姉と牛乳
何か一つについて長々と語るというのは、随分と難しい物だと思う。実際に俺が何かを語ろうとすれば、ものの数秒で語り終えてしまう物もあるだろう。でも、物によっては違う。多分かなり語れる。例えば、自分の好きなものとか。
……そんなの普通じゃん。とか言われるのは心外だ。だって俺はただ好きなんじゃない。通なのだ。そう、通だ。通ぶっている訳ではない、正真正銘の通なのだ。その通過ぎるせいか、幾度か知り合いを思いっきり引かせたものだ。通通うるせぇと言われるのもそろそろだろうし、いい加減、通について語るのはやめておこう。通とは罪を作るものだ。
……何を言ってるんだろうな、俺は……。
とにかく、言いたいことは一つ。
俺は語れる。
今語るとするならば、この手に握った牛乳についてと言ったところか。俺は牛乳が好きなので語れる。語れまくれる。
牛乳というのは、簡単に言えば牛の乳汁だ。ただ、牛乳と一口に言っても、生乳や、脂肪分増減したもの、乳糖を分解したものも含める場合もある。一番分かりやすいのは、低脂肪牛乳とか。普通に売ってるし。
俺は牛乳は牛乳でも、イチゴ牛乳やフルーツ牛乳等もかなり好きだ。ほぼ毎日美味しく頂いてる。
それにしても牛乳とは大事な物で、大活躍している。牛乳は皆のよく使う、バター、チーズ、ヨーグルト、アイスクリームなどに加工されるからだ。つまり、牛乳がなければ、牛がいなければ、これらを使い食べることはできないのだ。
さらに、加工しなくとも牛乳は単体でさえ強力だ。
それは、タンパク質、カルシウム、脂肪、アミノ酸などの栄養成分がバランス良く豊富に含まれるため、飲んで悪いことなど何もないのだ。いや、たまには悪いときもあるけれども。
まあ、そろそろやめておくとしよう。まだまだ語るべき事はたくさんあるのだが、話が進まなくなる。だって本気で語ったなら、恐らく何万、何十万文字を越える、もしかしたら何百万文字相当の牛乳物語みたいな、牛乳超大作ができてしまう。売れるかどうかは置いといて。
……前置きは終わる。
──早速だが俺には姉と妹がいる。姉は有名大学の一年生。性格は全然エリートじゃないけど、頭がエリートなのだ。妹は二個下の中学二年生、毎年夏休みには行方不明になる。旅に出ているそうだ、毎年帰ってきた時に話を聞く。もう慣れた。
それで簡単に説明した、この二人がどうかしたかと言われればどうもない。ただ、牛乳的な口論になりかけただけだ。さっき、語った中で地味に描写した、手の中の牛乳。牛乳瓶。中身のない牛乳瓶。俺が飲み干した牛乳瓶。姉の買ってきた牛乳瓶。
「──おい千九咲! 何で人の牛乳勝手に飲んでるんだよ! しかも私が買ってきた瓶タイプ三本とも飲みやがって!」
「いや、姉ちゃん。いつものパックタイプが切れてたから、仕方がなかったんだ。そもそも三本あるから、母さんが俺達三つ巴兄弟に買ってきてくれたのかと」
「え? え? おかしいじゃんそれ! 仮に買ってきてくれたと物として、何で三本全て飲んでるんだよお前。姉と妹には牛乳の混じったお前の胃液で十分だってのか?」
「ふう、胃液がどうとかよく知らないけど、言いがかりはやめてほしいな」
「どこが? どこが?! どこが言いがかりなんですか?! ここに空の瓶が三本存在しているよ?!」
「ん? 何か言った?」
「うざい! うざい! うざぁぁぁい!!」
家族全員が牛乳が好きだという現実。普段は冷蔵庫の中から牛乳が無くなることがない現実。そして、今牛乳が無くなっている現実。
瓶にはロマンがある。家族は皆そのロマンを感じている。だからこそ瓶タイプというのはレア物で、どこでも買える物ではあるけれど、レア物的存在であって、飲む者の想いによって一味も二味も変わってくるのだ。つまり瓶タイプは何倍にも超おいしく飲めるのだ。
だからこそ。
だからこそだ。
姉は怒った。その身に憤怒の神を纏った。
牛乳が切れて、どうしようもなく耐え難い状況に陥った姉は、こう思ったのだろう。『もう、買いに行くしかない』と。
そして、購入に成功。牛乳瓶三本をその手に帰宅。冷蔵庫にしまった。
その後、姉は朝風呂ならぬ、昼風呂に突入。風呂から上がった頃には……、俺が全てを飲み干した。姉の楽しみを、姉の体を満たすはずの物を、姉の希望という希望を、俺が潰し潰し潰し消したのだ。
こうして姉の牛乳への気持ちを、冷静に考えると、自分がいかに酷い事をしたのかが分かってくる。
だから、俺は無言で頷いた。姉の言葉に対して無言で頷いた。姉の発した──牛乳買ってこい……──という、哀愁纏い漂わせた言葉の意味に対して、無言の承諾をした。
「牛乳……買ってこい……」
「……」