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それからの二日間は、勉強もあまり手につかず、気が付くとみなみ高の文化祭のことばっかり考えて過ごした。
なんだか怠くて熱っぽい。
身体の中に鉛のような重しが入っているみたいだ。
「なっちゃん、顔色悪いぞ。塾ぐらい休めねぇのか?」
「大丈夫。測ったら熱なかった」
大丈夫、大丈夫。自分に言い聞かせて家を出る。
休んだら変に思われるもん。
こんな事で、逃げたって思われたくない。
花丸ゼミナールでは、各クラスの半数が先週末に行われたみなみ高の文化祭に行ったらしい。
制服が可愛かったとか校舎が広かったとか、授業が始まる前はその話で持ちきりだった。
「葉月さん、カッシーと行ったんだって?」
同じクラスの子に聞かれ、敢えて会話に加わらないでいた私の平常心はどこかへ行ってしまう。
控えめな声で「うん」とだけ答えると、続いて質問しようとしていた子たちが所在無げに顔を見合わせた。
「ほんとに?」「付き合ってるの?」ひそひそと声がする。
春斗くんにも聞こえちゃうかも知れない。
ううん、絶対に聞こえてるはず。春斗くん、耳がいいもん。
やめて。
「葉月さん、大丈夫?顔色悪い」
心配そうな顔の春斗くん。
…お腹、痛い。
「医務室行った方がいいよ。立てる?」
花丸ゼミナールに、医務室なんてあったんだ。
初めてその存在を知って少し驚いた。
と言っても医務室には保健の先生がいる訳じゃなくて、最低限の設備に、空き授業の先生が交代で見てくれる程度のものだった。
「大丈夫だから、春斗くんは戻って」
空き授業の先生が女の人で良かった。
生理痛だったみたいで、痛み止めの薬を飲んで湯たんぽを膝に乗せて温めていたら大分ラクになってきた。
夏の疲れとストレスかしらね?と、先生は優しく微笑んだ。私くらいの年齢だと身体が不安定で生理不順になりやすいんだって。
授業は受けられそうにないから、今日はこのまま帰ることにした。
教室に置きっ放しの荷物は先生が取りに行ってくれて、一安心。授業の始まった教室に入ることにならなくて良かった。
これ以上目立つことは避けたい。
早く、あの好奇心いっぱいの視線から逃げてしまいたい。
生理痛で塾を早退した私は、翌日学校まで休んでしまった。
「はぁ〜…」
大きな溜息が出る。
お腹が痛い。
だけどそれとは別で、胸が痛い。
「なんだ、なっちゃん。ついに鹿島に惚れたか?」
「虎次さんまでそんな事言わないでよ」
いくら猫でも無神経すぎる。
今はそういう冗談、聞きたくない。
ぷいと顔を背けると、頭まで布団をかぶった。
今日は木曜日。塾のある日。
体調は大分良くなったけど、気が重い。
早めに行ってこないだ看病してくれた女の先生にお礼を言おうと思ったけど、まだ出勤していなかった。
仕方ない、後でもう一度行ってみよう。
授業は何事もなく終わった。
一昨日の早退を心配してくれる子が何人かいたけれど、文化祭の話題は出なかった。
もうみんな次のことに目を向けているのだろう。人の噂も何日だとか言うけれど、受験生の切り替えは早いらしい。
帰る前に、女の先生を見つけてお礼を言うと、無理しちゃダメよ、と言われてしまった。
戻ってきた日常に安堵していると、廊下にユッコとチカがいた。
よりによって一番会いたくない二人だ。
「真夏、体調大丈夫ー?」
「こないだ早退したって聞いて心配で」
無視して通り過ぎようとしたところに、なんだか拍子抜けするような言葉を掛けられた。
文化祭のこと、根に持ってるんじゃなかったの?と不信感が広がる。
「大丈夫?お腹の子」
「パパ呼んで来ようか?」
二人は、鹿島くんの名前を呼びながらケタケタと高い声で笑った。
カァッと顔が熱くなる。幼稚な嫉妬と八つ当たりは、まだ続いていたんだ。
「あっ、春斗ー!」
帰ろうとする春斗くんをチカが呼び止める。
「真夏がね、」
やめて、やめて。
「オメデタなんだってぇー!」
春斗くんは、何それ?と言って、きょとんとしている。
私はたまらず、その場を飛び出して駐輪場へ向かった。言い返す余裕もない。なんにも言葉が出てこない。
帰る帰る帰る。
自転車に跨り、出ようとすると春斗くんとぶつかりそうになった。
「あいつら相変わらず品がないね」
春斗くんは、ユッコとチカがあまり好きじゃない。呆れたような顔をしている。
「鹿島と付き合ってんの?」
…!!
「付き合ってない!!」 つい声が大きくなる。
「あ、そーなんだ」
興味があるのかないのか、のほほんとしている春斗くんを見て思わず涙が出そうになる。
「葉月さんは、鹿島のことが好きなんだと思ってた。鹿島も…」
「知らない!」
悔しい。
なんだかわかんないけど、悔しい。
恋愛感情なんてない男の子の事で嫌がらせされて、当の鹿島くんはちょっと無神経なトコあるし、そんで、親友の花梨にだって誤解されてるみたいだし。
頭の中も気持ちも、ぐちゃぐちゃだ。
「私の好きな人は、受験が終わってから教えてあげる!」
自分でも意味不明な捨てぜりふを残して、ぐんとペダルを踏み込んだ。
ゆるやかな坂を一気に駆け下り、加速したまま必死に自転車を漕ぐ。
全部、受験が終わってから!
鼻の奥がツンとしみて涙が出てきた。
うー。
「そりゃ、なっちゃん、わけわかめだぜ」
わかってるよ。
「そんな泣くぐれぇなら、春斗に好きだって言っちまえば良かったのに」
言わないよ。
あんな状況で、言えないよ。
鹿島くんが話していたことを思い出す。自分も、相手も、受験に集中できなくなっちゃうから。
虎次さんは尻尾をぱたぱたと動かして私と慰めようとしてくれている。
もっと強くてもっと成長した真夏じゃないと、春斗くんには敵わない。
次の3月までに、私の片思いはたっぷり熟成させておくんだ。
「そうやって少女は大人の階段を」
「何か言った!?」
「ナォーゥ」
終