戦闘開始の合図
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数十分後のこと。
「状況は分かったけど、私はどうすればいいの?」
現在地は俺の家の前。
そこで詩乃音に状況を説明していたところだった。
ちなみに携帯電話で彼女を呼んだ。
「お前の力ならさっき伝えた妖怪と対抗できる気がするんだ、だから神崎を逃がすためにちょっぴり手伝ってほしい。その後は奴を惡ノ宮に誘導するって所かな、そうすれば朽木さんが全部終わらせてくれる」
というわけで、
「俺をおんぶしてくれ」
もちろん言うまでもなくおんぶなのだから、背中にだぞ?
──と付け加えるがどうにも納得のいかないような表情だった。
「ごめんなさい、途中までちゃんとやるべきことは分かった気がしたんだけれど、最後の最後で分からなくなった、挫折しちゃった、本当にごめん」
誠心誠意謝れるとこちらが困惑してしまうじゃないかと思いながら、俺は説明を続ける。
誤解を生じてしまっているようなので、それを解くために。
「いや、詩乃音少し待ってくれ、そんな顔をしないでくれ。俺は決してボケた訳でも、ギャグを言った訳でも、ツッコミを待っている訳でもないんだ」
「じゃあ、何! 女の子に男の子を背負わせるってなに! ましてや緊急事態なんでしょ!?」
「俺はお前が戦う為の貯蔵庫になるんだ。妖力の貯蔵庫に」
──朽木さんからの受け売りではあるが。これが戦う上で最も最善な策なのである。
俺が自宅に帰宅して詩乃音を呼ぶ前に、朽木さんに彼女の事を話してみたのだが、その時にアドバイスとしてもらったものだ。
詩乃音の放つ電撃は強力だが、いかんせん妖力の消費が激しいらしい。朽木さんが戦ったことのある電撃使いの妖怪もそう言うタイプで、持久戦に持ち込めばすぐに倒すことができるとのこと。
ということで、骸と勝負する上で持久戦にならないという確証もないため、俺を使うことになったのだ。
俺の体には俺自身の能力により、異常な量の妖力が溜まっている。どれだけ使っても使いきれないくらいの量がである。
それを流用すれば持久戦もできる上に、その膨大な妖力で超破壊的な攻撃を仕掛けることもできる。
流用するためには、俺と詩乃音の体が触れ合っていなければならないが、それは詩乃音が俺をおんぶするということで良いだろうということになった。俺と朽木さん、二人の中では。
デメリットがあるとすれば、少し邪魔くさいかもしれないことだろう。
だけれど、妖怪の力なら人間一人程度背負ってもほとんど動きは変わらないと思うし、俺が詩乃音の腰にでも必死にしがみついていれば、彼女は両手をフリーにして戦うことができる。
プラマイで言えば、どう考えてもプラス一辺倒な計画だ。
──という旨を詩乃音に伝えてみた俺であった。彼女の反応はどうだ?
「──そうだね、確かにそれは良い考えかも。妖力だってお金みたいに馬鹿にならないからね」
との事。どうやらこれに納得、賛成のようだ。
「ただ、その……腰に抱き付かれていると言うのはどうかと思うんだけど……」
「別に腰じゃなくてもいいんだぜ? もっと上の方とかさ」
胸の方ではない。
「首辺りとかにさ」
「絞まっちゃうよ、首が」
確かに言う通りである。それならば、やはり腰にしがみついておくしかないだろう。おんぶされるのは腰にしがみつくより遥かに嫌だし、俺と一緒に両手のハンデも背負わせることになるから。
「肩の辺りにしがみついておけばいいでしょ」
「オーケー。それじゃ決まったことだし、朽木さんに連絡してみよう」
俺はサッとポケットから携帯電話を取り出した。電話帳の一覧から表示される、朽木伊従という名前にカーソルを合わせて決定ボタンを押す。
朽木さんに発信。
数秒で通話開始のテキストが出てくる。早い反応だ。
『やあ、もしもし』
そう言って俺からの発信に対応する朽木さん。
「あっ、朽木さんですか?」
『ああ、そうだよ、私だ。ちょっと早かったみたいだけれど、さっき言ってたその子は呼べたのかい? 詩乃音ちゃんだよね?』
「ええ、快く……とはいかないでしょうけれど、力を貸してくれることに承諾してくれました。朽木さんの方こそ準備は万端ですか?」
『万端も万端、最高だよ。とりあえずは惡ノ宮に前に張ってた術式の残り香があったから、時間は全くかからなかったよ。後はここに骸を引き連れてくれればいい』
「わかりました。今度は必ず術式にかけてやりましょう。そしてこの世から消し飛ばしてやるんです」
『……そうだね、今度は失敗しないようにしよう』
後は一つ──と朽木さんが言う。
『私は全面的に戦いに参戦することはできない。最終局面でしか私は乱入することはできないから、そこは了承願いたい。即興術式の安定の為にね。まあ、概ね君が家に帰る前に話した通りだけれど』
「ええ、分かってます、それは十分に理解してます。だから必ず連れて帰ってきますよ。神崎を連れて帰って、骸を連れて来て殺します」
『……ああ。それじゃあ私は位置特定を始めるから一、二分ほと時間をくれ。すぐに電話をかけ直すよ』
「はい、了解しました」
プツンと電話が切れ、画面を見ると通話終了と書かれていた。当然だけれど。
俺は携帯をポケットに戻して、詩乃音の方に体を向けた。
一、二分という時間があるのだし、少し詩乃音と話そうかと思ったのだ。まあ、たかが数分なので特に内容の濃い話はできそうにないが、聞きたいことは一つ二つくらいなので良しとしておこう。
「詩乃音、いきなりだけどさ、何で俺達を助けてあげようと思ったんだよ? いや、こんなこと聞くのはお門違いかもしんないけれど、て言うかその通りなんだけどさ。けれど、神崎とはお前全く面識ないだろうし、教えたわけでもないし……、朽木さんの事だって知らないだろ? 全然知らないやつらをどうして?」
俺が聞いた事に対して、詩乃音は即答。
詩乃音に質問して答えを貰うという一連の流れの間は、今まで会話してきた中で最も早いと言える速度だった。
「──助けたいと思ったからでしょ?」
詩乃音はそう言った。
「千九咲は前に私を助けてくれたけど、あれはそうしたいと思ったから助けてくれたんでしょ? 違うの?」
「ああ……そうだな……それ以外に理由はないよな……」
そりゃそうだ。
助けたいから助けるのであって、助けたくもないのに助けようとはしない。
「あー加えて言うなら、千九咲が困ってたようだったから、そう思ったのよ」
鼻で笑いながらにそう言う詩乃音。
「……ありがとう」
俺は何だか恥ずかしくなって来たので、下を向いて礼を言った。
──そして間もなく携帯から着信音が鳴り響いた。




