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骸の再来

 どうして神崎が骸の存在をいち早く察知できたのか、どうして神崎が骸の存在を……危険をいち早く予感できたのか。

 それは彼女が骸と同じく、妖怪と同じ類いの物だからであろうか。同類だからこそ、そこには見えなかった危険なターゲットを感じることができた。

 まあ、それを考えたところで今の時点で答えを得ることはできない。


 答えや理由が何にせよ、神崎が早く逃げようと警告してくれたのは小さなメリットになった。

 もしあのまま神崎が何も言わなければ、俺達はその場に留まりメモ帳を開いていただろう。そうなれば俺達は骸とゼロ距離での応戦を強いられることになっていた。

 接近戦で高い戦闘力を持つ骸と対峙するに当たり、至近距離での開戦と数メートルの距離での開戦では、天と地の差と言っても過言ではない。


 それでも、このハンディキャップをもらって俺達の選択する行動とは逃げる以外にはなかった。

 戦う術がないのだ。それは既に一度戦った上で理解していること。

 俺は神崎の背中を軽く叩き、早く進むように催促する。

 だがここで予想していなかった罠が作動した。環境が、この家は骸を味方したのだ。


 何の脈絡もなく、本当に突然の出来事。

 腐敗の進んだ木の階段が一気に崩れ落ちたのだ。

 骸がこの家屋を支配しているかのように、絶妙なタイミングでそれは起きた。

 いきなりの階段落下にそれ以上進むことはできず、神崎は前に踏み出そうとしていた右足をその場に踏み留めた。


 俺は進めないことを目で確認した瞬間、すぐに骸の方向へと視線を移した。

 前に行けない以上、そのまま立ち止まるか引き返すしかないわけだが、どう考えを巡らせてみても骸の脇を正面からすり抜けていくのは無理がある。

 俺か神崎のどちらか片方が囮として骸の攻撃を引き受ければ、どちらか片方がその隙に通り抜けられるかもしれないが、そんなこと俺はしたくないし、させたくもない。

 恐らく神崎だって同じ気持ちのはずだ。

 というか、どちらにしてもわざわざあの部屋に戻る必要はない。確かに窓はあったと思うが、ここは二階なので却下。

 まあ、二階程度の高さなら俺は大丈夫だとは思うが、神崎が心配だ。

 ここまで考えて消去法により頭に浮かんだのは、崩れた階段地点から飛び降りることだったのだが。

 二階の床から一階の床への距離、二階の窓から地面までの距離、思い出した情景の中での目測では八十センチから一メートル分は、階段から飛び降りた方が低い。

 なので神崎でも危険はない……というか低いだけだが。


「神崎! ここから飛び降りれるか?」

「全然行けるわ!」


 予想もしてなかった即答に俺は少々驚いた。肯定的な意見のおかげでなおさら驚いた。


「伏せて!」


 即答から数秒も経たずに神崎が叫んだ。

 俺は即座に身を屈める。

 すると俺達の頭上を、未来の戦闘機が発射しそうな光線のようなものが通っていく。

 光る帯に見えるそれは、壁を音もなく消失させた。

 壊したとかではなく本当に消失したのだ、綺麗にくっきり丸い光線が通った痕がある。

 直径一メートル程の穴から、住宅が見える。隣が一階建てで良かった。


「て言うか、あの野郎は遠距離攻撃も可能だったのかよ。こいつはいよいよ本腰いれないとやばいぜ」

「その通りね。もうこの離れた距離はアドバンテージなんかじゃないわ、あいつにとってはただの射程範囲内でしかない」


 そうやって互いに声を掛け合った瞬間だった。

 骸が一瞬のタメの後、ロケットスタートを行うジェットコースターのように猛スピードで突っ込んできた。


「くそ、行け行け! 跳べ!」


 俺はそう叫び、一階へと跳ぶ。神崎もほとんど同時、俺よりやや早く跳んだ。

 空中を舞う中で、さっきまで俺達の居た場所に骸の鉄拳が振り下ろされる。

 その拳が何かに当たって何かを破壊するということはなかったが、どんな速度で腕を振り下ろせばそんな音が聞こえるのか、耳元すれすれで金属バットをフルスイングされたような風切り音が聞こえた。

 それについて何かを思う暇もなく俺達は一階へと着地する。

 と、その瞬間、俺の左足が勢いよく床を貫いた。

 階段以上とはいかないが、ボロボロになっていたのだろう。

 しかも二階から飛び降りたのもあったのだろう、床は衝撃に耐えきれずに俺の足が床にはまった。


「ああ、バカかよ、ちくしょう! ふざけんな」

「天城くん!」


 俺は視界上方向の骸がこちらを見ているのが分かり、神崎に言う。


「神崎、俺はいいから! 俺は大丈夫だからお前は先に行くんだ!」


「はあ!? 何言ってるのよ。そんなの無理に決まってるでしょ! 窮地に陥っている人を見捨てるなんてできるわけないじゃない。仮にも私を助けてくれた人をこんなところに放っていくなんてどうかしてるわ!」


「いや、だけど骸がすぐそこに」


「さっさと足引き抜いて行けばいいだけでしょ!」


 そう言って神崎は俺の足を抜くことに協力してくれる。

 本日これで二回目だが、さっきの一度目とは全く必死さが違う。

 だがいくら必死になったところで何かが変わるわけではなかった。実際、先程よりも深く埋まっていて依然として抜ける気配が無い。


「もっと……全力で引っ張れないのか……?!」

「これでも全力よ……! 天城くんこそもっと頑張りなさいよ」


 俺達が精一杯の力をこめて、今使える全ての力をかけても、なお床から抜けようとはしない足。

 強情だ、強情すぎるぞ!


 少しだけ奴の方向を向いてみる。

 どうやら骸は既に攻撃体勢に入っているようだ。

 後少しもしないうちに攻撃を仕掛けてくるだろう。

 と、ここで神崎が俺の足から手を離した。


「神崎……?」


 神崎が俺を見捨てるのかとちょっぴり思ったのだが、そんなことは当たり前に、当然の如くなかった。


「私なら止められるかもしれない。私の力を使えば」


 骸の視線、目はないけれど顔がこちらを向いているので分かる。

 その視線から守るように、神崎は俺の前に立った。

 立ちはだかるように立った。


「待て、神崎。止めるんだ、今ここで選択するべき行動は戦うことじゃなくて、退くことだろう! 逃げることだろう! むざむざ死にに行くんじゃなくて、生きることだろ! 早くそこから退くんだ!」


「大丈夫よ」


 と、神崎。


「私だって戦える。ちゃんとやれるかどうかは分からないけど。本当に大丈夫よ、自分から死ぬなんて今は絶対嫌だから……ただ私に出来ることをやるだけ」


「おい神崎────」


 俺が彼女の名を呼ぶと同時に、ついに骸の攻撃が開始された。今度は近接技ではなく遠距離の光線を使ってきた。

 神崎を撃ち抜くように放たれた光の槍を俺はただ見ていることしかできない。

 時間感覚が限界まで引き伸ばされ、一瞬を整数秒として感じるようになる。

 引き伸ばされただけで俺の体が速く動く訳じゃない。

 ゆっくりと迫ってくる、殺意のこもった光線が神崎に触れようとしているとき、俺の時間感覚が戻り、一気に光が満ちた。

 とは言え、俺の前に居た学校の委員長さんが光に消されたなんてことはない。

 何故ならば、あの攻撃が神崎に命中しなかったからだ。

 それをまた何故命中しなかったのかと聞かれるなら、答えることは一つしかない。

 その答えは、単純に光線がねじまがっていっただけなのである。

 いや、まあ、ねじまがっていったというか……、光線が骸の意思的に曲がったみたいなものではなく、無理矢理に方向を変えられたという感じ。

 光線は神崎に触れる直前で、急に上空に舞い上がったのだ。

 急激に上空へと、地面と垂直になるように舞い上がる。

 そしてこの事象が起きた原因というのは、


「神崎、今お前……」


「……私に出来るのは、……人や物の思念を読み取るだけじゃないの……」


 チート疑惑発覚である。



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