FPS episode.30
episode.30――
2014/4/21 世界教の古びた聖堂
『――――はよしてくれっ――ジャク―――が――』
ボヤけた視界の中、人影が走馬燈のように慌ただしくが動いていく。それぞれの人物特定までは出来ないが何か手術台の様なモノに乗せられ、自分が緊急の手術が行われているのが分かる。幸い麻酔の様なもので身体に感覚や痛みは無く、耳から聞こえる僅かな情報を頼りに俺は冴えない思考を巡らせていた。
『――――オペは成功しました。後は――――――』
『―――よかったな、ジャクソン。ゆっくり―――』
そして、長時間に渡る手術が終わると辺りには騒がしさが消え、静寂だけが残った。未だに身体の自由が効かない中で俺はひとつの足音が近づいてくるのに気づき「誰だろうか?」と耳だけを澄まし様子を伺う。そして、その足音の主は俺の側まで来ると何かを語り掛けている様だったが、うまく聞き取れない。
『――――やっと、――はお返ししますね――――』
人影は何かを言うと俺の首に触れてドッグタグを外し、その変わりに別のモノを掛ける。
(……赤い…髪……一体……誰が…………)
『――――まだ、ここに居ましたか。司祭、自らがお手に掛けるとは――――』
その人影は何をするわけでもなく俺の側で立ち尽くしていたが、もうひとつの足音が近づいて来るとその人物と何かを話し始めた。混濁する意識の中で辛うじて分かるのは片方が若い女性の声で、もう片方は中年くらいの男の声だと言うことだった。
『―――貴方ですか。信者の危機を救うのは我々の義務でもありますから―――』
『――ほぅ……彼には随分とお心を割いている様に見えますが、何か――――』
『―――いえ…昔の知った顔によく似ていたもので……私はこれで失礼さ―――』
『――あの女狐にも人心があったと見える……キミは運が良い。そんなキミに一つ使命を――――』
『―――サーヴェイン………いや、この私の役立ってもらう為に――――』
残った男の人影は詠唱を始めると途端に周囲は闇に包まれてゆく。未だに全身麻酔が冷めない俺はそれから逃れる事も出来ず、ただ為すがままその深淵の様な黒い渦に飲み込まれていく。
――嫉妬、憎しみ、妬み、愛憎、我々の教示を犯す罪深き者に……死を………死を……………
負による無数の感情が次々と自分を支配してゆくが、それらに抵抗する事は叶わない。最後には感覚が無い筈の首に激しい傷みが走り、ジャクソンはその苦痛から逃れる様に目覚めた。
「―――っ……はぁ……はぁ………くそ…何だ…今のは…………」
悪夢から覚めると身体にようやく自由が戻ったが、俺の首にはまだ痛みの名残が残っていた。
「……夢…だったのか……それにしては妙に………」
もしやと思い首に下げられたドッグタグを確認すると、それは以前から身に付けていたモノとその様相が大きく変わっていた。まだ新しかった表面部分はまるで長い時を経て来た様に傷だらけになっており、自分のイニシャルが入っていた部分は大きく削れて無くなってしまっていた。
「……変わってる……けど、どういう事だ………」
確かに以前と別物になってしまっている筈なのに、何故自分のモノであると分かるのかというとそれには理由がある。
各個人用に作られたタグは自らのプラーナを通す事でそれに設定されているPerkが確認出来るのだが、このタグには自分固有のものが付与されていたからだ。以前に大地やスノーマンから借りてみた時には別の固有能力が付与されていたから間違い無い。
「何が起こってるんだか……それにしても………」
自分が寝かされているベッドの傍らで恐らくは怪我をしたジャクソンの看病をしていてくれたのだろうか、ベルが椅子に座ったままで俺に覆いかぶさる様にスースーと寝息を立てている。だが、静かに寝ている彼女を見てジャクソンは先程の夢の光景を思い出していた。
(……赤い髪………まさかな…………)
ベルの綺麗な赤毛に触れながら、そんな筈は無いなと首を振る。確かにあの人影に似た印象を持ってはいるが、この世界ではこういう色の髪色も珍しくは無い。現にクリミナの街では青や緑の髪色を持った人間が複数居たのだ、エレナさんと同じ様な髪の人間が別に居てもおかしくは無いだろう。
「……ん……ぁ……いた……もう…大丈夫の?」
「……あぁ、ずっと診ててくれたのか?」
「…………うん」
「ありがとな………他にも誰か居るかい?」
「うん……呼んでくぅね……」
ジャクソンがそう尋ねるとベルは安心した様子で表情が緩むと目を擦りながら部屋を出て行く。そして、しばらくすると血相を変えた大地が慌ただしく音を立てながら部屋の中に入ってきた。
「―――ジャクソン、起きたのか!?」
「おぅ、随分と迷惑を掛けたみたいだけどな」
「いや、元々オレのミスや。ほんまにスマン……」
「気にすんなって、結果が良ければ問題無いだろ?」
「あぁ、次は同じ過ちを繰り返さん………」
怪我をした事に責任を感じていたのか、大地は自分に言い聞かせる様にそう言ってみせた。その後もしばらく他愛のない話をしていると、それをブチ破る様に今度はイフリーが部屋の中に入り込んで来る。
「あれっ、重症だった割にピンピンしてんじゃん?」
「何だよ……嫌みでも言いに来たのっ――」
―――ぐぎゅるるる……
だが、突然の無礼な侵入者に言い返してやろうと口を開いた瞬間、自分の意に反して腹の虫が勝手に悲鳴を上げてしまった。そういえば俺、何日くらい飯食べて無いんだろうか……。
「ベルちゃん。ジャクソンが腹を空かして死にそうらしいで。せっかくやし、あの料理また作ろか?」
「……うんっ!」
気を利かせた大地がベルを伴って部屋を出て行く。「知らない間に随分と仲が良くなってるな……」なんて、保護者ずらで見送るとそれと変わるようにイフリーが傍の椅子に腰掛け、開口一番ため息をついた。
「……ハァ…………」
「……何だよ、人の顔見るなり失礼な奴だな」
「別にぃ〜誰かさんの驚く程の間抜けヅラを見たら、急に馬鹿馬鹿しくなったのよ」
「何だよそれ?…それより教えてくれ、ここはドコなんだ?」
「教団の聖堂らしいわよ。まぁ……聖堂の裏側は何処からどう見てもアジトって感じだけどね」
「そっか……俺の手術をしてくれたのは?」
「さぁね。何でもこの施設にたまたま居た、教団の司祭様らしいわよ。それとベルちゃんにも感謝なさい。手術の後に付きっ切りで、アンタを看病してたんだからね」
「そうだったのか……」
「あの子、自分でやると聞かなかったのよ。多分、家族を失ってどこかに拠り所が欲しかったのかもね……」
「拠り所……か」
「しっかりしなさいよ。アンタには、あの子を救った責任があるって自覚してんの?」
ビシッ!とまるで仇敵を指差す様に妙に熱のこもった指摘を続けるイフリーに、ジャクソンはウンザリとした表情を向けるが、どうも諦める様子が無い。
「もちろん、面倒は見るつもりさ。でも、人の親に成れるほど今の俺は立派じゃないし、少し状況が落ち着いたら、あの子だけでも安全な所で暮らせる様に知り合いに頼んで見るつもりだ」
「残酷な事、サラッと言うわよねアンタって……」
「だが、先刻の騎士団の事もある。今は俺の側に居るのは危ないのも事実だろ?」
「ムゥ〜それはそうなんだけど、早くに親を亡くした子供って、見た目以上にデリケートなのよ。私も小さな頃そうだったから分かるんだ、そういうの……」
イフリーの言いたい事は何となく想像はつく。彼女なりにベルを気遣っての事なんだろう。
「イフリーって、意外と優しいのな。あんまりそういうの気にしないタイプだと思ってた」
「――ちょ、何ですって! 人がせっかく心配してやってるのに、この恩知らず!その能天気な頭を修正してやるーっ!!」
「いでてっ!やめっ、分かったって!俺が悪かったから、腕を捻るのは止めてくれぇ〜!」
「ちょっと、ホント分かってんでしょうねっ!」
強行手段で詰め寄って来るイフリーから逃げるように後退りをしていると料理を運んできたベルが、それを見るなりイフリーとの間に割って入り「――イジメちゃダメっ!」とそれを止めた。
その突然の行動に皆が驚きを見せているとイフリーは「ほらね?」とこちらに目配せを送って来る。
「あーん、許してぇベルちゃ〜ん!このおバカにお姉さんが正義の鉄槌を加えて懲らしめてただけなんだってばぁ!!」
そんなイフリーの懇願に「むぅ〜」と頰を膨らませるベルだったが、それを無視して持ってきたおかゆを掬って慣れない手つきで俺の口元にスプーンを運ぼうとする。
「……はぃ、大地おいたんとおかゆ作ったの!」
「んっ、おかゆ? こんな所によく米があったな?」
「それが偶然この施設の倉庫にあったんで、作ってみたんや。病人食にはこれが一番やからなっ!」
大地のドヤ顔に苦笑しつつジャクソンはひな鳥の様に口を開ける。実はこの国の主食はほとんどがパン食であり、米はあまり流通しておらず、かなりの貴重品なのだ。我ら日本人はこの世界で常に我慢を強いられて来たのだが、よもやこうして米が食べられっ――
――ボトッ!!
だが、差し出された熱々のおかゆは口に入る前に落ち、投下された爆弾の如くの胸板を直撃する。
「ギャーー!!」
「あぁ!ごめなさぁーい!!」
「ぷっ、ザマァ……」
「オイっ、聞こえたぞ! イフリー、テメェ!!」
「まぁまぁ……ホラ、このタオル使えて……」
そんなハプニングで賑わう中、突然「バタン!」と扉が開くと地図を脇に抱えたマクベスが部屋の中に入って来た。
「――フン、ようやく目覚めたかジャクソン。死に掛けるとは情け無い奴め……だがちょうどいい、次の任務が決まった。今回の事で、我々ヘイトを敵に回したツケをあのバスティーユに払わせてやるのだ」
相変わらずの様子なマクベスは息を巻いて一人そう言うと紙に書かれた作戦内容を勝手に話していく。
「オイ、ジャクソンはまだ闇上がりなんや。お前、作戦に参加させる気なんか?」
呆れた様子で大地はそう反論してくれたのだが、ジャクソンはこの作戦のターゲットがクロネ村の虐殺を指示したバスティーユ男爵の首であるのなら、復讐戦の良い機会だと考えを巡らせる。
「――いや、行かせてくれ。休んだお陰で、妙に調子が良いんだ。足手まといにはならない」
「ふむ。では、決まりだな。作戦は明朝から開始だ。各自はこの作戦書通りに準備を始めろ!」
マクベスはその場に居た一人一人に支持書を渡し、好き勝手を言ったまま去っていった。皆もその様子に仕方ないと準備を始める。残されたジャクソンも準備を始めるがベルが袖を掴んだまま目を震わせている。
「……ベル、待ってうね………」
「あぁ、良い子にして待ってるんだぞ?」
「うん……」
以前の事で付いていくと足手まといになってしまうと、この子なりに理解したのだろう。ベルの頭を撫でてやると、本当は一緒に行きたいのか彼女は子供らしくない作り笑いをして見せた。
30話目です! 更新がすごく遅れてしまいましたぁ~すみませぬぅ~(ノД`)
絵での表現と違って追憶表現の仕方が難しく、四苦八苦しておりました。。。
今回は今後のお話の伏線を分かり易いくらいに盛っておりますので、色々と予想してみて頂けると少しは楽しんで頂けるかもです??
アイディア、ご意見、ご感想、何でもお待ちしております(*´ω`*)ノ
PS
1万5千PV超えました! 今後ともFPSをよろしくお願いしますΣd(゜∀゜d)