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鬼と雷

 駆けた。茂みに身を隠す。

 気付くと目の前に……見えるのは……、一つ目の十メートルはあろうかという巨躯の鬼。──最も俺には鬼には見えなかった。それは余りにも……、想像していた鬼とは違って、禍々しい容貌だったからだ。まるで悪魔。

 驚きの余り、俺は叫んでいた。全力で。今思うと情けないものだと思う。


「うわああああああああああああ!!」


 俺と鬼との距離は恐らく三、四メートルほど。俺に気づいた鬼は、その大きな足を後ろに引きテイクバック? 俺を蹴るためだろうと思われる。


「下がってッ!」


 後方より即座に駆けつけてくる詩乃音。テレビで見た、チーターより速いのではないかというスピードでやって来た。だが、駆けつけてきたというよりは、低空飛行の如く跳んできたと言うのが正しいだろう。高速の低空跳躍というわけだ。


「ごめん、千九咲!」


「えっ?!」


 高速のスピードで頭上を過ぎる直前に、詩乃音は俺の服を掴み、そのまま後ろに投げ飛ばした。鬼と真逆の方向だ。そのまま二十……は行かずとも、十五メートルほど体感速度は光速で転がった。

 転がる勢いが無くなったとき、俺は鬼の方を向き直す。

 まだ、空中にいる詩乃音を目掛けて、鬼がその丸太のような足を振り抜く。

 詩乃音は空中で体を捻り、正に紙一重で蹴りを回避する。紙一重と言うことで、完璧には躱しきれていなかったようで、詩乃音の頬から血が出ていた。


「で、でかすぎだろ……」


 思わず口に出る。思っていた鬼とあまりにも違いすぎた。

 詩乃音はすぐに俺の方に戻る。


「千九咲。とにかく離れないで」


 詩乃音がそう言うと、同時に鬼がこちらに歩いてくる。人間の数十倍の歩幅。


「よオ、狐チャン。また会っタナ、仲間を引き連れてキタのか? それにシテハ役に立ちそうにナイガナ」


「うるさいわね。千九咲はそう言うのじゃない。それに、この前の私とは、違うんだから!」


 喋りかけてくる鬼に、詩乃音も応対する。詩乃音の言葉を発したと同時に、彼女の周りに火花がたち、幾つもの電気の球体が現れた。同時に詩乃音は鬼に向かって跳躍する。


「狐チャンの力見せてモラオウじゃナイカ!」



 ──たったの二分間ほどだった。たったの二分間、詩乃音と鬼は、俺には──人間には不可能な、壮絶な戦闘を繰り広げた。それは映画でよく見るような超能力者同士の戦いのようで、俺なんかが入り込めるような余地はなかった。だから、俺は……ただ離れて見ているだけしかできなかった。

 そして二分間の戦いの終わり。詩乃音の放った一筋の電撃が鬼を貫く。

 苦し紛れに放った電撃が、偶然にも命中したという感じのものだったが、そこは問題ではない。


「グオオオオオ!!」


「やった……」


 膝をつく鬼。離れた位置から勝利の笑みを浮かべる詩乃音。

 だが、ここで俺はミスをした。

 詩乃音と鬼の二分間の戦いで、俺はひたすら鬼から離れつつ、彼女から離れないように動いた。だが、勝利を確信したこの瞬間。勝ったと思ったこの瞬間。俺の気の緩み。鬼を近くにしながら、その鬼が、膝をつき弱っているというだけで、鬼から距離をとることをやめていた。


 油断していると自身が確信したその瞬間、俺は鬼の大きな腕の中に包まれていた。


「う、うわあああああああ!」


 やってしまった! これほどまでに……何故俺は気を緩めた……。体が締め付けられる中で、俺は詩乃音に目をやる。


「千九咲……」


 詩乃音が心配そうに見つめてくる。

 鬼は詩乃音に問い掛ける。


「オイオイ、最後の最後に気を抜いタナ。……ワカッテルよな? 人質って訳ダゼ? もちろん攻撃すれば感電し、コイツにも被害がオヨブ。ニシテモ、ここまでツヨイとは予想外だ」



 どうしようもない、どうしようもなく、本当にどうしようもなく俺のせいだ。

 何もしてないくせに、何も役に立ってないくせに、俺は油断して敵にむざむざ捕縛され、敵のピンチをチャンスに変えてしまった。

 何もしてない役に立ってないどころか、足手まといだ。足手まといの極みとも言っていいくらいに馬鹿だ。


 こんなときにどうすればいいか。それはどう考えても一つしかない。俺は詩乃音にとって何の得にもなってないかもしれないが、せめて彼女が楽に()れるように、


「やれよ。やれよ! どうしようもなく役に立たない俺だって……、ほんの少しくらい役に立ちたいんだよ! だから、だから……」


 ……そう、だから、


「俺ごとやっちまえ!」


「オイ! ナニヲいってんだ!」


 鬼が脅迫のように声を荒げて言うが、それを無視して俺は精一杯の笑顔を送る。詩乃音もまた俺に会釈を送り返す。


「私は……千九咲を犠牲にするつもりなんてないから……」


 詩乃音の言葉を聞いた鬼は、一瞬表情を和らげる。

 攻撃の意思がないと見たのか。


 ──瞬間、詩乃音の周りに浮遊する幾つもの電気の球体から、まるで電撃のレーザーの如く、数本の閃光となって鬼に飛んでいった。


「バ、バカナ!」


 俺はもちろん鬼も、一瞬体が凍りつくような感覚に襲われる。恐怖。

 だが、それも杞憂。閃光は全て、鬼のギリギリスレスレを通っていく。かわさなくていいものを無茶にかわそうとした鬼はバランスを崩した。


「あんたは私の力をはかり違えたみたいね」


 詩乃音はそう言って、鬼の顔の近くに跳んだ。

 そして顔にえげつなく雷の拳を叩き込んだ。まるで、巨大なトラックが発泡スチロールを轢いたかのように、鬼の顔はバラバラに弾けた。



「ぐぅえっ!」


 鬼の手中より落下。痛い。


「大丈夫だった? 千九咲」


「ああ、大丈夫だよ」


 声を掛け合うと、後ろで不気味に掠れた声が聞こえた。


「ググ……次はコウハイカンぞ」


 後ろには立ち上がった鬼がいた。弾けた顔が、煙を上げて元に戻っている。鬼の再生能力? これもまた、詩乃音のように強力なものであるようだった。


「あっ」


 詩乃音が声を出したときには、もう遅かった。まるで、ふにゃふにゃ萎びたように、鬼の体が地に伏せる。その中から出てきた光の玉が何処かへ消えていった。


「逃げられちゃった……。まあ、いいよね。何とかここから追い出せたし」


「お、終わったのか……?」


「うん、終わりだよ。……ありがと、千九咲」


 そうやって笑う詩乃音に、俺は思わず照れる。


 何もともあれ、これで今年の夏休みの事件の一つが終わったのである。拍子抜けの拍子抜けで、思ったよりは小さな事件。最初の、始まりの短い事件は、今幕を閉じた。

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