FPS episode.06
episode.06――
2014/8/12 首都アルダート 貴族街 ――
閑静で豪奢な屋敷の数々が広がる貴族街で、一際大きいアンティラーシュ卿の屋敷。世間からは吸血鬼の館として有名なこの屋敷には早朝から人の営みを感じさせる湯気が煙突から立ち込めている。
そんな一流のホテルと遜色が無い程に広く綺麗なキッチンで、ジャクソンは自らの日課となっている料理を黙々と作っていく。
「ふぁ~あぁ~いい匂い、なに作ってるの?」
キッチンの戸口から声を掛けてきたのは、ジャクソンも見知った1人の女の子だった。
「俺の故郷の料理で、"煮物"って言うんだ」
「へぇ、美味しそー。ア~~ン!」
まるで雛鳥が餌をねだる様に口を開けて、ツマミ食いを要求してくる女の子にジャクソンは作りたての煮物を箸で少しだけ取り分け彼女の口に放り込んだ。
「んぅ~オイシー!何コレぇ!!」
「まぁ、お袋の味ってやつかな?」
「オフクロノアジ……バッグの味?変なのー」
女の子は鍋と睨めっこしながらお袋の味の意味を必死で考えているようだ。
「いや、英語だと"Mom's cooking"って感じだね。それよりもそろそろキャスターが来るから、団長を起こしてきてくれるかい?」
「ハーイっ!」
女の子は元気よく返事をするとトタトタと団長を起こしに行く。何で朝からこんな平和な一時をやっているのかと言うと、それには少し事情がある。
先月に黒騎士団へスカウトされたばかりのジャクソンは元々寮に住む予定だったのだが、入団の初日からジャクソンを狙ったテロで寮が破壊されてしまうという事件が起きた。
そして、寮の連中に疫病神と言われて追い出されたところを見かねた団長の家に拾って貰ったという訳だ。肩身の狭い居候の身だが、これがジャクソンの今の日常である。
ん、そんなことよりさっきの女の子は誰かって?それはその内に分かるよ。たぶんね…
――コンコンコン。
屋敷内に広く響くノックの音。それを聞いたジャクソンは鍋の火を止めて、少し距離のある玄関まで足を運び扉を開けた。
「アレ、少し早かったんじゃないのか?」
「歳になるとどうもな…ルイは起きているか」
「相変わらずまだ寝てるよ。ちょうど朝食の用意が出来たから上がってくれ」
これだけ広い屋敷だが、団長ことアンティラーシュ卿にはとある理由で使用人が居ない。尚且つ屋敷の所有者である団長とさっきの女の子はマトモに料理が出来ない生活破綻者の為、やむなく屋敷のシェフをジャクソンが兼任しているという訳だ。
今回、以前に振る舞ったすき焼きが好評だったので今日はキャスターに新たなレシピを振る舞ってみようとこの世界にある見た目と味が似ている野菜を使って、煮物と焼き魚という純和風の朝食を用意していた。
ジャクソン自身が故郷日本の米に飢えていたというのもあったが、日本人はパンのみに生きるにあらず!というのが彼の自論だ。
「むぅ……この独特な匂いは"ワショク"だな。これは是非とも頂くとしようか」
自身の立場と見た目に似合わず好奇心旺盛なキャスターをダイニングルームに案内している途中、先程の女の子が今度は半泣きになりながらジャクソンに向かって走ってくるとバフっと抱きついた。
「えーん、ジャクソーン。お姉ちゃんにまた噛まれたよーっ!」
「ハァ、どんだけ寝覚め悪いんだよ……」
この女の子が言っている"噛まれた"という、光景を頭の中で思い出し、タメ息を吐く。
「ふむ……何かあったのか“クリフ”?」
だが、クリフと呼ばれたその女の子は可愛らしく頬を膨らませると、キャスターへ必死に抗議する。
「むぅ~違うもん!私、クレアだもん!!」
そう……この人懐っこい感じの女の子は普段あれだけ小憎たらしい悪態を吐くクリフその本人なのだ。ジャクソンも最初は到底信じることが出来ずに随分驚いたものが、今では慣れてしまった。
幼少期のトラウマによる解離性同一性障害だと、団長は話していたがクレアと名乗っている女の子が本来の人格で、普段のクリフは彼女を守ろうとして死んでしまった兄の人格なのだそうだ。
女の子の人格が少し幼いのはそれが影響しているらしいが、それについては団長からも詳しい話はされなかった。
また、自身のプラーナが少なくなり不安定になると本来の人格であるクレアに戻ってしまうらしい。恐らくは先日のバーサーカーを倒した際の消耗が影響しているのだろう。
「おぉ、スマン……つい間違えてしまった」
キャスターがそう戯けて見せるとクレアはベーっと舌を出してそっぽを向く。その光景はまるで孫とおじいちゃんと言った感じだろう。現にキャスターはクレアを自分の娘の様に可愛がっている。
「じゃあ、団長を起こしに行くから代わりにクレアはキャスターを案内してくれ」
「ハーーイ!」
クレアがキャスターを伴ってダイニングへ行ったのを見送り、その足で屋敷の2階にある団長の部屋へと重い足取りで歩みを進める。
「団長、起きてください。キャスターが来ましたよ…って、やっぱ聞いてないよな……」
部屋の扉越しにノックをしてもまったく反応無しの状況に観念して「失礼します……」と部屋の中に入る。
案の定、掛け布団に頭を突っ込んだままの思わず目が逸らせない程の白く美しい脚線美を露わにして、彼女はスースーと寝ていた。
「頭隠して脚隠さず……ホラ起きてください」
「…うぅん…あと5分…ぅ………」
アンニュイで色っぽい声を上げながら団長は抵抗を続ける。普段のクールビューティーな印象は何処だ?と言う程にだらしない姿が目の前にはある。
クリフ同様に最初は“誰コレ?”と言った感じだったが、彼女の朝の弱さは騎士団でも有名でアレをスムーズに起こすのは至難の業だ。
唯一それをやってのけるクリフは今クレアになってしまっているので、やらざる得ない。
「ダメです、キャスターが待ってますよ!」
ジャクソンは団長の脚を掴みベッドから無理やり引っ張り出すとチュニックとパンツ姿の美しい女神様が現れる。だが、本来は極上の目福である筈のこの光景は今のジャクソンにとって目の毒でしか無い。
――それは屋敷に住んで3日目のことだった。
とある事件で今日と同じくクリフが居ない時にこの光景に遭遇したジャクソンは、恐れ多くもルパ○ダイブを結構して、その行いを激しく後悔する羽目となる。
実はこの屋敷が"吸血鬼の館"と呼ばれているのはあながち嘘ではなく、団長が正真正銘の吸血鬼であることをまだ知らずジャクソンに悲劇が襲った。
何せ、こちらが襲う筈だったのに寝ぼけて吸血鬼化した団長に逆に襲われ死ぬ寸前まで血を吸われ続け、それから2日間程も生死を彷徨う事となった。
それ以来、以前の恐怖を身体(主に下半身)が覚えているのかこの光景を見てもジャクソンの男の尊厳が再び立ち上がることは無かった。
「…あさごはん……」
そんな気持ちを知ってか知らずか、かぷっと腕を甘噛みしている団長をそのままズルズルと引きずり洗面所まで連れてゆくと水を張った水面に彼女の顔を容赦なく突っ込む。
「――ちょ、殺す気っ!!」
するとスゴイ勢いで団長は凄い形相でジャクソンの頭をスパンッ!と殴ると無事に起床する。
ジャクソンが自身の犠牲を払い色々と試した結果、行き着いたのがこの手段である。
そんな苦労の末にようやく目覚めた団長を連れてダイニングに戻ると既にキャスターとクレアは朝食を先に食べていた。
「やっと起きたのか。先に頂いておるよ」
「ジャクソン、おそーいっ!」
勝手知ったる何とやらか……まぁいいけど。
「へぇ、煮物なんて日本に居た時以来かしら」
先程にツマミ食い(ジャクソンの血)を済ませたばかりの団長もこの世界では珍しい煮物に珍しく興味を持った様で、朝の談話はその話題で持ち切りとなった。
そして4人で朝食を済ませた後、異世界の品々を扱う謎の店(醤油などもここに売ってた)で購入した緑茶を皆ですすりながら、しばしの歓談を終えるとキャスターが今日の本題を切り出してきた。
「さて、それでは始めるとするか……」
彼は鋭い目の仕事モードに切り替えると、本部では出来なかった話を語りはじめた。
さて、テロ事件は一段落して、ジャクソンの日常生活ですΣd(゜∀゜d)
まぁ、中休み回ですかね。次回からは違う次の事件に進んでいきます!!
PS
600PV達成しちゃいました。ありがとうございます♪