ヒトと共に。
ミャーミャー。
私がお母さんから産まれて本能的におっぱいを探す。お母さんは私をペロペロとなめて綺麗にしてくれる。お母さんの綺麗な毛に体を預けてお腹がいっぱいになると一つ大きな欠伸をして眠りにつく。しばらくはそれを繰り返す。
ミャーミャー。
ある日気が付いたらいろんな仲間がそこにいた。そして遊び道具も用意されていた。ころころと転がるボールにとびかかったり手で転がしたり。楽しい。
すると私達を見るいろんな人間。ガラス越し私の事をみつめる。なにか言っているようだが私の元には届かない。それで結局その人間を観察するのにも開けてボール遊びを再開する。
ミャーミャー。
私はたまに人を見て、それ以外は眠ったりと自由にしていたらある日私に食べ物をくれるお姉さんが私を抱っこして外に連れ出した。
そこで私は一人の人間に渡される。他の人間に比べるとずいぶんと小さいようだった。
「可愛い!えっとね、えっとね、ユミはユミだよ。5歳!」
なにか私にしゃべりかける人間。なんどもユミ、ユミと繰り返して言っている。ユミ、というのがこの子を指す言葉なのかもしれない。
首を回してキョロキョロするとあのお姉さんと二人の人間が喋っている。なにか難しい言葉を喋っているみたいで私には到底理解できない。
私はミャーと鳴いて欠伸をする。すると“ユミ”は私を大きく抱きしめた。少し息苦しい。
ミャーミャー。
私はゲージに入れられて気が付くと全く知らない場所に来ていた。
「ここがね、ユミのお家なんだよ。そしてね、リリィのお家だよ」
そういって“ユミ”は私に話しかける。何を言っているのかわからない。だけど“ユミ”は私をニコニコと眺めていた。しばらくするといつも私が遊んでいたボールとは違うボールを渡してくれた。それから私の首にわっかを付けられた。よくわからないけどそこまで痛くもないし別にいいや。それとリリィのだよとクッションもおかれる。コトッと食べ物を置かれる。いつもとは違う容器に入っていて味も違う。だけども美味しいから問題ない。
「元気に一杯食べてね、リリィ」
ミャーミャー。
最近わかったことがある。それは私がリリィと呼ばれているということ。そしてユミが私を気に入っているということだ。私はだあれ?私はリリィ。鏡に映る自分はそう答える。マリを蹴って遊んでいると目の前にフワフワした毛糸が落ちてくる。興味をそっちに移して毛糸に飛びつこうとする……と、突然毛糸が上に伸びていく。毛糸についている棒を追っていくとそこにはユミがいた。
「リリィ。こっちだよ!」
ユミは笑いながら言うと私にまた毛糸を、差し出す。それをパンチして遊んでいるとドンドン疲れてくる。
欠伸をして私は寝床であるソファーの上で丸くなる。
「あれ?リリィ?寝ちゃうの?」
どこか不満そうな声を上げるユミだが私は一つ鳴いて眠りにつく。
ニャーニャー。
「ねぇねぇ、リリィ!これ見てよ、ランドセルだよ」
ふっふーんと鼻を鳴らして真っ赤な鞄、ランドセルを私にみせる。
「これ着て来週から小学校にいくんだからね!」
よくわからなかった。その言葉から太陽が昇って、落ちてを7回繰り返してからユミが家にいる時間が減った。今までもいなかったことが多々あったが急にいる時間が減ったように思える。
家にいるときも鉛筆と紙を持ってテーブルに向かっている時間が増えてきた。しかし、それが終わると。
「リリィ。おいで」
ユミが私を呼ぶ。いつも通りだ。私はニャーと鳴いてユミの元へ歩いていく。するとユミは私をギュッギュッと抱きしめて遊ぶ。遊び方もなんだか色々変わってきた。お話しが増えたような気がする。といっても、私はあまり理解できていないが。
「あのね、ユウちゃんと今日鬼ごっこしてたんだけど、それでユウちゃん転んじゃったんだ。そうそう、あとユミね、先生に褒められたんだよ」
声のテンションがいつも違う。話によっても違う。だけどもユミは楽しそうなのであまりきにしないことにする。ユミはとても楽しそうに私と遊んでいる。
ニャーニャー。
ユミが“小学校”というものから“中学校”というものへ通うものを変えた。網のついた棒……ラケットと羽、シャトルを持って中学校に行っている。いつも朝早くからやってきて夕日が鎮まる前ぐらいに帰ってくる。時折そのまま眠ってしまうこともある。だけどもいつもだいたいは。
「ただいまー、リリィ」
ニャーと返事を返す。
「うーん。癒し。リリィ……数学の岩田のオヤジ最低なんだから」
頬を膨らませて文句を言う。
「岩田のオヤジ絶対、贔屓してるんだから。そりゃ、アタシそんなに可愛くないよ?自分だって可愛げがないってわかってる。でも、キッチリやってるちゅうの。酷いよねぇ、リリィ?」
私に同意を求めるように話しかけてくる。私はユミの話す言葉で返すことはできない。それに正直全てを理解できているわけでもない。だけども、私はわかっている。
ニャー。
一つ鳴いてみせる。
「だよねぇ。リリィ」
ギューと私を抱きしめる。何が気に入ったのか正直わかっていないけどユミが喜ぶならそれでいい。
ニャーニャー。
夕実は高校生になった。いつも以上に朝早くに出かけるようになった。私が起きる前にもういなくなっていることもあった。にもかかわらず家に帰る時間は変わらなかった。どうやら部活に入らなかったらしい。その原因の一つとしてバドミントンがなかったといっていた。
「ただいまぁ、そうだ。リリィ。今日はこれ買ってきたんだ」
そういってリリィは新しいおもちゃを取り出す。高校の近くにペットショップがあるらしい。羽振りもよくなったのか時折こうやっておもちゃを買ってくることがある。
「せーの」
ポイとボールを投げる。それを前足でキャッチしようとしたがツルッと滑る。
「アハハ、それつるつる滑るんだって」
そう笑う。確かに前足で持とうとするとどこかに行こうと逃げる。バシッバシッとボールを叩いて遊んでみる。
「よかった、リリィが気に入って」
ニコニコと笑う由美。よっぽど私がこれで遊ぶことが嬉しいみたいだ。
ニャー……。
由美が大学生になって一年がたった。
「お母さん、どうかな?」
隣の部屋ではなにかごそごそと物音を立てている。だがそれを見に行く元気もないので私は定位置のソファーの上で大きな欠伸をする。最近はここにいる時間も増えた。
「よし、完成と。ねぇ、リリィ。見てよ」
隣の部屋から由美がやってくる。いつも来ている服より重そうで豪奢な感じだった。
「成人式だから着物きてみたんだ。似合ってるでしょ?」
クルクルと回る由美。私はニャーと鳴いてみせる。
「どうしたの?リリィ?」
だが、私の鳴き声に眉をひそめる。
「なんだか、元気ないけど……。ゆっくりしててね」
どうやら鳴き声に張りがなかったらしい。それで由美に迷惑をかけているのだろう。
私は四本の足をきちんとソファーに沈めてニャーニャーと鳴いてみせる。
「うん、いってきます」
私に微笑みかけて由美は出かけて行った。
四本の足が折りたたむようにして力が抜いていく。瞼がひどく重たい。ついさっきまで眠ってたし、とても懐かしい夢を見ていたような気がする。
そういえば私のお母さんはどこにいるんだろう?すぐにここにきて由美と楽しい思い出を過ごしたなぁ。
なんだかいろんなことを思い出してきた。
ミャーミャー。
なんだか懐かしい声が出た。由美が帰ってくるまで待とうかとも思ったけど本当に眠い。そうだ、せめて。
私は四本の足でソファーから飛び降りる。なんどか転びながら由美がはじめておいてくれたクッションのところへ行く。
おやすみなさい。由美。また、会おうね。