正面突破の逃走
サイコメトリー……と一概に言ってしまうのは、神崎の能力を説明するに当たり相応しくない表現だ。
サイコメトリーというのは、特定の人物の所有物である何かに触れたりすることで、そこから所有者の情報を読み取ることができる能力なのだが……。
残留思念を解読するというか……、とにかく神崎はどんな物からでも情報を取得することができる。
だが発動は任意ではないと言うところが欠点だろう。
彼女によると、この能力はいつの間にか起動していて、いつの間にか停止しているものらしい。
と、ここで言いたいのはそんなことではない。
彼女は物体から思念を読み取れる上に、他人の思考を単純に透かして見る事ができる。
物体に触れる触れないとか、残留思念がどうとかではなく、何の妨げも受けずに相手の考えを読み取れる。
以上の説明したものくらいが神崎の力であったはずなのだが。
それは間違いだったそうだ。
神崎はまだ能力を隠し持っていた。
いや、まあ、隠し持っていた訳ではないと思うけれど。
そしてその能力が思考を読み取れるだとかの次元ではない事が分かった。
同じ種類の能力でないことは分かる。
少なくともサイコメトリーよりは攻撃的な能力であろう。
だって骸の光線を、いとも容易く防御……弾き、上空へと受け流したのだから。
そんな事を思っていると、俺の足がやっとのことで床から抜け出した。
「ぬ、抜けたぞ!」
神崎の能力なんて聞いている暇はない。
今は一旦ここから逃げることを優先する。
「助かった神崎。さあ、早く逃げよう!」
「……ええ!」
俺の方に顔を向けて言った神崎は、もう一度骸の方へと体を向けた。
すると骸の中身のない体が宙に浮く、そして天井へと激突。させられたのだ。
おそらく神崎の能力により。
さらに今度は天井から床に叩きつけられる骸。
その情景を見せられた直後に神崎が言う。
「これで少しは時間稼ぎになるはずよ……。いや、稼げてないかもしれないけれど、そんなことはどっちでもいい、早くここから出ましょう」
確かに稼げてようが稼げてなかろうが、今は逃げれるチャンスがある。
陸上の徒競走で言うなら、相手が五メートルほど後ろにいる位の状況。
十分な距離だ。
例え、骸がすぐに立ち上がりこちらに向かってきたとしても、それより早く家を出るのは容易だと思われる。
「そうだな──」
俺達は迷うことなく玄関ドアへと駆ける。時間稼ぎにはなっているようで骸は追いかけてこない。
扉を開けて外に出ると住宅がそこに広がっていた。
一時間というのでなく、分間レベルでの滞在ではあったが、この家を出て外の景色を見ると、とても懐かしく感じて安心できた。
もう最高。
「──であるはずはないが……。どうする神崎? 今すぐにでも朽木さんの方に向かうか? 朽木さんなら骸をどうにかしてくれるかもしれない」
「そうね、選択の余地はないわ。私達じゃ骸をどうこうすることはできないもの。惡ノ宮へ行きましょう」
走りながらそうやって話す。
俺達は骸から逃げつつ目的地にたどり着けるのだろうか……。
「天城くん! 上よ!」
神崎に言われ、俺は頭上を見上げる。
すると上空からこちらに向かって滑空してくる何かがいた。
何かっていうか、今この状況で空から降ってくるような物は、骸以外にないだろうけれど。
「天城くん、下がって」
「お、おう」
言われるがままに下がる。
正直、守られるのは好きではないのだが、実際問題、神崎の能力が骸に大して非常に有効なので任せているだけなのだ。
もう俺はいらないんじゃないかと思うくらいに、骸は酷い扱われようだった。
骸が俺達の前に通せんぼするために着地した瞬間、神崎は本のコンマ数秒も待つことなく、速攻で自身の能力を行使し骸を跳ね飛ばした。
跳ね飛ばしたというのは跳ねるように吹っ飛んでいったということで、さながら野球でのホームランのようである。
「こうもあっさりと……」
そう言葉を洩らしてしまうほどに、一瞬でこの場から居なくなった骸。
──とはいかなかった。
骸は吹き飛ばされている状態から何をしたのか、急に進行方向を上方から下方に変えてきた。
何もない空気中から、方向転換するための方法をどう見出だしたんだろう。
「くそ! 骸のやつ、ここからご退場とはいかないか!」
「ここは私に任せて、天城くんは先に行って」
突然そう言う神崎。
俺はもちろん反論する。
「急に何を言ってるんだよ! 俺だけ先に逃げるような真似は出来ない! お前だって同じだったろうが!」
「馬鹿ね、さっきとは状況が違うでしょ。私ならこいつを本気で止められると思っているからこそ、先に朽木さんに報告に行けと言っているのよ。私が無理で無駄なことをしようとすると思う?」
「それは……ないけれど……だけれども!」
──私なら大丈夫──と神崎。
「見たでしょ? あいつの直接攻撃だって防げるし、あの曰く付き極太光線だって弾ける。仮に勝つ要素がないのだとしても、負ける要素もどこにもないわ。それにあなたのような人がいて、それを守りながら戦う方がよっぽど難しいもの」
「……」
思わず黙る。
足手まといと言われているような物だ。
今まで何度も人を助けようと前面に出たが、ろくに役に立てなかったが故に、傷を入れかねない強さで心に響いた。
「つまりは役割分担よ。私がこの今にも折れそうな細い骨を引き受けるから、天城くんはメモ帳を一刻も早く朽木さんに届けて、助けを呼んできて」
言われたと同時に目に入ったのは骸の光る腕。
恐らく光線が発射される前兆。
あんな細い骨がどうしてあんな馬鹿力を持っているのか、最強で最恐の骨だな。
て言うか、細強で細恐?
「分かったよ。ここはお願いするよ、骸をどうにか来させないようにしてくれ。本当は俺がその役目を引き受けたいが、俺じゃすぐにやられちまうからな」
「……急いで」
「分かってるよ……」
俺が神崎と骸に背を向けて走りながら、聞こえてきたのは光線の炸裂音だった。
後ろは気になるが、見ている暇があるならば一秒でも早く走り、朽木さんの元へと辿り着けという話だ。
頼むから神崎、死なないでくれよ。
俺は、死なないでくれと心配はすれども、負ける心配などは微塵もしていなかった




