FPS episode.39
episode.39――
2014/6/1 クリミナ カールトンの宿
「ゴメン……私…自分勝手な事を言ってたみたい」
ジャクソンの話を聞き終えたルーシェはショックが大きかったのか、俯いたまま表情を歪める。赤くなったその頰には涙の跡が未だ残っている。彼女にはこの街を出た後に起きたクロネ村での虐殺とエレナさん達がそれによって殺された事。そして、そのまま反帝国のレジスタンスとして、これまで活動をしていたという事だけに留めた。未だ素性の知れない教団の事を話すことで、彼女に災いが降りかかる懸念があるからだ。
しかし、そんな彼女自身は自分を許せないのか、血で赤く染まった寝衣を悔しそうに握ったままだ。
「私ね……ジャクソンが帰ってきたと聞いた時、凄く嬉しかった……でも、久しぶりに見たアナタの顔は、まるで別人になったみたいな怖い顔してて……だけど、そんな事があれば当然ね……」
ルーシェが悲痛にそう語る様子を見て、事の深刻さは想像よりも根深いものなのだと再認識させられる。思い返してみればクリミナの街を出て以来、自分自身を振り返る時間を敢えて取らずにいた。
こんな狂った状況をまともに受け入れてしまえば、自分が戦うことすら出来なくなってしまうと考えたからだったが、その余裕の無さが無意識に顔へ出ていたのかもしれない。
「……俺って、そんなに変わったか?」
「そうね……何か冷徹な感じっていうのかな。言葉では表現が難しいかも……」
「何だよそりゃ……元々こんな顔だったてのか?」
そうして、戯ける様に変顔で返してみるとようやく彼女に笑顔が戻る。
「ふふっ…そうそう、ジャクソンはそうでなきゃ!」
「オイオイ、俺ってどんなキャラだよ……」
「良いんじゃない? 私好きよ、そういう方が…それに………」
「何だよ、途中まで言い掛けてさ?」
「ううん、何でも無い……それより私、血だらけね……着替えなきゃ。ジャクソンも疲れたでしょ…今日はもう寝なさい。これからどうするかはまた明日聞くわ」
「あぁ、今日はサンキュウな………」
「うん……また明日ね………」
ルーシェはちょっと照れながらそう返すと自分の部屋へと戻っていった。
「はぁ……怖い顔……か………」
ジャクソンはそれを見届け一人ソファーに大の字となって座ると深くタメ息を吐いた。
「こっちの世界に来てからいろんな事があったよな……」
自分が生きる為に人を殺した。その数は既に思い出せない程となり、今では敵兵を殺す事に何の戸惑いも感じない。そして、戦場では英雄と持て囃されて来たが……ただの殺人鬼と何が違うのだろう?
今の自分ではその答えを出す事は出来そうに無い。
そして、せめて彼らを殺した数の分だけでも自分がこの国と為に尽くすべきだと考えて来たのが、それも結局はあの神父の……いや、”Mr.Dirty”の策略に踊らされていただけなのかもしれない………
「――後悔してるか?」
いつの間にか物思いに耽っていたジャクソンをまるで不意打ちするかの様に大地がそう問い掛ける。
「………お前、もう起きてたのかよ」
「まぁ、途中からだけどな……にしても噂には聞いてたが本当に居るんだな、猫耳の女の子? オレは感動したぞ…それにあんな白衣の天使とはな!」
大地は羨まシィ~と気持ち悪くベッドで悶える。
「あのなぁ~、そんな事を言ってる場合か?」
「あぁ……だが、その天使に血を付けちまった。その臭いに釣られた輩がここに来るかも知れない」
ふざけた様には言っているが、それで大地が何を言いたいのかを理解した。たぶん気を使ってわざと回りくどく言っているのだろう。
「……お前には悪いが落ち着いたらすぐここを出る。これ以上はルーシェ達を巻き込みたくないんだ」
「いや、そうしよう……オレもあんな良い子を危険な目に合わせたくないのは同じや……」
大地のその気遣いに感謝しつつ、その日はそのままソファーの上で眠りに就いた。
―――翌朝になり、俺は久しぶりに宿の裏庭でいつも習慣にしていた鍛錬を1人していると「隙ありぃ!」と、後ろからタオルを被せられた。
「――のわっ!」
「ふふっ、相変わらず朝……早いのね?」
「こればかりは習慣だから変えられないさ」
冒険者時代の様にミントの良い匂いがするタオルで汗を拭っているとルーシェが複雑そうな表情でこちらを眺めている事に気付く。多分彼女はジャクソンたちがすぐに出て行く事を悟っているのだろう。
「……どうかしたか?」
「……ねぇ……また…すぐに行っちゃうの?」
「あぁ、みんなに迷惑を掛けたくないんだ……」
「ねぇ……私もついて行きたいって、言ったら連れてってくれるかな?」
「……ダメだ。これから先に何があるか分からない。君に何かあったら親父さんに顔向けが出来ないよ」
「そうよね……どうせ私なんか足手まといになるだけだし……無理よね」
ルーシェはイジけた子供の様に拗ねるが、それはジャクソンを試しているのは明らかだった。
「まいったな……そういう訳じゃないよ。クリミナは俺にとって第二の故郷で……だから、その……帰ってくる場所が無くなると…困るんだ……」
上手く言葉に出来ず自分の気持ちを言葉にすると、それに彼女は満足してくれたのか表情を戻す。
「ふふっ、嘘よ。ちょっと貴方を困らせてみたかっただけし……じゃあ、私もうギルドに行くね………」
そして、彼女はギュっと抱きしめてくると不安を噛み殺す様に呟く。
「あんまり、無理…しないでね……」
「あぁ……肝に銘じるよ」
ルーシェとそうして分かれた後、親父さんとアリアちゃんに礼を言って幾らかの代金を渡そうとしたが、それは笑顔で首を振られ断られた。何でもツケに回すから、次に帰ってきた時に払えという事らしい。
そんな暖かい持て成しに感謝し、名残惜しさを残しつつ宿を後にすると最低限の装備と食料を市場で購入して準備を整え、ジャクソンと大地は街の門を潜る。
「……良かったのか。お前は残っても良いんだぞ?」
「あぁ、また来れば良いさ……またな……」
「そっか、残念だな………オレはてっきり、あの子に泣きつかれて、連れて行くものと思ってたけど」
ここぞとばかりにそう茶化す大地にジャクソンはタメ息を返す。
「ったく、からかうなっての……ルーシェは俺なんかよりよっぽど賢いんだ。分かってくれてるさ」
「はぁ〜理解のある子で羨ましいよ。オレなん……オイっ! 何か街の様子が変じゃないか?」
大地に促され目を戻すと先程までの平穏な雰囲気とは一変して、街全体が何か赤い粒子の様なモノに包まれていた。今出たばかりの門の近くに居る人々は一斉に何かに取り憑かれた様に苦しみだしている。
「―――ギャァアアアアアァーーー!!!」
「――ぬぁああああ、誰かぁ、ダレかぁ!!」
「――たっ、助けてくれぇぇーー!」
絶叫にも似た悲鳴が無数に広がる中、戸惑いつつも彼らが苦しむ要因を調べるが、あまりに奇異な現象にどうする事も出来ずに俺たちは立ち尽くす。
「何だ……いったい、どうしたって言うんだ……」
どういう訳か自分と大地だけは何事も無く未だに動けてはいたが、空気中に視認できる程濃密なエーテルによって自身の身体から何かが強制的に抜けていくのを感じ、ジャクソンは一つの結論に至る。
「まさか…使ったのか……あの魔術を…この街で?」
「魔術? もしかして、あの禁呪をかっ――!?」
それ以外に考えられない。今のこの状況は研究所で読んだ、あの文献の内容とあまりに酷似している。
「だとするとこの街の何処かに禁呪を使ってる連中が居るはずだ。オレはそれを探す……ジャクソン、お前はあの子の所に行ってやれ!!」
「……くっ……悪い、頼む!」
ジャクソンは荷を投げ捨てて銃を手に取ると冒険者ギルドに向かい全速力で走る。その行先には燃やされた様に黒く硬化していく人々の狂声が響き渡っていて、もはや女や子供も関係なく、生きている事の方が辛い程の壮絶な苦痛を与えつつ彼らの命を喰らい付くしていく。
それはクロネ村の惨劇とは比較にならない程に凄惨で救いようが無い。
「――ナンデ、ナデェ、オマエダケェーー!!」
「―――オネガ…ィ……タスケェ………」
「――くっ!!」
その途中で既に全身を焼かれた様な姿となった街の人々に呪詛の言葉と共に掴みかかられるが、どうする事も出来ずにそれを振りほどきながら進んでいく。
(……ゴメン……全部…俺のせいだ……俺の………)
そして、その状況の中ようやく着いた冒険者ギルドは、もはや生きているのか死んでいるのかさえも分からない人々が床に這い蹲り、悶え苦しむ地獄絵図そのものだった。
「――ガァァ、ダレカ、ダレカぁ………」
「……グギギ…ガガ………」
「タス…ケ…テ……」
絶叫や悲鳴が轟くギルドの中はいつもの陽気な冒険者達の面影は微塵もない。その中には以前パーティを組んだ事のある見覚えある顔もいくつか見つけた。
(……クソっ、アイツらまで………)
既に直視することすら憚れる彼らから目を背けると、ルーシェがいつも座っていた受付の台座の近くで倒れている彼女を見つけた。そして、衰弱している彼女抱き上げるとジャクソンだにと気づいたのか、黒化し始めている手で何かを伝えようと必死にしがみついてくる。
「……ジャ…クソン……なの………」
「―――ルーシェっ……」
「………私…死にたく…ないよ……私…まだやりたい…こと………」
「あぁ、そうだ……だから喋らなくていい…今、助けてやるからな、だから……」
「……だ…めよ…そんな顔して…ちゃ……貴方は…私の………」
しかし、最後の言葉すら終える事も出来ずに力尽きるとジャクソンの頰に触れていた手は力を失って地に落ち、ルーシェはそのまま動かなくなった。
「……おい、ルーシェ…嘘だろ、オイ………」
もし、過去に戻れるならこの街に来た自分自身を殺してやりたいとさえ思う。そんな感情がいつまでも消えずに自身を責め立てる。こうならない為に今まで力を付けてきたんじゃないのか……なのに………。
「エレナさんを救えなかった時と何も変わらないじゃないか……何も…………」
だが、ルーシェという掛け替えのない者を失って哀しみに暮れる中、その存在を隠しながら陰のよう背後に近づく連中が周囲を取り囲んでいる事に気づく。
「……そこに居るんだろ……出てこいよ………」
自分でも恐ろしいくらい急激に感情が冷めていくのを感じつつそれと相反し、自身に湧き上がる負の感情で自制の枷が外れ振り切れる。
「……お前らか……これをやったのは………」
後ろに目をやると黒装束に身を包んだ男達が天井や窓の外から無数に現れる。その様相からマクベスの言っていた教団の暗殺部隊の連中だろう。
「………もはや語るまでも無い……サーヴェイン神に逆らいし異端者よ。その血肉を我が主に捧げよ……」
黒装束の男達はカタールの様な武器を取り出すと、こちらに歩を進め首に刃を返して振り被る。
(………そうか……なら……………)
―――ブシュアッ――!!
だが、死んだのは振りかぶった男の方だった。
首が胴から離れ、まだ僅かに意識が残っていたのか信じられないモノでも見た表情のまま床に転がるとジャクソンはそれを踏みつける。
「……お前ら…逃げられると思うなよ」
そして、禍々しいエーテルを纏った血の滴る二振りのナイフを手に、凍りついた心は愚かな愚者達に報復するべく凄惨な狩りを始めたのだ。