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エピローグ 終

 九月一日。

 自堕落な生活をしていたら、いつのまにか非日常に巻き込まれた夏休みも終わり、俺はいつもの日常に戻っていた。

 まるで今までが夢だったような、どこか遠い記憶のようだった。


 そんな夢物語のような物語が終わり、俺は思わず呆けていた。

 本当に詩乃音と出会ったのか、本当に神崎を助けたのか、本当に火紅涅に再会したのか、全てに現実感を感じないまま放課後を迎えた。


 おい天城、今日カラオケ行かね? と友人に誘われたが、


「悪い、今日はちょっと用事がある」


 と返事をして、さっさと学校を出ようとした。


 たくさんの場所を見て回りたいと思ったからだ。

 俺が夏休みに紡いだ物語が、本物だったと実感するために。


 しかし校門を出る直前に、俺は動きを止めざるを得なかった。


「おはよう天城くん」


「おはよう神崎。もう昼だけどな」


 今日何度かすれ違うことはあったが、なんというか気分が上がらなかったのか、神崎と話すことはなかった。言ってしまえば、神崎を避け気味だったわけで、優秀な神崎にはそこのところはモロバレだったんだろう。


「どうして私を避けてたの?」


「いや......別に理由はないんだ。ただ夏休みにお前達と出くわした事件、あれは本当にあったことなのかって思って......もしかしたら、あれは俺の見た幻で、何もかもが嘘だったんじゃないかって思えてきて。だってあんなにありえないことばかりが起きてさ、本当に混乱してるんだよ俺も」


「夏休み? 何かあったの? 私、夏休みは天城くんに会ってないけどなぁ」


 なんてことを言う神崎。

 思わず、え? と驚いてしまう。


「ふふ、嘘だよ」


「おいおいなんて嘘つくんだ、びっくりして死ぬかと思った」


 めちゃくちゃ安心したぞ。

 安堵で体が重くなった。すると神崎が俺に言う。


「覚えてないわけないよ、私も天城くんも、他のみんなも」

「......だな」


 少しの沈黙の後、随分と暇を持て余しているようだった神崎に、提案した。


「今から近場の名所巡り行くんだけど、一緒に行くか?」

「うん、お供させてもらおうかな」


 近場の名所と言っても、俺が名所と定めた場所ばっかだけど──夏休みに印象的な出来事があった場所ばかりなのだが。


「にしてもあれだけのことがあったのに、俺達人間はいつか忘れるんだろうな。少しずつ少しずつ忘却していって、細部がぼやけて、角が削れて、思い出は小さくなって、いずれなくなる」

「記憶はなくならないよ。ただ引きずり出せなくなるだけよ」

「とは言ってもな、消えてしまうのと変わらないじゃん」

「そんなに忘れるのが怖いのなら、思い出にタイトルでも付ければいいじゃない」


 消えて無くなったも引き出せるように、俺達は名前を考えた。この物語にふさわしいタイトルを。

 とりあえず一案を出すが、俺が口に出した名前は、決して褒められたものではなく──しかし、なんとなくありそうなものだった。


「俺と呪われた少女の怪奇な物語」


 なんだか気恥ずかしくなった俺は、足を動かす速度を速くした。

 そんな俺についてくる神崎は、にこにこと笑っていた。

 余りにいい笑顔だったから、俺も思わず笑ってしまった。


「頑張ろう天城くん、まだ君の物語は終わってないんだから」

「ああ、そうだな。まだ終わってない──新しい物語が始まったばかりだ」


 俺も、神崎も、詩乃音も、朽木さんも、火紅涅も、みんなの物語は終わってない。

 完全に終わったわけじゃない。


 俺達の怪奇な物語。


 それは今もまだ続いている。

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