攻勢への転じ
「朽木さん!」
俺は命からがら惡ノ宮へと帰ってきた。
命からがらなのは今も俺のために命を張っている神崎だろうけれど。
「おや、なんだいなんだい、予想よりも早かったよ。ちゃんと隅々まで家を調べたのかい?」
「神崎を──助けてください!」
俺は朽木さんの問いに答えを返すことはせず、助けを求めた。
それに対して朽木さんは一気に真面目な反応へと変わる。
「何があった? 君一人だけだという所から察するに、禊ちゃんに何かあったのか」
流石朽木さん。本当に察しが良い。
「骸が……あの家に出現したんです。神崎は俺を逃がすために今一人で時間を稼いでいるんです。お願いします朽木さん、早くしないと神崎が!」
「骸か……やはり、あの時逃がした付けが回ってきたということだね」
付け。骸を逃がしたのは俺の責任でもあるため、歯がゆく思う。
あの時の骸との戦闘にて、俺が堅実に冷静に戦っていたのならば、朽木さんによって骸は始末され、今神崎を一人で戦わせる等と言う状況にはならなかっただろう。
「後、これを。あの家で見つけたメモ帳です」
俺は朽木さんにメモ帳を差し出す。
が、朽木さんはそれを受け取らずに俺に近付いてくる。
「何が書いてあるのか一緒に見よう」
朽木さんはそう言って、俺にメモ帳を開くことを催促してきた。
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○月○日
妖怪の中でも随一の能力を持つ天狗。
奴の力を手に入れる為に、天狗の体を乗っ取る作業に移ろうと思う。
なお、これに失敗すれば俺自身の体に大ダメージが入る可能性がある。
それにより記憶障害を起こす可能性は高いので、このように日記を残そうと思う。
この世界の神になるために、俺は必ず天狗を手に入れる。
○月○日
何とか同業者に勘付かれないように最終行程に移ることに成功した。
後はどうにかして天狗を見つけ、惡ノ宮に誘き寄せるだけだ。
そう言えば朽木には悪い事をしたな。まあ、あいつの才能ならば俺が教えることなどすぐに無くなるだろうし、すぐに俺を越えるだろうから気にすることではないだろう。
○月○日
天狗の体を乗っ取った、これで俺は神になれる。
まずは体を慣らすためには念で日記を書いてみた。アホらしいがこういうのは大事だ。
○月○日
今日、天狗の体の実験として空を飛び回っていた。かなり気持ちのいいものだ。
それより気になったのが、俺の息子の同級生である男だ。
名前は天城千九咲、どんな人間にも妖力を体に取り込む力はあるがコイツの場合は桁が違う。
通常の人間の億倍の吸収力と言っても言い過ぎではない。
こいつの体の妖力が溜まったころに負の思いを蓄えさせ殺してやれば、世界を一度リセットしてくれるほどの力の妖怪を産んでくれるかもしれない。
後は天狗の力でその妖怪を殺せば、神になる計画は完璧だ。
天城千九咲の体に負の思いを増長させる呪いをかけておこう。
○月○日
十年ほど時間が経ったが、思った以上には天城千九咲に妖力が溜まらない。
天城千九咲の監視、及び負の思いを増長させるために、息子に能力を使った。これで息子は俺の思い通りに動く。
とりあえず家の警護や天城千九咲に関してはこいつに任せる。
○月○日
世界のリセット後の兵隊としてそこら辺の女にトラックをぶつけてやった。
そいつを化け狐として復活させる。
恩を売って従える。
今後もそんな感じで兵隊を増やしていこうと思う。
○月○日
商店街で天城千九咲と話した。
そこまで負の思いは感じない。
このままでは計画がまだ何十年も先延ばしになってしまう。
今ある駒を使って何としても負を増加させる。
奴には仲の良い奴や、幼馴染みも居るみたいだ。使える。
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それはメモをするためのメモ帳という物ではなくて、日々を書き記すための日記帳であった。
一部意味のなさそうな部分は省略したものの、それでも日記の主が悪であることを理解するのは容易だろう。
世界の神になるという自分勝手な理由で殺された人達、利用された人達。
詩乃音も神崎も火紅涅も、彼女らが死んだ理由は偶然の交通事故ではなく、意図的に起こされたものであった。
新たな生を与えてくれた人物こそが、彼女らを殺害した張本人であるというのは衝撃を受ける内容であった。
俺は許せない。
あの天狗を。
天狗であって天狗ではない奴を。
天狗に潜む一人の人間を、俺は許しはしない。
「──朽木さんは、こいつとはどういう関係だったんですか?」
メモ帳に記されていた『朽木には悪いが』という文章。
これは今の俺の横に居る朽木伊従という人物を示しているのか。
それとも別に朽木姓の人物がいるということなのか。
まあゴーストバスター同士、朽木さんも知っている人なのだろうし、予想は簡単だが。
「簡単に言えば……師弟関係だったのかな? 昔も今の今までもそう思っていたけれど──どうやら、たった今からその関係は脆く崩れる事になりそうだね」
朽木さんはもの悲しそうに言う。
「確かに力を求めすぎる事がある人ではあったけど、まあ今はそんなことを語っている暇ではないね」
もう全部理解できたよ──と朽木さん。
「千九咲くん、私達は倒さなければならない奴がいる」
「天狗……ですね」
無論、俺も殆どを理解した。
今まで起きた出来事の全ては、不快で不可解極まる出来事の全てが、天狗の自分勝手な願いに関わっていた。
ただ天狗というのも間違っている。
天狗の中身は、かつて俺を絶望に陥れようとしていた刈谷拓斗の父なのだ。
どうにもおかしい様子だった刈谷は、恐らく父に操られていたのだろう。
「まずは骸を完膚なきまでに叩きのめす、いいね?」
「わかってますよ」
と、ここで俺は一つ良いことを考えた。
これから行われるであろう骸との戦闘にて、勝ちの確率を少しでもあげるために。
「一人、電撃使いの妖怪で知り合いが居るんですけど、そいつを呼びたいんですけど」
「いいよ。戦力は多いことに越したことはないからね、君の知り合いだと言うのなら尚更信頼ができるよ」
行くぞ。必ず骸から神崎を救ってやる。
今まではこちらが、天狗の起こす災難に受け身でいたが、次からはこちらから向かっていく。
今度はこちらが攻勢に転じる番。
今度はこちらが攻撃に転じる番。
今度はこちらが攻めに転じる番。
「さあ千九咲くん、行くぞ。私達が反撃に転じるときだ」




