見捨てられた子供
椅子に座った俺の膝の上、腕の中で真っ赤になっているルランを見下ろし、俺は少し満足していた。
この娘は随分と活発だった。心臓に負担がかからない限り、男かと思うくらいよく動き回る。あれから3度屋根に登っているのを目撃している。もちろん、3度とも連れ戻している。どれだけ時間をかけているのか、朝いなくなってから屋根を登り切るのは決まって昼頃だった。本人曰く、休憩を入れれば心臓に大きな負担はかからないのではないか、と言うことらしい。落ちたら困るので、屋根に登れないよう彼女の寝室を移動させた。壁に取っ掛かりがなく、窓のそばに屋根がなく、結構な高さにある、俺の寝室に。
再び腕の中の花嫁となる女を眺める。本人には見分けがつかないらしいが、現在俺もルランも寝巻き姿である。教えてやった途端、枕で叩いて追い出そうとして来たので腕に閉じ込めたわけである。大体こうしてやると、しばらく抵抗して大人しくなるのがコレの習性だった。
もう一つ、ルランは鼻がよく利くようだ。石鹸を変えるとすぐに聞いてくる。一度だけ香水の混じった石鹸を使ったら、その日1日腕の届く範囲に入って来なくなった。近づくとさりげなく逃げられる。そして、どうやら俺の匂いが好きらしい。
背もたれに寄り掛かり、目を閉じて静かにしておく。しばらくするとルランがもぞもぞと動き、肩に頭を乗せてくる。そのまま静かにしていると、小さな鼻先が首筋や髪の辺りをすりすりと動くのだ。ぞわぞわするのを我慢すると、やがて安心した寝息が聞こえてくるのだった。
侍女の話によると、ほぼ毎晩、震えながら声も出さずに泣いているらしい。夢でなにを見ているのか分からないが、泣き方を知らない子供のようだと侍女が言っていた。母親に捨てられたことと関係があるのだろうか。ないはずがないが、とりあえず泣いているのを見つけたら急ぎの用があろうとも泣き止むまで添い寝をすることにした。その成果らしきものが、先ほどのルランの行動である。
『龍・・・が、飛んで・・・綺麗・・・』
「・・・寝言か?」
前の世界の言葉のようだ。魔法の呪文のようなその言葉は、ルランの唇を通るとまるで歌のように聴こえる。前の世界では声がほとんど出せなかったらしく、たまに上手く喋れなくなる時があった。大体、その後には倒れるのだ。
精神的な疲労。
ルランの病はそれではないのかと思った。声が出なかったり夜に泣いたりするのも。
ルランをゆっくりベッドに横たえ、自身も隣に潜り込んでその細い身体をぎゅっと抱きしめた。
「俺が・・・守ってやる」
安心したような寝顔にそういって、もう一度強目に抱きしめる。腕の中のか弱い存在は、それだけでふるり、と身を震わせた。守らなければ。と、半ば使命感に近い感情が湧き出てくる。この、将来嫁になるであろう少女を、あらゆるものから守ってやらなければ。




