きっかけ
俺は、なんてことをしてしまったんだろう。人殺しとか、そういうグロいことをしたんじゃない。だけど、本当にやばいことをしてしまった。
「ここから出せよ!!」
鏡を叩く。映っているのは俺だけで、誰に向かって叫んでいるのだろう。鏡にひびが入る。もう一度叩くと、鏡は粉々になって砕け散った。
俺は、井上恭。十四歳の中二。井上っていう苗字は、本当の苗字ではなくて、本当の苗字は柏木。小さい頃に捨て子となり、養子として井上家にいる。
その井上家で俺は、召使いのような扱いを受けていた。こんなことになったのも、そのせいだ。
今日は、一段とおじさんの気が荒かった。俺が喋ろうとしただけで睨んできたり、殴りかかろうとする。少しぐらいの抵抗はするが、あんまり抵抗をすると、今度はおじさんがナイフを持って睨んでくるから危険でしょうがなかったんだ。
怖くて、奥の方で生活していたら俺はあの鏡に出会ったんだ。見た目は鏡とは言えない位、黒ずんでいた。手で、それを払ってみたら、怖くなった。なぜなら、鏡の奥に黒い渦巻いているものがあったからだ。
「なんだよ……これ」
手が震えた。こんなおかしな鏡、見たことがない。
「何やってるんだよ。そんなところで」
兄の声だ。正しくは義理の兄だけど。兄は、俺の元まで寄ってきて眉間にしわを寄せた。「お前、これどこで見つけたんだよ」
「……ここで、です」
敬語を使った。
「ここで?」
「はい」
兄はにやりと笑みを浮かべた。不審な笑みだ。「お前さあ……」
鏡の渦が、大きくなっていた。手の震えが、止まらない
「その鏡に手を当てて、叫んでみて。『我、この世界を支配するもの!』って」
「兄さんがしてください」
「いいから、言えよ。お前、俺に従えねぇのか?」
兄の顔は、怖い。目だって、テレビに映ってた犯罪者のような目だ。
「早くしろよ」
脅迫。殺されるという、感覚が全身に伝わる。
やらないといけない。やらないと、俺が殺される。やらないと、俺は二度と外に出られない。手を鏡に当てた。息を吸う。
「わ……わ、我、この世界を支配するもの……!」
言った。兄は、笑っていた。
「よく言ったな……召使い。今日から、お前は自由だぜ。良かったな、そうなれて。念願だっただろ? じゃあな」
なんで、それだけで自由になれるのだろう。この家から出られるのは念願だけど、意味が分からない。
兄は、何が言いたいんだ?
「兄さん、それはどういう……」
鼓動が鳴り響く。鏡に当てていた手をはずそうとした、が、外れない。
「なんでとれないんだよ? なんで」
叫んだ。兄は高らかに笑い、俺の体に手を当てた。
「助けてくれるんですね……」
そう思った。そのときだった。
兄の手は、俺の体を押した。重心が傾く。俺は、手に力をこめて重心を元に戻そうとした。が、手がない。いや、手が鏡の中に溶けている。
「サヨウナラ。召使い」
兄は棒読みでそう言った。顔が青ざめる。「助けてください!」
体も、手と同じように鏡の中に溶けていく。慌てて、もがこうとした。そうすると、余計に体が鏡の中に溶けていってしまう。俺は、死を悟った。
そして、気がついたら俺はこの世界にいた。簡単に考えたら、鏡の中の世界だろう。この世界は、真っ暗だ。夜よりも、暗い。暗黒の世界だった。
俺は、この世界でこれからどうなるのだろう……。