傷ついた心
アレール家の当主が怒り心頭でルランに会いに来たのは先刻のこと。わざわざ城に来た彼はルランに罵声を浴びせるべく、ミレニアの侍女たちと野次馬と共に部屋に入った。しばらくして、若干青い顔をした侍女たちを連れた当主が戻ってきた。
「あの・・・陛下」
「なんだ」
「あの娘はどういう状態なのでしょうか」
「倒れてから2週間だが、1度も目を覚まさない。なにより娼婦と言われたことに酷く心を痛めていた。簡潔に言えば、死にかけている」
あの日からルランは目覚めていなかった。最初の1週間は誰もがすぐ起きるだろうと思っていた。しかしなかなか目覚めず、噂もどんどん大きくなっていたためにルランの部屋には他の侍女が来るようになった。やがて見舞いと称して騎士や令嬢、果てや御意見番までが来た。そして、そろってこう言うのだ。
『ルラン姫は目覚めるのか』と。
侍女や騎士、良識のある令嬢は心配しているようだが、他は違った1人の王につき1度しか召喚の許されない白の君。それが結婚せずに死亡した場合貴族の娘の中から女王となるものが選ばれるのだ。そして、あまりにも無作法なルランを嫌っていた御意見番は、これ幸いと貴族と手を組んだ。
だが、王が一人の侍女を斬り殺したという噂が流れ始め、うるさかった見合いは唐突に終わった。
ルランを叩いたと言う侍女が、あろうことかルイに接触し、挙句に怒り狂った本人にズタズタにされたのだ。「陛下の前で姫のことを娼婦と言って殺されたらしい」とまことしやかに囁かれているが、誰も真偽を確認しようとはしない。
なぜならルイは謁見が終わるや否やルランの所へ行き、仕事もそこでしながら1日のほとんどを彼女の隣で過ごしているからだ。夜になれば舞踏会もそこそこに、挨拶だけ済ませてさっさと戻ってしまう。そしてそっと彼女を撫でて眠るのだった。
「陛下、お食事は」
「いらない。午後の謁見は明日に回せ」
「・・・かしこまりました」
レミアが気遣わしげな表情を浮かべているのは知っていたが、ルイは気付かぬふりをした。ろくすっぽ食事をとっていないために少し痩せた気もする。しかし、眠る少女を見るとそんなものは本当に些細なことのように思える。
黙りこくってルランの痩せた頬を撫でる王に、アレール家の当主は娘がとんでもないことをしでかしてくれたとヒヤヒヤしていた。ルランが病弱なのは本当のことだったのだ。それを娼婦と呼び張り倒し挙句いつ目覚めるかも分からないとは。
落ち着きのない当主には目もくれない王を盗み見て、寵愛を授かった娘をもう一度見た。
さぞ美しい髪であっただろうに、手入れをされているにも関わらずくすんだ髪を梳き、時折目尻から流れる涙を優しく拭ってやる。壊れ物を扱うような王に、だんだん当主も焦り始めていた。下手したら身分を剥奪されるかもしれない。
「ルイへいーー」
ルランに覆いかぶさった王に驚き、声をかけようとした侍女の口を咄嗟に塞いだ。ルイの震えた声が聞こえる。
「ルラン・・・ルラン、すまなかった・・・頼む・・・起きてくれないか・・・っ」
肩を震わせて泣く若い王に、誰も声をかけられなかった。誰もルランの歳を知らない。だから辛くあたりに来るのだ。王なのにルランを守れないのか。そう思うとルイは泣きじゃくりたかったが、他人の目がある以上、今より泣くことは出来なかった。




