラトリ、って言ったの!」

 やっとの事で伝える。

「それって、人名なのかな」と春斗くん。

「地名やお店の名前ってこともありそうだよね」

確かに。勝手に犯人の名前だって早とちりしていたけれど。

何にしても重要な固有名詞に違いない。

「あと、ポチタマ動物病院から電話があって、飼い主が現れたから来て欲しいって」

「飼い主?」

「うん」…本当に飼い主かどうかはわからないけれど。

「どうする?今から行ってみる?」


まだ暗くなるまで時間がある。駅前商店街だったら自転車で行けばすぐだ。

春斗くんは、一緒に行くと言ってくれた。

良かった。一人じゃ心細かったから。


猫用のキャリーバッグに虎次さんとねずみちゃんを入れていると、玄関のドアが開いた。

「あら、どこか行くの?」買い物袋を提げたお母さんが、何事かという顔をしている。

「今さっき動物病院から連絡があったの」

ねずみちゃんの飼い主が見つかった、と伝えると「賑やかだったのに、さみしくなるわね」と笑った。

さみしくなる。

 でもお母さん、それどころじゃないかも知れないんだよ。


途中で春斗くんと合流した私たちは、駅前商店街に向かった。

自転車の揺れが響くのか、狭いキャリーバッグに入れられた虎次さんとねずみちゃんは落ち着きがない。


ポチタマ動物病院は診察時間が終わり、入り口のドアには薄いカーテンがひかれている。

中に入るのを躊躇していると、春斗くんがドアを開けてくれた。


「こんにちは」

「あの、ヨウムのことで…」


受付のお姉さんは、あぁ!と言うと「ちょっと待ってね」と笑顔で院長先生を呼んできてくれた。


院長先生は優しそうな初老の男の人で、私と春斗くんだけではなく、キャリーバッグの中の虎次さんとねずみちゃんにも挨拶をしてくれた。

「ちょっと訳ありでね」

院長先生は話し始めた。


飼い主だと名乗る人は、直接私と会って、ヨウムを保護してくれたお礼をしたいと言っているそうだ。

「ヨウムさんの受け渡しをするのにウチの病院で預かれれば、君たちの手を煩わせることもないんだけどねぇ」

「ちょっと変わってますよね」と受付のお姉さんが言い、言った後で失言に気が付いたように慌てて口を押さえた。

「せっかくヨウムさんを連れてきてもらったけど、ここに電話してあげてくれないかな」


メモには電話番号が書かれている。

名前は、白鳥。


これは、犯人からの警告だ。

“見つけた。もう逃げられないぞ”、って。


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